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『ジョゼと虎と魚たち』 (2003/日本)

   ↑  2016/11/20 (日)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ







ジョゼと虎と魚たち Blu-ray スペシャル・エディション


●監督:犬童一心
●出演:妻夫木聡、池脇千鶴 ジョゼ、新井浩文、上野樹里、江口徳子、新屋英子、SABU、大倉孝二、板尾創路 他
●大学生の恒夫はアルバイト先の麻雀屋である噂を耳にする。それは、近所に出没するひとりの老婆のこと。彼女はいつも乳母車を押しているが、その中身を知る者は誰もいないというのだ。そんなある朝、恒夫は店のマスターに頼まれて犬の散歩に出掛けると、坂道を走ってくる例の乳母車と遭遇する。そして、彼が乳母車の中を覗くと、そこには包丁を持った少女がいた。脚が不自由でまったく歩けない彼女は、老婆に乳母車を押してもらい好きな散歩をしていたのだ。これがきっかけで彼女と交流を始めた恒夫は、彼女の不思議な魅力に次第に惹かれていくのだが・・・。






よく「初恋は実らない」と言いますけれど、まぁ、そうなんでしょうね。

・・・って完全に他人事(笑)。


「恋」を"愛"や"情"に変えるには、まだまだ若いうちは無理なんでしょう。だって、刺激も欲求もいっぱいですからね。


恋をしている時に感じるのは、溢れ出すような思いや人を信じる温もり。それからやってくるのは、自己嫌悪するほどの嫉妬心や人を傷つけてしまう痛み。そして、誰かと繋がっていた幸せな記憶と、それを失う辛さ。


こんなことを沢山知っていく中で、少しずつ少しずつ愛情の持ち方、保ち方を覚えていくのかもしれませんね。






私ね、サガンの作品を愛していたジョゼは、きっと恋には"別れ"があるということも知っていたんだと思うんですね。覚悟、というのかな。


フランソワーズ・サガンは、私が10代の頃にとっても影響された作家です。

サガンの物語には、浮気も裏切りも倦怠感も孤独も絶望も、別れに関するほとんどが物語に書かれてあるというのに、読後感はどれも悲しくはないんです。というよりも、人の心は止められないということの切なさ、ほろ苦さ、可笑しさが湧き上がってきて、恋する人間の愛おしさに安心感すら覚えてしまう。


本当は「車イス」を利用することも出来たのに、それを拒否したジョゼはまだ甘えていたかったのだなと思うと、本当に本当にこれは普通の女の子の恋だったんだなぁと思うのです。






この映画、作りこみギリギリのところから漂う"あざとさ"直前の辺りを見事にキープしていて、何とも言えない甘酸っぱい気持ちになりました。自分以外の誰かを傷つけ失って泣いたことのある人は、きっと同じような感情を抱くんじゃないかなぁと思います。


「もう恋なんてしないなんて、言わないよ絶対~」なんて言えない人も(・・・アレ?どっちだ??笑)、いつかまた前を向ける、はず。というラストシーン。サガンの物語にも似た優しさがあります。だから妻夫木くん、泣くことはないんだよ!



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  2016/11/20 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『クリーピー 偽りの隣人』 (2016/日本) ※物語の展開・ネタバレは本文末にあります。ご注意を

   ↑  2016/06/19 (日)  カテゴリー: サスペンス、ミステリー
映画『クリーピー 偽りの隣人』公式サイト





クリーピー (光文社文庫)


●原作:前川 裕「クリーピー」 (光文社文庫)
●監督、脚本:黒沢清
●出演:西島秀俊、竹内結子 、川口春奈、東出昌大、香川照之、藤野涼子、戸田昌宏、馬場徹、最所美咲、笹野高史 他
●大学で犯罪心理学を教える元刑事の高倉。郊外の一軒家に引っ越し、妻・康子と2人で穏やかな新生活をスタートさせる。ある日彼は、刑事の野上から6年前に起きた未解決の一家失踪事件の分析を依頼される。事件の鍵を握るのはひとりだけ残された一家の長女・早紀。しかし彼女の当時の記憶は曖昧で、事件の核心にはなかなか近づくことができない。そんな中、高倉と康子は、謎めいた隣人・西野の不可解な言動に次第に振り回され始めるのだったが・・・。





