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『めぐり逢わせのお弁当』 (2013/インド、フランス、ドイツ)

   ↑  2015/08/26 (水)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ




めぐり逢わせのお弁当 DVD


●原題:DABBA / 英題:THE LUNCHBOX
●監督、脚本:リテーシュ・バトラ
●出演:イルファン・カーン、ニムラト・カウル、ナワーズッディーン・シッディーキー 他
●ムンバイに暮らす主婦のイラ。すっかり冷めてしまった夫の愛情を取り戻そうと、お弁当作りに精を出す。ところが、その丹精を込めた4段重ねのお弁当が、なぜか早期退職を控えた男やもめ、サージャンのもとに届いてしまう。その日、お弁当箱は、きれいに空っぽになって帰ってきた。それを見て喜ぶイラだったが、ほどなく夫が食べたのではないと気づく。そこで次のお弁当には、きれいに食べてくれた見知らぬ誰かへのお礼の手紙を忍ばせるイラだったが・・・。




ブログをお休みする前に観ていた映画について、少しずつupしていこうと思います。

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いわゆる"コテコテのインド映画"をイメージして「あまり馴染みがないなー」という方や「インド映画を観るのは初めて」「苦手かも・・・」という方でも、この映画はきっと大丈夫。

その国独自の生活を描いているにもかかわらず、この映画から受け取るのは間違いなくグローバル性・普遍性のあるストーリーで、「インド映画」というカテゴリーにありながらも主人公たちの想いが何の違和感もなく、静かに真っ直ぐ響いてくるのです。

それもそのはず。

脚本も手掛けたリテーシュ・バトラ監督はムンバイで生まれ育ち、その後経済学を勉強するためアメリカに渡り、卒業後経営コンサルタントをしたあとニューヨーク映画学校に入学。さらにロバート・レッドフォード主宰の「サンダンス・インスティテュート」に編入した経歴の持ち主なのです。


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この感覚は、以前見たヨルダン映画『キャプテン アブ・ラーイド』ととってもよく似ているな、とも思いました。『アブ・ラーイド』のアミン・マタルカ監督も、ヨルダンからLAへと移住して映画制作の拠点を米国へと移した方でしたから、バトラ監督とバックグラウンドがよく似ているんですね。

懐かしい故郷を内側からと外側、両方の視点から見ることの出来る、あるいは見せることの出来る強みがそこにあるのです。


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しかも『アブ・ラーイド』との共通点は、音楽の使い方にも。
『めぐり逢わせのお弁当』ではボリウッドで製作される「インド映画」の象徴ともいえる派手な音楽の使い方が一切見られません。ストーリーや登場人物たちの感情を音楽に置き換えることなく、生活音がアクセントとして上手く使われており、そこからごく自然に彼らの心の揺れが波紋のように伝わってくるのです。

例えば、今回サウンドデザインはドイツ人にやってもらいましたが、歌って踊ってのボリウッド映画では、楽曲がメインで、サウンドデザインはあまり使われません。
この映画は、曲は全体の10%以下に抑え、14カ所だけです。ほかは自然音をサウンドデザインとして取り入れています。ボリウッドではあまりない技術をほかの国の方に補ってもらいました。
『めぐり逢わせのお弁当』 リテーシュ・バトラ監督インタビュー【CINEMA JOURNAL】







映画の冒頭、主人公の女性イラは子どもがケガをしないか、雨に濡れないかをとても気に掛けて送り出し、何段ものお弁当を追い立てられるように仕上げ、時間通りにやって来る夫の職場へのお弁当配達人(ダッバーワーラー:डब्बावाला)に手渡すという、慌ただしくも孤独と閉塞感に包まれている彼女の日常が映し出されます。

イラの手で手際良く作られた美しいお弁当は、人から人へ、乗り物から乗り物へと次々に乗り継いで"送り主"のもとへと運ばれていく一方で、彼女はいつもマンションの上階から見送るのみ。若く美しいのに服装も装飾品も華美ではなく、お喋りする相手も上階に住むおばさんの声だけ、ということがわかります。そして、イラには目を見て話す相手がいない、ということも。


お弁当が誤配された相手は、妻を亡くし早期退職前の男性サージャン。
人を寄せつけず、孤独で寂しげな佇まいだったサージャンが、まるで子供のように美味しいお弁当を心待ちにしていく姿は可愛らしくもありました。美味しいものって、本当に人の心を開くんですよね。「美味しい」と言って全部食べてくれる相手にも。

