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【中東映画】を観る時に思うこと、思い出すこと。※『1票のラブレター』(2001/イラン、イタリア)より

   ↑  2016/06/16 (木)  カテゴリー: 映画いろいろ・・・







『1票のラブレター』というイラン、イタリア制作映画を再見しました。
静かなユーモアに包まれた映画なので、なんだか久々に落ち着いた時間を過ごせました。

この映画の遠く広い空を見ていたら、なんだか色々なことを思い出してしまった・・・・

というわけで、今日はちょっといつもと趣向を変えて書いてみようと思います。ただ感想を書くだけなのも、なんだかちょっと飽きたのもあるんですけどね(笑)。







10年くらい前のことです。私は、日に5回「アザーン(اذان)」の声に包まれる町に住んでいました。



アザーンというのは、イスラム教の礼拝時間を知らせるモスクからの呼びかけ。とても美しいんですよ。

私は広い意味では「仏教徒」で、いやほとんど無宗教で、それに「無神論者」なんだと思っています。それでも、特にモスクで聴くアザーンには心落ち着くものを感じました。仏教のお経と響きが似ていると思うんですよね。


日本に戻ってきてからは、時々聞こえてくる「たぁ~けやぁー、さお~だけぇぇぇー」のスピーカー音を聞いて「あらーもうそんな時間?」なんて思うことも。あの遠くから聞こえるスピーカー音の伸ばし加減が・・・似ている気がするんだ!







それ以前はというと・・・・私はイタリアのナポリで伊語を勉強していました。この理由もまたスゴカッタのですが(笑)、でも思い立ったら絶対に行動せずにはいられない私は仕事をしながら独学で猛勉強(半年間)→イタリア語学校とプライベートレッスン(半年間)の後、そのままさっさとイタリアへ行ってしまった

で、肩やらオヘソやら出ていても全然気にしない「好きな服を着てるだけー、悪いことしてないよ~」のPRINCESS PRINCESSみたいな(古くてスミマセン笑)生活から、なぜかこれも運命だったのか、今度は肌も髪も露出しないイスラムの国へ。この行動力と適応力は「無謀」と言うのかな?「若さ」だったのかな?・・・いや、今でもやっちゃうかな(笑)。







地平線のずっと向こうまで、オリーブ畑が広がる国。
ここで私は、地元の人たちと同じように生活することになりました。


 
朝は新鮮な玉子や野菜、ヨーグルトで料理して、子どもたちには出来立てのゴマパンをパン屋さんへ買いに行ってもらい、いつもいつも淹れたての熱い紅茶を飲んで、時々モスクでアラビア語のクルアーンを教えてもらって、その後には甘~いお菓子をちゃっかりご馳走になっちゃったり。

断食(ラマダン)にも挑戦しましたよ。
約1ヶ月のラマダン中は、毎日日が暮れた後に断食がとけるので、夕食は家族みんなが集まって特別なご馳走(イフタール)をワイワイ食べるのです。毎晩、お祝いみたいな日々でした。







都会から遠く離れた地方では、大人の女性は髪をヒジャブ(スカーフ)で覆う人がほとんどでした。本当に時々、真っ黒な布で目だけを出しているアバヤ姿の人を見かける時もありましたが、ほとんどがスカーフ姿。もちろん私もずっとスカーフ着用。

ヒジャブってね、材質や柄はもちろんですが、巻き方や留め方、覆い方にも様々なバリエーションがあって、特に都会では毎年のトレンドもあったりして流行色もどんどん変わるんです。「今年はオレンジ系が流行るらしいわよ~」なんて女性どうしで情報交換も。


だから、男性陣が家を空けた時などは皆でスカーフを外して大ファッション大会!

 
普段は絶対見せないけれど、女性たちのスカーフの下はね、皆すごく素敵な髪飾りでヘアセットしていたり、とってもキレイなブロンドだったり。見えないオシャレは、ご主人だけに見せる美しさなんですね。「このカラー、どこでやってもらったの?」とか「あそこの靴屋さんの態度が悪いのよー!」とか。いわゆる【女子会】のノリ全開です(笑)。


確かに、宗教という名のもと"慣習"や"しきたり"として男性たちにスタイルを強要されたり教育を制限されている地域も残念ながら存在しますが、少なくとも私の住んでいた地域の女性たちは「私たちはムスリマである!」という堂々たるプライドを持った確固たるライフスタイルを貫いていました。迷う必要のない彼女たちの人生はすごく強い


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それにとても強かで、実は「カカァ天下」(笑)。
一見夫を立てているように見えるのですが、実のところ本当に家庭を動かしているのは女性たちだったりして。かあちゃんは強いな!