・・・・あのですね、

ちょっと余計なお世話かもしれませんけどね・・・・


この映画、予告編で93%ほど出し切ってますよ!
これって一体どういうこと~(涙)



わたくし、【おうちで試写会】で鑑賞させていただいたのですが、予告編以上のことはほぼ起こらないので、こりゃ全然ミステリーでもないしサスペンスでもスリラーでもないということに一人悶絶しまくった次第です。


一体どこでエンジンがかかるのかなー?と思いながら観ていたんですけど、結局最後までクリープ現象で進むAT車みたいな走りで、アクセル不要のまま終わってしまいました。あら、映画『Creepy』で「Creep現象」ですって!プププ







「・・・ここには確かに犯罪のニオイがする!」なんて何の根拠もなく突然言わせる脚本もスゴイと思うし、事件現場に行ってみたら重要参考人が偶然訪れていた!とか、ナンダソリャ展開がテンコ盛りで、色々と不思議ちゃんな映画でした。




香川さんなんて「なんだかちょっとヘンな人かな・・・」とかいうレベルじゃなくて「あなた本当にヘンですよね!」と断定できるアカラサマぶりなので、彼のこと怖がりようもないし何の疑念も浮かばない。

↑このシーンで、香川さんは電柱に貼ってあるチラシをベリベリ剥がしてポケットに入れたりとかするんですが、これがまた「ザ・変人演技とはかくあるべし!!」にしか見えなくて、こんなベタな演技ってアリなのかしら・・・と逆に心配になってしまいました。


庭木がざわざわ揺れて、何とも言えない恐怖心を生み出します
風でカーテンが揺れて、なんだか気味が悪いです
画面が斜めにカットされて、不安感を煽りまーす


こういう描写、ミステリーものの教科書に書いてあるのかな?






ただね、この映画。

色々なことが(予告編も含めて)色々とアカラサマすぎで何の捻りもなく、全体的な作りもヘンなのですが(あら言ってしまった!)、よく考えてみれば出てくる人たちが皆どこかヘンなんです。


↑しょっちゅう出てくる大学のシーン。学生たちがよく笑い、よく遊び、よく喋っているのが研究室のガラス越しに見えるんですけれど・・・・

エキストラとして演技指導もあったんでしょうが、これがまた「ザ・コミュニケーション」のお手本!みたいな戯れ方で。閉塞感や秘密たっぷりの主演側との対比なのかもしれませんが、これがもう、わざとらしさ全開

その中の学生役さんで主演側に目線を向ける人もいたりして、えーっコレっていいんですかね!?「カメラ目線ラをしてはいけない」ってエキストラの基本中の基本ですよね。も、もしやコイツが影の犯人か!?とか思って、フラグが立ったのかと思ったくらい。私の心が捻じ曲がっているのか!?


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ヘンだといえば、この夫婦もかなりヘンですよ。

私ね、この映画で一番creepyに思えたのは竹内さんでした(個人的に、です)。

飼い犬マックスくんの【脱走&飛び掛かり事件】だって「あーらら、すいませんね~」程度で終わらせている竹内さん、コワイです(私なら平謝りする!)。それから自分で持って行ったチョコレートを、帰って来てからいきなりゴミ箱にブン投げてしまうとか。この豹変ぶりに「実は竹内さんが影の犯・・・・」というか、ここまでくるとワタシの心はどん曇りですね(笑)。

ま、でも、あんな風に「これ余ったので・・・アレ、これじゃ中に入れないなぁ?」とか言いながらシチューを大量に持って突撃されたら、私、絶対ご近所付き合い控えさせていただきたい