メールも携帯も介さず、互いの手紙を読む時間が次第にかけがえのないものになっていることに、イラもサージャンも実はずっと気づいていなかったのかもしれません。でも、少しずつ、少しずつ、そのやり取りの中で二人の心が反響し合っていく過程からは彼らの感情が切実に伝わってきて、その淡い想いと迷いの先に何が起こるのか目が離せなくなってしまうのです。

そして、迎える二人の結末。
観る人それぞれに受け取り方は異なるのかもしれません。

それでも、そこには優しくも確かな希望が込められた風が吹き抜けた気がしました。イラが初めて自分の意志を持って下した決断。孤独の心から一歩前へと踏み出したサージャン。「間違った電車でも、人は時に正しい場所に着く」という印象的なフレーズがこの映画では幾度か繰り返されます。"正しい場所"とは何なのか、今でも時々考えることがあります。



スウェーデンなどヨーロッパの映画のほか、イラン映画にも興味があり、好きな映画監督について聞かれると、「小津安二郎、ルイ・マル、イングマール・ベルイマン、アッバス・キアロスタミ」といった監督の名前を挙げ、「それぞれ素晴らしい才能を持っているにも関わらず、決してそれを見せびらかすような作り方をしない。キャラクターに耳を傾けて、自然な形で物語を紡いでいく。そのような作り方がとても好き」
小津や黒澤にも影響を受けた。『めぐり逢わせのお弁当』のインド人監督が来日【Movie Collection】

そうです、この監督の感覚は、正しく小津映画、イラン映画、ベルイマン。

敢えて派手なアクションを起こさずとも、心の深いところにある想いが紡がれるようにしてデザインされているこの映画は、表立って感情を露わにすることなく内に秘めた情熱や奥ゆかしさなどを感じ取ることのできる日本人の感性に、最も相性が良い作品だと思うのです。







ころで。
「どうしてお弁当を自分で持っていかないのかな?」とか「女性の通勤はどうなっているんだろう??」とか、この映画を観始めてすぐに文化的側面のあれこれで頭が一杯になってしまった私は、実は鑑賞を一時中断して【インドの昼食】について少し調べてからもう一度リスタートしました。だって、この「お弁当制度」って、すごーく気になるでしょう!


エラー率わずか0.00000625%、驚異のインド式昼食配達システム「ダッバーワーラー」


1日20万食ものお弁当箱が、最低6回はダッバーワーラーのリレーによって中継され、配達→自宅に返却されてくるんですって。えー、自分で持って帰ってこないのかい。

インドでは3食とも調理された温かい食事をとるという食文化が根強い国です。その根本には、英領植民地時代まで遡るとイギリス式の食事が合わない、各家庭の宗教によって禁忌に触れるものが異なる、またはインド特有のカースト制度の問題などもあって「家族が調理した食事が一番」という確固たる理由があるのですね。

因みに、ムンバイでは通勤時間が長く、1時間半や2時間かかる人もいるので、時間を節約するために電車の中で野菜を切り、家に帰ってから料理をする女性がたくさんいるのだそう。映画の中でもそんな描写があって冗談かと思いましたけど、あれは本気だったんだ(笑)。食文化って本当に面白いですねぇ。
asicro interview 58 自分で作った物語だから自分の手で監督したい-リテーシュ・バトラ(監督)【ASIAN CROSSING】




そしていつも思うのですが、"食"や"料理"がモチーフとなっている映画というのは、たとえ行ったこともない遠い世界の国のお話であっても「食べ物」を介することで生活感がより身近に感じられる気がして大好きなのです。登場人物たちがお茶を淹れ、料理を取り分け、デザートを口にしながらお喋りする姿は、きっと万国共通。

機能的なインド式お弁当箱は、蓋を開けるとスープや煮込み、炒め物や作りたてのチャパティなどが魔法のように次々と現れ、思わず溜息が出そうになるほど・・・。『めぐり逢わせのお弁当』はアメリカ人の撮影監督とフランス人のカラリストを使っての作品ですが、彼らもきっとスパイシーな香りが漂うインド料理の数々に圧倒されたことでしょうね。


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それからもう一つ、鑑賞中にすごーく気になっていたこと。
IT産業が発達しているハズのインドなのに、どうして事務所にパソコンがないの?どうして定規で線を引っ張ったりして紙書類のペーパーワークの山なの??ということ。これってもう、昭和の「社長シリーズ」のサラリーマンの世界ですもん。