そして、忘れられない思い出。
とある観光地のモスクに行った時のことです。


礼拝前に手などを洗ってお浄めするウドゥ(الوضوء)の洗い場で、待ち合わせをして立っていた私にあるお婆さんが声をかけてこられました。

あ、これは本当によくあることだったのですが、私がモスクに行くと、明らかに「平たい顔族」の人間なので(笑)どこに行っても必ず「あなた中国人?日本人?」と興味津々で話し掛けられました。

で、私は日本から来たこと、イスラム教やクルアーンについて少しずつ教えてもらっていることを話し、「でもイスラム教徒ではないんですよ」とも伝えました。少し申し訳ない気持ちで。すると、そのお婆さんはとても穏やかな表情で「あなたは優しい子なのね」と仰ったんです。そして「あなたが日本人でも仏教徒でも、私たちは何も変わらないのよ。きっと神様もあなたを見ていて、守ってくださいますよ」と。

私は、言葉に詰まりました。

すごい衝撃だったんです。たぶん、親鸞聖人に「悪人正機説」を説かれて回心した盗人とか、銀食器を盗んでも許されたジャンバルジャンみたいな気持ち。オ、オレも救っていただけますのかー!という(笑)。

いや、正直なところ私は神さまに救っていただかなくても結構なのですが、でも私が驚いたのは"排他的""攻撃的"な面を持ちやすい宗教というものが、個人の捉え方によってはとてもつもない包容力を持つのだな、と。解釈の違いなのか、個人の心の持ち様なのか。

『運動靴と赤い金魚』 でも書きましたが、私には宗教心というものがないので彼らと同じ生き方はできません。でも、彼らの持つ信仰心から教えられ、気付かされたことは本当に沢山ありました。現在、私が暮らしていた場所はISとの戦闘地域に接しているため一家はヨーロッパへと移住し、私ももう訪れることはできません。だからこそなお一層、彼らと共に暮らしていた日々が、今の私の中で生き続けているのだと思います。






『1票のラブレター』は、イスラムの伝統的な島を舞台に、民主主義の実現のため健気に投票を促す選挙管理委員の女の子とそのお供をすることになった呑気な警備兵との1日を、シュールでユーモラスに綴ったイラン映画です。


選挙管理委員の女の子が呑気な警備兵の男の子とジープに乗って口喧嘩になったり、それでも一緒に手を洗ってゴハンを食べたり、途中コンパクトミラーを出して身だしなみを整えたり。

「中東映画」という枠で見れば確かに"遠い国の話"でしかないのですが、でもこれは、どこにでもある不器用な恋の物語なんですね。ラストの警備兵くんの台詞なんて、音楽に日本の琴の音を使っていることもあって、その淡い恋心に"胸キュン"すること必至です。



本来、この映画が発しているメッセージというのは、"米国が推し進めてきたような政治文化"を持たない地域(宗教や信仰などが絡みに絡んだ場所)で民主的プロセスを持つ選挙制度を適用しようとすることの困難さや懐疑性など・・・なのかもしれません。イランの映画ですので。

でも、何よりも、まず私の心に真っ直ぐ飛び込んでくるのは「人が人を想う気持ちはどこの国でも同じこと」という単純なことなのです。本当に当たり前のことなんだけれど私が【中東映画】を観る時には、いつもそんな"懐かしさ"がぐっと込み上げてくるのです。



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  2016/06/16 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『鑑定士と顔のない依頼人』 (2013/イタリア) ※ネタバレにご注意を ラストに触れています