香川さんは物理的な距離感覚がヘンでしたけど、竹内さんは人間関係における距離感がちょっと奇妙だなぁと思いました。竹内さん、じゃなくて康子さん、ヘンテコな旦那さんと生活していて相当お疲れだったんでしょうね。




※というわけで、以下は『クリーピー 偽りの隣人』のネタバレ(と言っても、予告編でほとんど出尽くされているので残り7%くらいのネタバレなんですが笑)、ラストの展開内容に深く関わります。

未見の方やこれからこの映画を観よう!と思われる方はお控えいただくことを強くオススメいたします。




     ↓ ネタバレ注意 ↓


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  2016/06/19 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『(ハル)』 (1996/日本) ※ラストの展開について触れています

   ↑  2015/03/27 (金)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ



(ハル) [DVD]


●監督:森田芳光
●出演:深津絵里、内野聖陽、山崎直子、竹下宏太郎、戸部正午、鶴久政治、宮沢和史、山下博幸、戸田菜穂 他
●速見昇は“ハル”というハンドル名でパソコン通信の映画フォーラムにアクセスする。仕事も恋もうまくいかず鬱屈していたハルに、励ましのメールを送ってきたのは(ほし)という人物だった。互いの実像をわからないまま二人は次第に本音を伝え合うようになるのだが・・・。





一人でもきちんとエプロンをして、食事を作って、後片付けをして、村上春樹と宮沢賢治が好きで、廊下を掃除して、洗車をして。(ほし)が丁寧に生活し、そして、そのきちんきちんとした日々の隙間に自分ではどうしようもない悲しみを抱えているということが、この日常生活とメール画面の文字を交互に映し出す手法によって沁み込むように伝わってきます。

ページを捲るたびに主人公の心の情景が広がっていく、まるで動く風景が見える"読書"のような映画です。十数年ぶりにこの作品と再会したことになるのですが、当時はおそらく新鮮で実験的であっただろう映画なのに、今回は何とも言えない心地よい感覚に包まれました。





1996年の公開当時、Windows95の登場で一般家庭にPCがどんどん入ってきたとはいうものの、ネット社会はまだまだ未成熟。そのためでしょうね、パソコン未経験世代からは「実際に顔と顔を合わせることのない薄っぺらい人間関係を象徴している」という冷めた批評なんかをチラホラ見かけ、当時この映画に大共感していた私としてはガッカリしていました。やっぱり一般的な感覚じゃないのかなぁと。

というのも、実際私も1998年頃のチャットルームに出入りしていた人間(大オフ会も企画したりしたもんだ)なのです。文字だけの会話で他愛のないことばかり、ほぼ毎日仕事が終わって帰宅して寝るまでの一時、ヴァーチャルな世界で過ごしたものでした(ちょっと遠い目・・・)。大学を出たばかりの私は、そこで様々な職業や地域の人たちと"通信"できるのが、とっても新鮮だったんです。


閑話休題。


そんなわけで、この映画を知るにあたって、まずは森田芳光監督の以下のインタビューを読んでみました。

僕が影響を受けた本は、マクルーハンの作品です。
マクルーハンはメディアがどう人間に影響を及ぼすのか?ということを研究していた人です。 「世界」や「メディア論」が有名ですね。彼の本によって、テレビとかラジオとかいろんなメディアを、人間がどう用いて、そしてそのメディアによって、どう変わるかということを学びました。僕のメディアへの興味にとても影響を与えた人です。僕にとっては、ソクラテスやプラトンの話と同じで、マクルーハンのメディア論が哲学といってもいいかもしれません。
「(ハル)」という映画は、まだインターネットが流行る前の「パソコン通信」を舞台にしているんですが、これもマクルーハンに出会っていたから、すぐに「ああ、これは新しいメディアになるな」と思うことができたんだと思います。
森田芳光監督インタビュー 映画「わたし出すわ」公開記念 森田芳光監督の本棚【Booklog】

