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『ゴースト・イン・ザ・シェル』 (2017/アメリカ)

   ↑  2017/04/23 (日)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣








●原題:GHOST IN THE SHELL
●原作:士郎正宗『攻殻機動隊』
●監督:ルパート・サンダーズ
●出演:スカーレット・ヨハンソン、ビートたけし、マイケル・カルメン・ピット、ピルー・アスベック、チン・ハン、ジュリエット・ビノシュ、桃井かおり 他
●電脳ネットワークと肉体の義体化が高度に発達した近未来。世界最強の捜査官、少佐。悲惨な事故から生還した彼女の体は、脳の一部を除いて全身が義体化されていた。少佐はタフで有能な精鋭メンバーを擁する公安9課を率いて、凶悪なサイバーテロ犯罪に立ち向かっていた。ある時、ハンカ・ロボティックス社の関係者が何者かに襲われる事件が発生。捜査を進める少佐の前に、クゼという凄腕のハッカーの存在が浮かび上がってくる。事件の真相を追ってクゼに迫っていく中、いつしか自分の脳に残るわずかな記憶に疑念を抱くようになっていく少佐だったが・・・。



GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]


原作や元ネタを知っていると「ここはあのシーンだな!」とか「さらっと流したもんだなー」とか色々思いめぐらすこともありましょうが、今作につきましてはワタクシ、原作コミックは未読で、おまけに押井守監督の「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」も未見なんです。

なんだか本当にスミマセン・・・


熱烈な原作ファンが多いということで「私は知らないんです」と無防備に言い難い雰囲気がネット上には充満しており、なんとなく居辛い・・・。すみません。

「めざましテレビ」でスカヨハとたけしさんのインタビューを目にして初めてこの「攻殻機動隊」という世界観を知ったほどでしで、これまで一切触れたこともありませんでした。というわけで、原作に縛られることのない完全なフリーダム状態。今作品一本勝負で観て参りました。

じゃあそこまでしてどうして観に行ったかといいますとね、チケットが当たったのですよー!それで、子どもの新学期が始まってから公開6日目のシネコンへ行ってきたのですが・・・・なんと、私と他のおじさんの計3名しかいませんでした。おまけにエンドロールが終わって明かりがついたら、広い劇場内にいたのは私1人だけ!平日午前中の映画館ってこんな感じだったのか。







“自分のアイデンティティーを探す旅”に見えました。
1927年のドイツ映画『メトロポリス』に始まって、『ブレードランナー』『未来世危機ブラジル』『マトリックス』など近未来ものに浸ってきた私にとってはこの『ゴースト・イン・ザ・シェル』という映画、ものすごーくオーソドックスでシンプル、とても解り易いお話に感じました。「原作知らないので意味不明だったらどうしよう」とか「敷居が高すぎて意味不明だったらどうしよう」とか「キャラクター知らないから意味不(略)」とか心配ご無用でした。逆に拍子抜けしてしまったほど。

機械(シェル)に覆われた義体の中において、唯一人間のパーツである脳(=ゴースト)を残した少佐が、自分の心や魂、記憶を探りながら人間と機械との狭間で感じる孤独や葛藤・・・・的なことは何か言っていたような気もしますが、それほどガンガン刺さってくるほどでもなく「笑わないスカヨもいいんじゃな~い?」くらいにしか感じられませんでした。

思うに、恐らく原作が持つストーリー性やメッセージ性よりも映像の方に比重が置かれているからなんだろうなと感じました。それとやっぱりハリウッド的に非常に解り易く作られたから、ということもあるでしょうね。




アジア的近未来風景は、本当に美しかったです。
この映像に併せて、あの「ビョンビョンビョンミョンミョ~ン」と鳴り響く音楽なんて『ブレードランナー』そのもので、初めて観たというのにどこか懐かしい気分にも。

黒澤明監督の『酔いどれ天使』とリドリー・スコットの『ブレードランナー』を合わせたような世界観を作り上げたというルパート・サンダーズ監督の言葉通りでした。残念ながら原作との比較はできないのですが、きっと実写化にあたってはかなり丁寧に映像化されたのだろうと感じられました。