   ↑  2015/03/12 (木)  カテゴリー: サスペンス、ミステリー





鑑定士と顔のない依頼人【Blu-ray】


●原題:LA MIGLIORE OFFERTA / 英題:THE BEST OFFER
●監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
●出演:ジェフリー・ラッシュ、シルヴィア・フークス、ジム・スタージェス、ドナルド・サザーランド、フィリップ・ジャクソン、ダーモット・クロウリー 他
●一流の美術鑑定士にして、カリスマ的オークショニアのヴァージル・オールドマン。ある日、資産家の両親が遺した美術品を査定してほしいという依頼を受ける。ところが依頼人は決して姿を現さず、不信感を抱くヴァージルだったが、屋敷の中で歴史的価値を持つ美術品の一部を見つけ、この依頼を引き受けずにはいられなくなる。そして屋敷に通ううち、次第に姿の見えない依頼人に少しずつ興味を抱き始めるのだったが・・・。




「デジタルには利点しかなかった!何年も熟考してきたが、ためらうことはなかった」と笑いを挟みつつも「毎日何フィートのフィルムを使ったかが進行状況の指標だったし、セットでフィルムが回る姿がないのは寂しい。でも、一つの時代が終わったんだな、と思う。
(2013年12月13日 朝日新聞「鑑定士と顔のない依頼人」トルナトーレ監督インタビューより)

これまで繰り返し映画フィルムへの愛情を表現してきたトルナトーレ監督が、遂にデジタル撮影へ移行したという点でも公開当時から注目の作品でした。結果として、数多くの美術品が出てくる本作品ではシャープでありながら豊かな色調が鮮烈な印象を残し、硬質で緊張感のあるシメントリーの構図が映される度に「彼ほどデジタルフィルムに適した監督さんはいないだろう!」というくらい、その映像美を堪能できる作品へ見事に仕上がったと思います。


「これは、私にとっての「今年の一作」とも言うべき作品だったかもしれない」
  (朝日新聞≪沢木耕太郎 銀の街から≫(2013.12.27)
「結末を知ると、物語の構図は一転する」
「トルナトーレが仕掛ける極上のミステリー」
 (日本公開当時のキャッチコピーより)


ここまで言われてしまいますとねぇ、「絶対に観るぞー!!・・・・でも観るまで絶対に関連記事には目を通さないぞー!」なんて公開当時に決意した私は、あちこちに溢れた監督インタビュー記事やレビューを見事に回避し、ラストのネタバレというものに触れることなく今日という鑑賞の日までヌクヌクと温め続けて参りました。「話題になっているし、ラストはドンデン返しがあるそうだし、なんだかスゴイことなってるんでしょ!?」と心躍らせて鑑賞させていただいたんです。


そうしたら・・・・まぁ!
「名探偵ポワロ」のジャップ警部(フィリップ・ジャクソン)がサラ~っと出てきたり、もともとエキセントリックで偏屈なキャラクターがお似合いのジェフリー・ラッシュが恋に身を焦がしてヒートアップしていくお姿など、色々な意味でビックリさせられた映画でした。

て、自分の中で何とか消化してみたところ、結局は

「映像も音楽も逸品で堪能できますし、物語には一定の理解も納得も出来ましたが、好きか!?と言われたら"おじさまに御同情申し上げます"」

・・・というお話だったな、と落ち着いた次第です。この物語に心震えたオジサマ方、本当に申し訳ございません。あ、でもでも、トルナトーレ監督と言えばエンニオ・モリコーネ節ということで、彼独特の深く美しい旋律も相まって見応えのある映画なんですよ、と庇ってみたり。



※それでは以下は、『鑑定士と顔のない依頼人』のネタバレ・内容に深く関わります。
未見の方やこれからこの映画を観よう!と思われる方はお控えいただくことを強くオススメいたします。


    ↓ ネタバレ注意 ↓

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  2015/03/12 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『インテルビスタ』 (1987/イタリア)

   ↑  2013/12/17 (火)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ

インテルビスタ [DVD]



●原題:INTERVISTA
●監督、脚本:フェデリコ・フェリーニ
●出演:フェデリコ・フェリーニ、アニタ・エクバーグ、マルチェロ・マストロヤンニ、セルジオ・ルビーニ、ララ・ウェンデル 他
●イタリアの映画撮影所チネチッタ創立50周年を記念して、フェリーニがチネチッタと映画への思いを綴った一編。夜の人気のないチネチッタ撮影所。ここでフェリーニ(本人出演)と彼のスタッフたちは、カフカの『アメリカ』に着想を得た新作の冒頭シーンを撮影しようとしている。そこへ日本のテレビ局の取材班が、撮影を見学にやって来てフェリーニにインタビューする。フェリーニは初めてチネチッタにやって来た時のことを語っていくのだった・・・・。インテルビスタ(INTERVISTA)とはイタリア語でインタビューの意味。