マクルーハン理論―電子メディアの可能性


メディアはマッサージである: 影響の目録


メディア論―人間の拡張の諸相



この映画を観た後でマーシャル・マクルーハンのメディア論(=テクノロジーやメディアは人間の身体の"拡張"であるという主張)を読み、更に
メディアの歴史の時代区分は、『話し言葉の時代・文字の時代・電気の時代』の3つに分かれ、文字によって書かれた書物は『自分一人でいたい(他者に文字・書物と触れ合う時間を邪魔されたくない)という欲求』を強化する一方、遠くにいる人たちを結びつけ『理念・思想・知性を介した人間関係の形成原理』を生み出す効果もある。
マーシャル・マクルーハンのメディア論:メディアの歴史とナショナリズム【Es Discovery】
とされる解説サイトを読みだした辺りから、この微妙な時代の恋愛観が俄然面白くなってきてしまいました。・・・いつもこうやって横道に逸れていってしまうな~






で、色々考えた末に結局辿り着いたのは・・・・

テクノロジーやメディアやネット社会云々と言っても、この物語はれっきとした「純愛映画」だったんだよなぁというところに戻ってきてしまったんですよね。それも古典的純愛もののド真ん中じゃないかと。思えば、顔を見たことのない相手と文を交換し、心を通わせ、相手を想う・・・・これって紫式部の時代と同じだとも思うんですが!

王朝の恋の手紙たち (角川選書)

角川短歌ライブラリー 和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか


ま、電子メールやチャットと手紙では、相手に自分の言葉が届けられる時間的間隔や、紙に焚きしめられた薫物の香り、文字の美しさなど手に取って五感で感じることが出来るかどうかの違いなどはあるかもしれませんが、投げっぱなしの言葉の羅列ではなく相手を思いながら綴った文章の交換という意味では、平安時代の恋愛と似た部分もあるんじゃないかなぁと。

それにこの時代、家に帰ってパソコンを立ち上げて「メールが一通届いています」なんて、今でいうポストを開ける感覚と似ているわけで。肉体的な魅力や関係も介在しないため、奥ゆかしい"純愛"と感じるのかもしれません。



たぶん二人の共通点は、それぞれの人生に起きた悲劇だとか喪失感を乗り越えるために、自分の生き方を模索している、前を向いていることだったんだろうな。

(ハル)は、落ち込んだり後悔したり失敗もある中で、新しい出会いや発見もあったりして。「あすの天気」みたいに、彼はとにかく前向きで真っ直ぐな人でした。会おうと思えば(ローズ)のように思い切って実際に会うことも可能だったのだろうけれど(実際に現実世界で顔を合わせてもハンドルネームで呼び合うところなんかはリアルで笑ってしまいます)、通り過ぎる新幹線の中から一瞬だけ互いの存在を確認するという、切ないような歯痒いような方法を選択した二人。

ネット上で言葉を交わしてきた相手が本当に実在するんだ、現実に存在するんだ、ということを確かめたいと思うようになった(ほし)の気持ちは、人と人とが実際に出会ってコミュニケーションを求めるという本来の意味での"人間関係"と何ら変わらないと思います。ただ、実際に会うまでは相手はまだ自分の"一部"であり、現実世界で実際に出会ってから、初めて本当の"二人"になるんだろうな。これからが、本当の"はじまり"なんですね。






そういえば、この映画、(ほし)が『ヒッチコックの「裏窓」みたいの好き。ああして人の生活を眺めていたい。』と言っていたように、登場人物たちの生活を窓ガラスの外から映すカットを多用していて、メール画面という主観を表に出しながらも、どこか他人様の人生を外から覘き見ているような感覚にもさせてくれました。