雛人形が出てくるシーンが2度ほどあるのですが、私このカットがとても好きでした。それまで隠すように置いていた雛人形のカバーを外すというほんの僅かなシーンなのですが、これってきっと日本の文化を知らなければこの嬉しさは伝わらないだろうなと。ハリウッド映画でこういった繊細な表現を織り込んでくれたことが、とても嬉しかったです。







で、結局のところ【公安9課】というところのチームワークというのもはサッパリ解らなかったのですが、この映画は"少佐の魂の旅"を描いたものなのだと思えばこんな感じなのかな。

そう!あと、北野たけしさんの髪型が「世界まる見え!テレビ特捜部」と同じなので、登場するたびに「なんだコノヤロウ!」ってピコピコハンマー出してきそうでかなり集中力が途切れました。・・・・・それとですねぇ、大変申し訳ないのですがたけしさんが喋っている日本語のセリフが聞き取りづらくて、ここだけは英語字幕があってギリギリ助かりました。日本語を聞きながら字幕を読むというシュールな展開。


そうだ!思い切ってついでに言ってしまうとですね、スカーレット・ヨハンソンの髪型もすきバサミを入れるのに失敗したシャギーカットにしか見えなくてちょっとムズムズでした。おまけにどうしてなんとなくズングリムックリしているんだろう??と、観ている間ずーっと疑問でした。言ってしまった!(笑)

あ、でもいいんですよ、スカヨハだってお母さんなんですから別にどんな体型でも構いません!私だって人の体型のことをとやかく言える立場じゃございませんが、でもさでもさ「日本のアニメだから日本人体型にしたんだろうか?」とか「もともとあんな衣装(?)なのかな?」とか一人悶々と思い悩んでいました。が、さっき検索してみたら、なんだアニメ版の素子さんなんて超ナイスバディじゃないですか。いったいこれってどういうこと!?どういう実写化なんだ??

もちろん【アニメ体型】なんてとてもあり得ませんが、でも日本の女優さんがナチュラルに演じられば一番よかったのかもしれませんね。あ、でもそれだと世界規模で展開しなければならないマーケットではきっと売り込みが掛けられないんだろうなぁ。そう、だからこそそんな中でよくぞ日本発のアニメを実写化してくれた!というところに落ち着くのかな。きっと、オトナの事情がいろいろと渦巻いているんでしょうね(笑)。



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  2017/04/23 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『オデッセイ』 (2015/アメリカ)

   ↑  2016/03/02 (水)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣






The Martian [Blu-ray Digital HD]


●原題:THE MARTIAN
●監督:リドリー・スコット
●出演:マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、ジェフ・ダニエルズ、マイケル・ペーニャ、ケイト・マーラ、ショーン・ビーン、キウェテル・イジョフォー 他
●人類3度目となる火星の有人探査計画“アレス3”は、いきなり猛烈な砂嵐に見舞われ、ミッション開始早々に中止を余儀なくされる。さらに、クルーの一人で植物学者の宇宙飛行士マーク・ワトニーが、撤収作業中に折れたアンテナの直撃を受けて吹き飛ばされ行方不明に。事故の状況から生存は絶望視される中、リーダーのメリッサ・ルイスは他のクルーの命を優先し、ワトニーの捜索を断念して急ぎ火星から脱出する。ミッションの行方を見守っていた地球でもNASAのサンダース長官が、ワトニーの悲しい死を全世界に発表する。ところが、ワトニーは奇跡的に命を取り留めていた。





周りでは満足度の高い人気作品だったようなんですけどね・・・・

上映時間は142分ということで、同じ宇宙ものでマット・デイモン&ジェシカ・チャステイン出演の『インターステラー』の169分よりもずっと短いはずなのですが、体感的にこれだけ長く感じた映画は久々だったかも。

なんですかねぇ、鑑賞中「ここか!?ここか!?こですか!」と大作映画の"見所"に対してヘンな気を遣い続けてしまって、結局"何か"を掴み損ねたまま終わった・・・という感じです。←大縄跳びで「はい!」「はい!」「はい今!」「今入って!」って言われながらも思い切って飛び込めない、そんなイメージ。なんですかこう、イマイチ乗り切れなかった・・・・