今年、イタリアのジュゼッペ・トルナトーレ監督が、いよいよフィルムからデジタル撮影による新作を出しました。
「デジタルには利点しかなかった!何年も熟考してきたが、ためらうことはなかった」と笑いを挟みつつも「毎日何フィートのフィルムを使ったかが進行状況の指標だったし、セットでフィルムが回る姿がないのは寂しい。でも、一つの時代が終わったんだな、と思う。
(2013年12月13日 朝日新聞「鑑定士と顔のない依頼人」トルナトーレ監督インタビューより)
とインタビュー答えていたのが印象的でした。映画の世界は撮影・編集技術等を含め、今後もますます変化していくのかもしれません。

だから、なのでしょう。むかしこの映画を見た時はそれほど感じなかったのですが、この時代に改めて振り返ってみると『インテルビスタ』はなお一層、私をノスタルジックな気分にさせてくれるのです。

イタリア映画の黄金期を築いたフェリーニ、ヴィスコンティ、デ・シーカ、ロッセリーニ、アントニオーニといった巨匠たちが数々の名作を生み出していった夢の映画都市、チネチッタ(映画:cinema+都市:città)。これがこの映画の舞台です。






騒々しくて、滑稽で、ムチャクチャなお祭り騒ぎのような映画の撮影現場。
過去と現在、現実と想像の世界が縦横無尽に交差しては消えていく摩訶不思議な世界。一体、どこまでが映画で、どこまでが撮影現場なのかわからなくなるような"夢"が"夢"を作りだしているような、次々に現れては消えていく映像に身を任せるのみ。

そう、それは年を重ねれば重ねるほど自由な筆遣いになっていったフェリーニの映画そのまま!「映画の世界」を愛してやまない人々の思いがいっぱいに伝わってくるのです。



そんな夢の世界の中にも、現実が一滴。
失礼ではありますが、まるでビア樽のようになってしまったアニタ・エクバーグにはたじろいだものです。しかも、マルチェッロ・マストロヤンニたちは再会した彼女に「君は今も美しい」「彼女はローマの戦士さ」「今も女神だ」と口ぐちに賛美するのです。・・・でも、エクバーグを下から大写しにするカットを目にしてからは、あぁ!これは豊満な大女を愛してやまなかったフェリーニ監督らしい"愛"の形なんだなぁと。

甘い生活 プレミアムHDマスター版 ブルーレイ



そして、真っ白い布の向こうでまるで『甘い生活』のように踊る二人の影が、一瞬にしてあのトレヴィの泉の名シーンに変わる瞬間。モノクロの世界の中で輝くエクバーグはなんて美しいのだろう!涙ぐむエクバーグとマストロヤンニの優しい抱擁には、観るたびに胸がいっぱいになってしまいます。映画が好きでよかったな、と素直に思える一時です。







怒号も飛び交うカオス状態の撮影現場は、カット!の一声で「さぁ家に帰ろう!」「チャオ!」の挨拶であっという間の解散へ。夢から覚めるような、少し寂しい瞬間。


チネチッタ撮影所が夢そのものだった時代を、そこを最も愛したであろうフェリーニと同じ気持ちになって懐かしむ。"希望の光"を最後に見せてくれる粋なエンディング。映画好きの人間が見たら、おそらく胸がキュッとなるような、そんな愛おしい映画なのです。



【DVD】marcello mastroianni, mi ricordo si io mi ricordo
"映画というものは、枠にはまらず混沌としていて、それだけに何が飛び出してくるかわからないビックリ箱みたいなものだ。映画の中にはあらゆるものが揃っている。何でもありの小宇宙さ。刑務所を出たばかりの人みいれば、詩人もいる。「映画」という大きな鍋にはどんな材料でも入ってしまう。それが映画の持っている魔法なんだよ。"
※『不滅の名優マストロヤンニ』 マルチェロ・マストロヤンニの言葉より