それに覘き見るといえば、この映画、色々と時代の先を読んでいた気がします。
【ネット恋愛】という新しい時代の出会い方を見せたのは勿論ですが、例えば【ストーカー】という言葉が出てくるほんの少し前に、相手をつけ回して職場まで追いかけ写真を撮るような男を出してみたり、彼女に置いて行かれて「それなら結婚しよう!」とも言わず刺激的な(ローズ)にもなびかない【草食系男子】のハシリを見せてみたり(笑)。あ、でも、モトカノの「そういう流れだし。英語好きだし。」のやり取りには吹いてしまいました。彼氏じゃなくて英語の方を選ぶのかよ!という(笑)。こういいうサッパリした女性の考え方、私大好きです。





最後に。
DVDに収録されている監督インタビューの中でとても納得したことを抜粋。



主役に深津絵里と内野聖陽を起用した理由は何ですか?
真面目に芸能界生きてる、って人達を使いたかったんですよ。深津絵里とか内野とかね、真面目そうじゃないですか。真剣に芝居を考えて、真剣に芸能界を生きてる、って感じがして、芸能界から離れてもね、私生活も本当に真摯に生きてるって感じがしたんですよ。

村上春樹の小説を登場させることにどのような意味が?
例えば主人公がどんなものを食べて、どんな机でモノを書いて、どんな椅子に座って、どんな文房具を使ってるかってやっぱり見ますよね。それで、あのホシっていう女の子は絶対村上春樹の小説が好きな女の子であろうという設定で始まったんですよ。(中略)村上春樹の本の並べ方も、すごくこだわってるんですよ。だから図書館で彼女は勤めるんですけど、その時も自分の本棚と同じ並べ方じゃないとダメみたいなね。



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 くちびるに歌を』 (2014/日本) ※ラストの展開に少し触れています

今年の3月に日本映画『くちびるに歌を』 (2014/日本)の辛口レビューを書いた時、"日本の映画って、外国映画に比べて身近すぎる描写のためか見方も厳しく辛めになってしまうのかもしれませんが。" と書いた私ですが、やっぱりそういうことではないんだな、と今回改めて思いました。最も身近に感じられる日本映画だからこそ、どんなに繊細なテーマであっても、きちんとした人物描写があればその共感性はずっとずっと鮮やかになっていくものなんだと。

この映画と再会できて本当に良かったです。日本映画って、やっぱりいいものです。



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  2015/03/27 | Comment (2) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『くちびるに歌を』 (2014/日本) ※ラストの展開に少し触れています

   ↑  2015/03/01 (日)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ
映画「くちびるに歌を」公式サイト



くちびるに歌を (小学館文庫)


●監督:三木孝浩
●出演:出演:新垣結衣、木村文乃、桐谷健太、恒松祐里、下田翔大、渡辺大知、眞島秀和、木村多江、小木茂光、角替和枝、井川比佐志 他
●長崎県の離島にある中五島中学校。産休に入る幼なじみの音楽教師の代理として、美人ピアニスト、柏木ユリが東京からやって来る。合唱部の指導を任されるが、最初からまるでやる気が見られず、ピアノも一切弾こうとしない。引っ込み思案の桑原サトルは、ボーイソプラノの片鱗を見せるが、家庭の都合でなかなか練習に参加できない。そんな中、コンクールの課題曲「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」にちなんで、生徒たちに15年後の自分に手紙を書くよう宿題を課す柏木だったが・・・。




自宅での「オンライン試写会」に当選したので、今回は小学生の娘と一緒に鑑賞させていただきました。、脱力のあまり途中で観るのを止めようかと思ったほどでして。うーん、あの『小さいおうち』の悪夢再来か。

しかも、鑑賞後に世の中いっぱいに溢れている「感動しました!」「涙があふれました!」というレビューをバンバン目にしてしまい、自分の「コレちょっと違うんじゃないか感」が気のせいだと思いたくて、翌日もう一度一人で鑑賞してみたのですが・・・やっぱり感動の嵐には乗れなかった自分がいることだけがよーく分かりました(←ここで号泣)。私だけみんなと違うバージョンでも観たんだろうか。。。