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ま、その理由はもう自分では分析済みでして。


第一に、単に私の科学的知識や基本的な興味自体が異常に乏しかったこと。
我を忘れるくらいに物語へ突っ込んでいけるほどのコウフン度が、映画『オデッセイ』に対して完全にまったく追いつきませんでした。

私はですね、高校生の時、バザーに出すはずのゴルフボールセットを化学の先生にチラッと差し上げて再テストを回避した、というほどの理系ダメダメのアホな女子高生だったのです。だから立派な大人になれなかったわけですが。あぁ、あの時ちゃんと勉強しておけば、今頃私はマット・デイモンと一緒にガッツポーズできたのかもしれない。今、本気でそう思います。

因みに、航空宇宙工学科出身の友達にメールで感想を聞いてみたんですけど「ブッ飛んでいるところがちょっと興奮した。あと、理工系のヤツはチームプレイの時に空気が読めないっていうのも笑えた」とのこと。いいなぁ、楽しめたのか・・・・



第二に(これが結構大きいと思う)、この映画の第二の主役とも言うべき70年代ディスコヒット曲の数々にまったくピンとこなくて、きっとノリノリで楽しめたに違いないシーンで完全に置いて行かれたこと。

いえ、決して若ぶっているつもりはないんです。でも私が「わっはっは、ベタだなぁー!」と思える時代は80年代後半なので微妙にズレているんですもん。このあたりのコウフン要素も欠落してしまいました。これは自分でも残念だったなぁと思います。



そう、この映画、ちょっと私にはちょっと合わなかったみたいですね。
↑私はこんな気持ちで映画館のイスに座っていた・・・・






エイリアン [Blu-ray]

ブレードランナー クロニクル [Blu-ray]

テルマ&ルイーズ [Blu-ray]


一方で、今でこそ『エイリアン』『ブレードランナー』『テルマ&ルイーズ』の巨匠リドリー・スコット監督!って言われますけど、近年の作品はあまりパッとしていないのも事実なんですよね。

私の科学の知識云々という話の前に、まず映画『オデッセイ』に関しても、なんだか演出が平坦でストーリーの強弱のニュアンスも貧相に感じましたし、この手の映画で一番の興奮要素である登場人物への感情移入なんかも非常に難しかったです。あ、私にとっては、ですよ。

マット・デイモンがトラブルやハプニングにもめげずに前向きに頑張っているのはわかるのですが、私にはそのよく解らない"ポジティブさ"があまり刺さらず。乗組員たちの絆なんかもあまり伝わってこなかったし、主人公のピンチを一番感じたのが、ポテトに付けるケチャップを切らした時だったような気もするし・・・・


『火星の人』アンディ・ウィアー(著)


それで念のため原作『火星の人』も読んでみたんです。
原作者のアンディ・ウィアーという人は「趣味は軌道力学の研究で、宇宙飛行計画を考えること」というハードな宇宙オタク。

なので原作を読んだ後は「あ、これを分かりやすく映像化した映画は凄かったんだわ・・・」と逆に感心してしまい、ちょっと映画『オデッセイ』に対する評価が上がったくらい。なんとなくだったけれど、楽しく見せてくれてありがとう!リドリー・スコット監督。







ま、結局は「70億人が彼の還りを待っている」なんていうキャッチコピーと予告編を見た瞬間に「いや、世界中が待ってるわけないから!」とか思ってしまう時点で、私はこの映画には不向きだったのでしょうね(笑)。

だいたい、ワトニー救出劇にかかる莫大な予算はどうするんだろうか。
彼を見捨てる・見捨てないによって噴出する国民感情による政権への影響だとか、中国がアメリカに手を差し伸べた時点で発生する今後の政治的パワーバランスだとか。愉快痛快、ユーモアを忘れないマット・デイモンの熱演よりも、私は地上での政治的駆け引きの方に断然興味が湧きました。ま、こういう細かいことを考えちゃいけないんですよね、きっと!