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  2013/12/17 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『魂のジュリエッタ』 (1964/イタリア)

   ↑  2013/10/21 (月)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ


魂のジュリエッタ [DVD]




●原題:GIULIETTA DEGLI SPIRITI
●脚本、監督:フェデリコ・フェリーニ
●出演:ジュリエッタ・マシーナ、サンドラ・ミーロ、マリオ・ピスー、シルヴァ・コシナ、ヴァレンティナ・コルテーゼ、カテリーナ・ボラット、フレデリック・レデブール 他
●映画プロデューサーの夫と、裕福だが慎ましく暮らしている平凡な主婦ジュリエッタ。結婚生活もうまく行っていると思っていた15年目の記念日。酔って帰宅した夫はそれをすっかり忘れたフリをして、大勢の仲間を連れてくる。客の中には霊媒師や占い女がいて、彼女に不吉な予言をする。案の定、就寝中に夫が別の女の名を呼んだ。ジュリエッタは夫が浮気していると思うと気が気でない。やがてジュリエッタの憂鬱が始まり、それは幻想と現実、過去とが錯綜する世界へと変じていく・・・。



NHKのハイビジョンシネマで初めて観たのですが、いやもう冗談じゃなくて腰を抜かしそうになりました。一瞬3Dで飛び出してくるのか!?かと思うほど、鮮烈過ぎる原色が目にしみます。一歩間違えれば「奥さん、ちょっとお疲れじゃないですか?」と言いたくなるようなストーリーにもかかわらず、そこはこの脳天を直撃するフェリーニ・マジックが、観る者をシュールで幻想的な世界へと誘ってくれます。


小柄で子供のような顔をしているのに、時々目が光るようにオンナの本性が浮かび上がるマシーナ・・・・そのアンバランスな感じが、奇抜で抽象的でグロテスクな洪水の中で彼女の存在感をクッキリと浮かび上がらせていたことに感動。『8 1/2』の女性版と言われているように、この映画はジュリエッタ個人(或いはフェリーニ&マシーナの夫婦関係)の精神世界を巡る極私的な旅。

『魂のジュリエッタ』のような映画について、私の陳腐な言葉なんかで改めて語るのは何とも野暮な行為ですが・・・それでも一言残しておきたい!幼少期に演じた"殉教する聖女"と自分を重ね合わせ、"火炙り"からも連想されるように深層心理でカトリックという宗教の枠や「こうあるべき」と自身をがんじがらめにしてきた社会的常識からはみ出ることを恐れながらも、その呪縛から解放されようとしていく終盤は特にパワフルで、一瞬たりとも目が離せなかった。「火刑台とバイバイしような!」というおじいちゃん、あなたがこの映画の要です。





  カビリアの夜[DVD]

ジンジャーとフレッド [DVD]


『魂のジュリエッタ』は『カリビアの夜』から8年ぶりにマシーナがフェリーニ作品に復帰したことが話題にもなりましたが、二人の関係は途中別居期間を挟むなどそう容易いものではありませんでした。それでも、1985年に再び『ジンジャーとフレッド』で彼女を再登場させ、1992年度のアカデミー賞「名誉賞」受賞の際には "I cannot name everyone, only one name, of an actress who is also my wife. Thank you, dearest Giulietta. And please stop crying." マシーナへの感謝の言葉を溢れんばかりに述べ、二人の姿は多くの映画ファンたちの涙を誘いました。


プレゼンターは、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ!惜しみない敬意と拍手がおくられる中、年を重ねた彼らに表彰されるフェリーニとマシーナの姿は、今見ても胸がいっぱいになります。

しかしこの約半年後、イタリア映画界を代表する"映像の魔術師"フェデリコ・フェリーニは、遂にこの世に別れを告げることになります。イタリアは彼の葬儀を国葬として執り行ない、ニーノ・ロータの曲で葬送が行われました。そしてその5か月後、マシーナもこの世を去ることに。フェリーニが息を引き取った1993年10月31日は、二人の結婚50周年を祝うはずだった金婚式翌日のことだったといいます。マシーナは、笑顔で映る夫フェデリコの写真と一輪の赤いバラを手に、アカデミー賞の夜に身に着けていたスパンコールのイブニングドレス姿で埋葬されました。そして夫フェリーニと共に、生後まもなく亡くなってしまった我が子と3人で、フェリーニの故郷リミニにある美しいお墓で眠っているのです。