この映画で本当に素敵だなって思うことはちゃんとあったんですよ。本物の景色は嘘をつきません。夕暮れの海、夏の真っ青な空の色、登校途中の坂道に吹き抜ける穏やかな風。オール長崎ロケによる賜物ですね。坂や階段、古い町並みなどの本物の風景は、この映画一番の功労者かもしれません。

それなのに!この映画、一体柏木先生の設定を何だと思って描いたのでしょうか。

難病が~とか、事故による記憶喪失でぇ~とかいった類と同レベルの、頭の中だけで考えたような安易な人物像、そしてその描き方の稚拙さに私はビックリしました。『くちびるに歌を』 の制作側は観客のことをどう思っているんだろうか。「これで盛り上がる!」「これで泣ける!」とか本気で信じているんだろうか?本当に酷い。日本で映画を作るレベルってこんなものだったのか?と。


だいたい代理だろうと臨時だろうとツンデレだろうと、学校の先生という立場を仕事として任された人が「・・・テキトーによろしく。」なんて生徒の前で挨拶しますかね。他の先生が「甘すぎるんじゃないですか!?」と言うセリフが一つありましたけど、本当にそうですよ。学校教育の場を任された人が、個人的な理由で(自分1人でならともかく)生徒の前でも捻くれた態度をとるなんて、一体どんな先生なんだ。って、こういうことを言うとモンペ扱いされちゃうのかな。

「私のピアノなんか人を不幸にするだけよ」なんて悲劇のヒロイン気取ったことを生徒に言っちゃうオトナが、彼女を取り巻く優しく真っ直ぐな強さを持つ生徒たちと一緒に成長し、影響し合い、悲しい過去を乗り越える…とかいう甘っちょろい展開には本当にビックリさせられたんですが。ミステリアスな存在とかそういう以前の問題で、柏木先生に何があったんだろうとかちっとも思えない。あー私が他人に厳しいだけだんだろうか・・・・





一緒に観ていた小1の娘は中学校生活の様子が楽しかったみたいで、話の内容はだいたい理解できているようでした。でも、青空と緑の丘でキラキラしながら歌の練習をしているシーンで娘が間髪入れずに「あ、コマーシャルになった?」と言ったのには笑いました。そうなんですよね、なんかいかにもサラッサラの映像集みたいでこの辺りはあまりに狙い過ぎ。せっかくの雄大な景色が嘘っぽくて「爽やか高原の牛乳のCMみたいだな」と思いました。

別に現実味ギラギラのドキュメンタリーを観たくてこの映画を観たわけじゃないけれど、これならよっぽどNHKの『課外授業 ようこそ先輩』の方がよっぽど面白いんじゃないかと途中から思うほど。

思うに、無理にガッキー先生を中心に据えようとしたこの映画版よりも、子どもたち目線で描かれた原作の小説版の方が「15年後の自分へ」という作文の効果や、合唱という歌によって心も一つになる瞬間の素晴らしさが効いていて良かったんじゃないかなぁと。まるで背景の中に消え入りそうになるほど遠慮した桑原君の佇まいなんて本当に素晴らしかったのに!小説を映像化するのって、こういうものを視覚化&聴覚化できることに利点があるはずなのにな。





最後にもう一つだけ。
少しずつ皆の歌の輪が広がってロビー中が歌声でいっぱいになるあのシーンは、一般的には感動的な場面として捉えられるのかな?と疑問に思いました。規則性を好み、予定外のことが苦手な自閉症のお兄ちゃんに向かって大人数による歌声を浴びせるのはかなりキツいことなんじゃないかと

それに加えて、歌というものが人々の間を、学校とかコンクールだとかいった枠を超えて広がっていくような皆が一つになれる瞬間の素晴らしさを描写したかったんだと思うけれど、なんだか「私たちってステキなことしてる!」という(映画的で)一方的な感じが見てとれて、居心地悪くモゾモゾしてしまいました。日本の映画って、外国映画に比べて身近すぎる描写のためか見方も厳しく辛めになってしまうのかもしれませんが。