セットにしてはリアルだなぁと思っていましたが、実際に撮影されたのは実在する政府の保険部門のオフィスなのだそう。
「インドはまだマニュアルで事務作業などしている会社は多いです。でもそれはわざとそうしているのですよ。すべてを近代化してしまうと人手がいらなくなるでしょう。そうすると人々の働き口が減ってしまう。だからインドでは人々が仕事を得られるように、わざと近代化を抑えているのです」
歌も踊りもないけど、大共感の感動がある!インド映画『めぐり逢わせのお弁当』の監督に直撃インタビュー


そう、それに職場での会話でも気づいたことが。
「インド映画」なのだから字幕に頼るしかない!と思っていたのですが、サージャンは英語で手紙を書き、会話している→あれ?サージャンの部下シャイクはムスリムだった→亡くなった奥さんの墓地はクリスチャン→そういえばイラはヒンドゥーだ、というさり気ない描写にも目がいくようになりました。

多民族、多言語、多宗教(or 宗派)という様々な文化的要素が凝縮されたインドの巨大なモザイク社会の一端が、こうやって映画の端々に見え隠れしていたのですね。



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れにしても。言うことが一々もっともな"おばさん"との会話は、窓越しで近所中に筒抜けじゃないか!とか思って観ていましたが、実はこれ、私もむかし中東生活の時に隣に住む義姉とやっていたので、なんだか懐かしいシーンでした(笑)。

話したい時は壁をドン!ドン!って叩くんですけどね、義姉の話の内容が「今日はこどもがオネショして大変よー」とか「旦那の靴下がクサイのよー」とか、もうホントどうでもいい話ばっかりで(笑)。女性って世界のどこに行ってもお喋りの内容のレベルは同じなのかもしれないなーなんて思いました。そして今日も、きっと世界のあちこちで女性たちはこうやって日々の鬱憤を晴らしているのでしょうね~!ウフフ



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  2015/08/26 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『インド・マレガオンのスーパーマン』 (2008/インド)

   ↑  2013/07/04 (木)  カテゴリー: ドキュメンタリー、アニメ
Supermen of Malegaon インド・マレガオンのスーパーマン【NHK 国際共同制作 発掘アジアドキュメンタリー】
●原題:Supermen of Malegaon
●監督:ファイザ・アハマッド・カーン
●出演:シャキール・バーラティー、ファローグ・ジャーファリー、アクラム・カーン、シャフィーク、ナジール・シャイク 他
●抱腹絶倒!映画作りの舞台裏。マレガオンは、インド西部のマハラシュトラ州にあるイスラム教徒が暮らす町。若者たちが、ハリウッドとボリウッドを強烈に意識しながら、人気映画「スーパーマン」のパロディ映画『Malegaon Ka Superman』を制作した。そこには、現代の世界やインド社会への痛烈な皮肉が込められている。最近、マレガオンで生み出される低予算映画は「モリウッド」映画と呼ばれ、インドで人気を博すようになってきた。十分なお金も、撮影機材も、経験もない。それでも映画を作りたい・・・。映画「スーパーマン」の制作風景の一部始終を追いながら、夢を追い、奮闘する若者たちの情熱を描く。2008年度 アジアフィルム賞 in ローマ【ベストドキュメンタリー賞】受賞作品。




インド西部のマハラシュトラ州にあるマレガオン。機織り機の音がひっきりなしに聞こえてくる織物産業中心のこの町の人々は、みんな映画が大好き。「一週間ずっと働き詰めだったんだから、週末は皆でハッピーな映画を観て楽しむんんだ!」歌と踊りと美女とスーパーヒーロー、サービス精神いっぱいの独特な世界観を持つ映画がインド人に好まれるのは、人々の生活の中で「映画」が求められているからなんだなぁ。



このドキュメンタリーでは、マレガオンという町で「スーパーマン」をパロディにした映画『Malegaon Ka Superman』が低予算で作られていく過程をユーモアたっぷりに見せてくれます。いや、制作側はみんな大真面目なんだけれど、それが可笑しく見えてしまうのですね。



スーパーマン役のシァフィークさんは主役なのに一番弱々しい上に、身体を張った過酷な撮影に臨みます。水に飛び込むシーンでは泳げないので溺れてしまって皆でスーパーマンを助けに行ったり、牛乳屋さんがスポンサーのため「牛乳ダイブ」のシーンが盛り込まれたり、空飛ぶシーン(でもメチャメチャ低空飛行)では、荷車から突き出た板にズボンのお尻に切り込みを入れて通すなど、情けない表情を存分に見せてくれます。突っ込みどころも満載です(笑)。