Storie d'Amore del Novecento - Giulietta Masina e Federico Fellini
マシーナとフェリーニの間には様々なことが起こっていたはずなのだけれど、彼女はこう答えていました。「その後は、いつも私のところに戻ってくるのよ」と。躰もお尻も巨大でグラマラスな美女に目がなかったフェリーニ監督は、入院中も美人の担当看護師さんを自慢したくて友人に電話をかけていたほど(笑)!でも、生涯のパートナーは、小柄で可愛らしく知的なジュリエッタ・マシーナでした。少数派だとは思うけれど、私はこの映画が好きなんです。解き放たれたような笑顔を見せる"ジュリエッタ"のアップで締めくくられるこの映画は、やっぱりマシーナのために作られたような気がするからです。

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ま、でもこんな映画の企画も進められているようなんですけどね、巨匠!(笑)
 美人女優アビー・コーニッシュ、フェデリコ・フェリーニの恋人役に
『Fellini Black And White(原題)』は、1957年、フェデリコ・フェリーニがアカデミー賞授賞式のためロサンゼルスを訪れた際、恋に落ちてしまったエピソードを描くもので、アビー・コーニッシュはその恋の相手のベティーという名の獣医を演じる。フェリーニはその年、映画『カビリアの夜』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞している。
[シネマトゥデイ映画ニュース]2012年9月12日
美人女優アビー・コーニッシュが、映画『フェリーニ・ブラック・アンド・ホワイト』でイタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの恋人役に決定したとDeadline.comが報じた。





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  2013/10/21 | Comment (2) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『昨日・今日・明日』 (1963/イタリア、フランス)

   ↑  2013/07/09 (火)  カテゴリー: コメディ

昨日・今日・明日 HDニューマスター版 / 洋画


●原題:IERI, OGGI, DOMANI / YESTERDAY, TODAY AND TOMORROW(英題)
●監督:ヴィットリオ・デ・シーカ 
●出演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、ジョヴァンニ・ルドルフィ 他
●S・ローレンとM・マストロヤンニ共演の3話からなるオムニバス。妊娠していれば逮捕を免れると知った女性が、 夫を頑張らせるが・・・(第1話「アデリーナ」)。上流階級の人妻と、青年との浮気の行方は・・・(第2話「アンナ」)。若い神学生が惚れたのは隣りに住む気ままな高級娼婦だった・・・(第3話「マーラ」)。



※この記事は、2008年以前のレビュー記事より映画を再見→再投稿したものです
Amazonの購入履歴でみると、この映画を初めて観たのは2003年のことだったようです。イタリアへ行く前のことだったんだ!それからも何度かこの映画を目にする機会があったけれど、再度IMAGICA BS放映のものを見直す機会があったので、削除してあった2007年時のレビューに追記という形で復活投稿。

3話からなるオムニバス形式ですが、いずれも都市部でのエピソードなのにイタリア映画お得意の"艶笑喜劇"という大らかで牧歌的なエロティシズムを端々に感じさせてくれる、イタリアの町や人々の表情が好きな映画です。


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第一話 ナポリ:「アデリーナ」

『昨日・今日・明日』という映画の中で一番驚いたのが、実はこの「アデリーナ」という一編、本当にナポリであった実話をもとにしたエピソードだったということ。逮捕を免れるために知恵を絞った結果が"とにかく妊娠し続ける!"という、正に体を張った女性の逞しさでもありましたが、そこには常に乳児を抱えた子沢山な上、痩せ衰えていくご主人の悲哀も(笑)。下町に暮らすナポリ女たちのパワフルさと、互いに協力し合う人々の情の篤さを感じさせてくれる楽しい一編です。お尻丸出しでベッドに転がる赤ちゃんたちも可愛らしい!