ま、今回は
「桑村、おい桑村!名前を呼ばれたら返事くらいしろ!」
「・・・ぼ、ぼくクワハラです・・・・」

というシーンに娘が大爆笑したということだけでも≪楽しかった映画の思い出1シーン≫として残るので、これでヨシとすることにします。ネット評価とは全然違ってしまったけれど、もうこれは仕方ないや!(笑)



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  2015/03/01 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『天使の恋』 (2009/日本)

   ↑  2014/03/03 (月)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ




 

天使の恋 スタンダード・エディション [ 佐々木希 ]


●原作:sin
●監督、脚本:寒竹ゆり
●出演:佐々木希、谷原章介、山本ひかる、大石参月、七菜香、加賀美早紀、深水元基、酒井若菜、吹越満 他
●他人を引きつけるカリスマ性を持つ女子高生・理央。過去のトラウマから人を信用することができず、お金だけに価値を感じ、自分に役立つ人間で周りを固めようとする彼女は、17歳になったある日、35歳のサエない大学教授に出会う。この出会いによって、初めて人を愛することの意味を知った理央だったが・・・。



Gyaoで違う映画を観ようと思ったら間違ってクリックしてしまい、気が付いた時にはオープニングが始まっていたので「これもきっと何かの縁か!」と思うことにして、そのまま突入した映画です。





いやー、「佐々木希の演技がヒドイ」「とにかくヒドイ」という批評しか聞いていなかったので、そこまでヒドイヒドイと言われたら「どれだけヒドイんですか!?」と逆に好奇心にかられるじゃないですか。それはもう、怖いもの見たさのような、肝試しのような気持ち満々で覘いてみましたが・・・

えー、そんなに悪くないよのぞみん。覚えたセリフを一生懸命棒読みして頑張っていましたよ(笑)。まぁ、こちらはあらかじめ心構えは出来ていたし、世の中にはもっとヒドイ映画なんていっぱいあるのだから自分も耐性がついていたのかもしれませんが。そこまでボコボコに言われるほどではないと思いましたよ。ま、お世辞には演技がお上手で・・・とは言えないけれど。

やはりモデルさんだからなんでしょうね、セリフのないほんのちょっとした瞬間にとても美しい表情を見せてくれたりして、そんな一瞬を発見してハッとさせられるのも楽しいものでした。それにそのたどたどしい演技が、彼女が演じるリオのスレっぷり(嫌悪感)から遠ざけて彼女の一途さを表すのに一役買っていたと思います。カワイイッテ得ダヨネ・・・・







ただ、物語自体があまりに酷すぎてそちらの方に泣けてきました。これを【映画】と言ってはいけない気がするなー。

とりあえず、レイプ、いじめ、援交、自殺、闘病、記憶喪失なんていう定番キーワードをテンコ盛りにして「ほいっ純愛話を作ってみたよー♪」という頭の中だけで作り上げたような薄っぺらいお話からは、何も得るものがありません。まずはおうちの人を呼んできなさいね、っていう話ですよ。それにだいたい高校生であの私服って、このセンスはどうなんだろうか。チョットワタシニハ ワカラナイ・・・

それと、ナオコちゃんの件。あれは、その後の"恋"なんてやってられないようなトラウマものでしょう。「先生いなくなっちゃった、きっと罰が当たったんだウェーン」とかそんなバチとか言ってるレベルの話じゃないですからリオちゃん。普通は立ち直れないですよ。・・・それよりトモコちゃん、あんな事件の後にこんな絵を描いていていたりして、私は本気で気が触れたのかと思いましたよ。ちょっと怖いよトモコちゃん!



↑谷原さんが一番生き生きしていたシーン。この映画の中で最も素晴らしかったです。酒井若菜さんもお疲れ様でした。

企画や原作、脚本の酷さには辟易しましたが、この映画が最後までちゃんと仕上がったのはカメラさんや音響さん、照明や美術さんなど裏方の方々の立派な仕事のおかげでしょうね!日本映画、がんばってー。



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  2014/03/03 | Comment (6) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit
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