十分なお金も、撮影機材も、経験もない中で撮影は続き、トラブルやハプニングも続出。でも次第にまるでインドの社会を映し出す鏡のように、そこからは彼らの町での生活や人生観、宗教観、映画に対する情熱などが浮かび上がってきます。

家族を養うために「映画はあくまで趣味であるべきだ」と考えるナシール監督、イスラム教徒の多いこの町では女性の出演は難しいという現実、何をやっているのかよく分からない撮影現場で「神に従う者が、こんなものを見てはいけない」とポツリと呟くおじいさん。


たった一台しかない監督の大事なデジタルカメラが、川に落ちてしまった時のこと。撮影も遅れるし修理代もかかるしで、見ている私からしても非常に落ち込んでしまうような悲惨な状況!!としか思えませんでした。でもナシール監督はこう言うんですよね。「これも運命だ」

・・・ただ、ここで私はふと思ったのですが、この大事なデジカメが水に濡れて撮影がストップしてしまう!!という彼らにとっては一大事を、このドキュメンタリー制作側は、それこそ高価なカメラでジーッと撮影しているんですよね。これってちょっとシュールというか、ドキュメンタリーって「映す側」と「映される側」の距離感って難しそうだなーと思いました。私がドキュメンタリー撮影側だったら、かなり居づらい(笑)






監督は、インド映画の聖地ムンバイへ行きたいとは言いませんでした。ここマレガオンで映画を撮り続けたい。宗教の違いで争いが絶えない現実、機織り機を回したくても停電ばかりで思うように収入が上がらない生活、だからこそ、人々を笑顔にできるそんな映画を撮りたいのだ、と。「人生は悲しいことの繰り返し。楽しいことなんて、そんなにない。だからこそ、笑顔はかけがえのないものなんだ」


一度耳にしたら絶対忘れられなくなるようなテーマ曲の歌詞にも『Malegaon Ka Superman』への"愛"が込められています。「スーパーマン♪ 私はマレガオンのスーパーマン♪ 織機の音に乗って街中を飛び回る♪ ヒンドゥ、イスラム、シーク、キリスト、みんなが愛するスーパーマン♪」








出来上がった『Malegaon Ka Superman』のダイジェスト版を観て明るい気持ちで観終わったこのドキュメンタリーでしたが、その後の情報で、主役であるスーパーマンを演じたシァフィークさんが2011年にまだ26歳という若さで癌で亡くなられたことを知りました。
Malegaon Ka Superman Shafeeque dies of cancer at 26【Ummid.com】

シャフィークさんは映画撮影当時まさに結婚したばかりで、本当に幸せそのものでした。彼の幸福だった姿が『Malegaon Ka Superman』に焼き付けられたこと、そしてこの映画がインドのマレガオンの人々に笑顔をもたらしたこと。ナシール監督をはじめ『Malegaon Ka Superman』に携わった人々は本当に素晴らしい仕事をしたのだと思います。

どうか、いつまでもこの映画がシャフィークさんのご遺族をはじめ、マレガオンの人々の心に残りますように。



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  2013/07/04 | Comment (4) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『落下の王国』 (2006/インド、イギリス、アメリカ)

   ↑  2012/01/15 (日)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ





ザ・フォール 落下の王国【Blu-ray】 [ リー・ペイス ]


●原題:THE FALL 邦ソフトタイトル:ザ・フォール/落下の王国
●監督:ターセム
●出演:リー・ペイス、カティンカ・ウンタルー、ジャスティン・ワデル、ダニエル・カルタジローン、レオ・ビル、ショーン・ギルダー、ジュリアン・ブリーチ、マーカス・ウェズリー、ロビン・スミス、ジットゥ・ヴェルマ 他
●『ザ・セル』で世界に衝撃を与えたターセム監督による、構想26年、撮影4年の歳月を費やして創りあげた圧倒的な映像世界。20カ国でロケーションを敢行し、多数の世界遺産が登場、CGを使用せず創りあげた映像美は観るものを魅了する。映画の撮影中に怪我を負い病院のベッドで寝たきりのスタントマン、ロイは、重なる不運に自暴自棄になっていた。そんな彼の前に現れたのは、同じ病院に入院していた5才の少女アレクサンドリア。ロイは自殺しようと薬を手に入れるために、アレクサンドリアを利用することを思いつく。そして、彼女の気を引こうと、6人の勇者が世界を駆け巡り、悪に立ち向かうという、世界にたったひとつしかない冒険物語を聞かせ始める。(Amazon[内容紹介]より一部抜粋)