脚本を担当したのは、フェデリコ・フェリーニ、オーソン・ウェルズ、ダリオ・フォなどが師として仰いだというイタリア演劇界の巨匠エドゥアルド・デ・フィリッポ(Eduardo De Filippo)。ナポリが誇る劇作家であり俳優、さらには演出家、映画監督、詩人や政治家など様々な顔を持つ彼は、『昨日・今日・明日』と同様に、デ・シーカ監督とマストロヤンニ&ローレンで作られ同じくナポリを舞台とした人情喜劇『あゝ結婚』の原作者なのでもあります。
※日本語で彼のことをもっと知る上で、【エドゥアルド in Japanプロジェクト】というサイトがとっても面白かったです!



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第二話 ミラノ:「アンナ」

ほのぼのとした軽やかなユーモアのある前後2作品に比べて、ミラノ中心部をそのまま撮影し、ブルジョア社会やセレブリティを皮肉っている辛口な一編がこの「アンナ」。

それもそのはず!過去にデ・シーカ監督と共に『子供たちは見ている』や『自転車泥棒』といった作品を世に送り出してきたイタリアン・ネオリアリズモの騎手チェーザレ・ザヴァッティーニ(Cesare Zavattini)が脚本を担当しているのですから。また、代表作「無関心な人々」「倦怠」等で人間の孤独と疎外を写実的な心理描写で描いてきたアルベルト・モラヴィア(Alberto Moravia)の「TROPPO RICCA」という小説がもととなっています。デ・シーカの映画監督としての原点―"現実を描写する"という手法を用いて社会批判的な視点が貫かれているこの作風は、『昨日・今日・明日』というオムニバス作品の中では異質(で不人気)ながらも、ちょっと面白いなぁと思います。

自分以外のものには興味もないのに「自分は孤独だ」と愛について御託を並べ、お金や宝石に埋もれた生活に嫌気がさしたと言う彼女の空虚な存在感。自分の高級車が事故に遭った途端、貧乏マストロヤンニをさっさと捨てて我が儘で高飛車な本性を剥き出しに。ソフィア・ローレンのオンナとしての奔放さが出色。ミラネーゼ風アクセントも高飛車感があってドキリ。生真面目なオジサンを演じる時のマストロヤンニは、それが彼の素顔に一番近い気がして私は大好きです。



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第三話 ローマ:「マーラ」

『昨日・今日・明日』というイタリア映画では、ナポリ、ミラノ、ローマという主要三都市が舞台となっていますが、もう一つ忘れてはならない存在が、この「マーラ」で出てくるマストロヤンニ演じる"ボローニャの人(Bolognese)"です。

もともとイタリアは長年にわたって栄えてきた都市国家を束ねた共和制の国ですから、今でも各地域における"国民性"や郷土愛が非常に強いのです。そのためこの「マーラ」というエピソードでは、ヨーロッパ最古の歴史を誇る学問の都であり、美食の街であり、働き者と言われる北部人ボロネーゼをマストロヤンニが面白可笑しく演じています。あ、因みに二話「アンナ」の舞台であるミラノ人のイメージは、センスが良くて裕福で鼻持ちならない人、といったものが一般的かと。ミラネーゼの皆さんスミマセン!でもアンナのイメージそのままですね(笑)。

また数々の映画でカップルを演じてきたローレンとマストロヤンニですが、この二人ってどんなにベタベタとキスしてもシリアスなセクシーさが感じられなくて(これは良い意味で)、互いに朗らかだったりエキセントリックだったりしながらも、激しすぎない相性の良さが抜群だったからこそ沢山の映画が作られたんだろうなぁと思いました。


1994年の米映画『プレタポルテ』でも、再び二人がこのシーンを演じてくれましたね!
お人よしで正直者のマストロヤンニと、情が深くて信心深い娼婦のローレン。いわば、お得意の分野で伸び伸びと楽しそうに演じる二人の掛け合いが見ていてとっても楽しい!マストロヤンニの「んにゃっ!!」「わぉぉぉぉぉん!!」と遠吠えした後にお預けを食らう場面は、イタリア映画史に残る名場面だと思います。



 『あゝ結婚』 (1964/イタリア)
レビューはコチラから:『あゝ結婚』 (1964/イタリア)
本作の成功に続いて、『あゝ結婚』『ひまわり』という名作を生み出したデ・シーカ監督×マストロヤンニ×ローレンという黄金トリオは、私をイタリア映画好きにしてくれた人たちでもあるのです。



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  2013/07/09 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit
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