アカデミー賞受賞デザイナーの石岡瑛子が衣装デザインを担当。しかも"デビット・フィンチャー&スパイク・ジョーンズ present"という豪華さ。予告編を目にした時から絶対に観よう!と決めていた作品でした。

映画というものはイマジネーションの世界を変幻自在に映し出してくれるリアルな夢のようなもの。そこに見えるのは、宇宙さえも駆け巡る壮大な物語から、日常に見える影や陽の中に舞う小さな埃まで。この束縛も限界もない究極の映像美の世界を心ゆくまで堪能させてくれたのが、インド出身でアメリカ在住のターセム・シン監督。個人的には映画監督というよりも、アメリカを代表する大企業やミュージシャンのCMやPVを創り上げる「映像ディレクター」というイメージが強いのですが、昨年は『インモータルズ―神々の戦い』も公開され、今後益々幅広い活躍が期待されている監督さんの一人なのでしょう。




この映画、映像美もスゴイんですが「子役」もスゴイのです。歯抜けでポッチャリ5歳のアレクサンドリアちゃん。彼女を演じたカティンカ・ウンタルーの存在感から目を離すことができませんでした。

突然、何のことやら分からないまったく違う話を始めてみたり、興味のない話や内容をよく分かっていないのにウンウンと知っているフリをして見せたり、適当に相槌を打って話を聞き流していたり・・・・と、このくらいの年齢の子どもとして実にリアルな演技をするのです。「リアルすぎる!!」と思っていたら、
彼女は、当初この映画が単なるドキュメンタリーだと思っていて「実際に障がいを持つ大人が子供に物語を話すので、ただそれを聞いてればいい」と勘違いしていた。結局は撮影が始まって、これがドキュメンタリー映画ではないことはカティンカも分かったものの、相手役のリー(ロイ役の俳優の名前)は本物の障がい者だと最後まで思い込んでいた。
【YOMIURI ONLINE】ターセム監督インタビュー記事より(現在はリンク切れのため参照できず)

とのこと。あぁやっぱり!あの会話の間合いが演技だとしたら、オスメント君もビックリでしょう。






で、映画の感想はと言いいますと・・・この作品はちょっと私には合わないものがありました。ザンネン。

映像屋さんであることは、よーく分かりました。目も眩むようなゴージャスな映像美と想像を超えて放たれるイマジネーションの無限の広がりは、その瞬間の心を捕えはするものの、それから先のお話が重厚な映像に比べるとやや薄いのでは・・・という感じがしました(完璧で隙のない映像美という点では、この映画を観ている間、黒澤明監督『夢』を思い出していました)。


≪以下、ほんの少しだけこの映画の内容に触れています≫



私が引っかかってしまったのは、映像のことよりももっと基本的な「おはなし」の部分なのです。個人的な感想で申し訳ないのですが、私は子供(子役)をワンワン泣かせて観る者の感情を揺さぶらせようとする話にはイヤーな気持ちしか湧き起こらないのです。

ほんの五歳の子供に対して物語を聞かせるのに、あれだけ泣かせて(しかもルーマニア移民なので英語も一生懸命話しているというのに!)「死なないで・・・」と頼ませるシーンなんてもう。いい年した大人であるロイは、自分が大怪我をして失恋もして人生に失望して死にたくなったという理由で、ほんの子どもでしかないアレクサンドリアに◯◯をさせ、しかも◯◯させてしまったというのに!私がその場にいたら「そんなに子供を泣かせるんじゃありません、このバカタレが!」と怒鳴り込んでいるかも。それまでのアレクサンドリアの演技があまりにもナチュラルだったことが余計にこの気持ちに拍車をかけているのですが、泣いている子どもの前では大人の未熟さが際立つだけで、本当は多くの観客がこのシーンで泣かされるという「映画最大の山場」にもかかわらず、私は勝手にここですっかりトーンダウンしてしまいました。すっかりアレクサンドリアちゃんの親の気持ち・・・



ただ言い訳のようですが、この映画、最後だけはとても素敵なんです。
こどもの優しい視線や、「映画」というものへの情熱、愛情がジーンとか感じられるグランドフィナーレは本当に素晴らしいなと。こういった"細やかさ"が、物語の下地にずっと続いていればよかったのになと思います。ターセム映画。パーフェクトな映像の美しさだけは、本当に圧巻!でした。

落下の王国@映画生活




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  2012/01/15 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit
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