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  2016/03/02 | Comment (2) | Trackback (2) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『インターステラー』 (2014/アメリカ)

   ↑  2015/10/14 (水)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣







インターステラー ブルーレイ&DVDセット


●原題:INTERSTELLAR
●監督、脚本:クリストファー・ノーラン
●出演:マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、エレン・バースティン、マイケル・ケイン、マッケンジー・フォイ、ジョン・リスゴー、ウェス・ベントリー、ケイシー・アフレック、トファー・グレイス、マット・デイモン 他
●近未来の地球。環境は加速度的に悪化し、植物の激減と食糧難で人類滅亡の時は確実なものとして迫っていた。そこで人類は、居住可能な新たな惑星を求めて宇宙の彼方に調査隊を送り込むことに。この過酷なミッションに選ばれたのは、元テストパイロットのクーパーや生物学者のアメリアらわずかなクルーのみ。しかしシングルファーザーのクーパーには、15歳の息子トムとまだ幼い娘マーフがいた。このミッションに参加すれば、もはや再会は叶わないだろう。それでも、泣きじゃくるマーフに「必ず帰ってくる」と約束するクーパーだったが・・・。




メリカ映画(特にSF系)を観ていて、個人的に毎回躓きがちなのが、キリスト教社会の思想が自然と滲み出ている点。

いつもなら、八百万の神の国の出身の人間にとってはテンションだだ下がりになることが間違いナシ!なのですが、そこはノーラン監督、『インターステラー』では見事偏りませんでした。だから私は好きなんだ~

この映画を観ていると、まず"世界が終わる"という終末思想がそこにあり、人間の持つ原罪や罪の告白、神(一神教としましょう)との新たな関係構築や世界の復活といった宗教観が(主軸ではないものの)バックボーンとなってストーリーを支えていることに気がつきます。特に分りやすいのが、人類を救うためにワームホールを抜けて移住可能な星を探しに出るという【ラザロ計画】というネーミングかも。
 

罪と罰〈上〉 (岩波文庫)


"ラザロ"といえば、ドストエフスキーの『罪と罰』で出てくる【ラザロの復活】が一番に思い浮かびます。恐ろしい罪を重ねた主人公ラスコルニコフが「ヨハネによる福音書」11章(ラザロがキリストの愛で死から甦る)を娼婦ソーニャに読んでもらうことで魂の救済を願い、悔い改めようとするという圧倒的インパクトを残すエピソードですね。

「そうか、人類は自らの罪によって一度死んで、神の赦しの中で復活するのですね、はぁそうですか・・・」と、困ったときの神頼み程度の人間にとっては、やや遠い目になってはしまうものの、『インターステラー』では壮大な宇宙を舞台に、量子力学、宇宙工学、理論物理学などリアルさを徹底的に追求した上で、時空や時系列さえも飛び越えた家族間の愛おしいドラマを見せてくれました。









ころで、『インターステラー』における末期的な地球のイメージ 「凶作」「砂嵐」「避難民」「喘息患者」というのは、実は1930年代にアメリカ中西部で断続的に起きていた"ダストボウル(Dust Bowl)"という実際の砂嵐がモデルになっているんですね。

そう、これは架空のお話ではなくて、私たちが生きる現実世界で実際に起こっていたこと。そして、今現在も起こっていることなのです。



 ①第一次世界大戦開始によって穀物相場が高騰
→②もともと耕作に適さない多くの土地まで耕作
→③機械化によって農地拡大&収量増で生産過剰
→④穀物価格暴落
→⑤開墾によって草のなくなった土地では穀物が枯れて表土が砂となって飛び散る
→⑥砂嵐が空を覆い、350万人もの人々が農地を捨てて移住することに
→⑥大恐慌とダストボウルによってアメリカ経済は絶望的なダブルパンチ・・・



当時の映像を見たノーラン監督が、SF映画を上回るその異常な状況に驚き「"これは実際に起こり得る出来事なのだ"と強調したかった」と語っています(ドキュメンタリー:「サイエンス・オブ・インターステラー」より)

アメリカでは近年、アリゾナのフェニックスなど南西部で巨大砂嵐ハブーブ(هبوب =アラビア語で"強烈な風")が多発していて、気候変動の影響も加わり、過去と同じような状況が繰り返されています。この"人災"による干ばつが増えると、経済的圧力で再び農地が拡大され、更に砂嵐を増大させるという過去と同じ悲劇の道を辿ることに・・・・



劇中に触れられるクーパーの娘"マーフ"の名前の由来であり、マーフィーの法則「起こりうることは、起こる」。“Whatever can happen, will happen.”

捉え方によっては過去に起こった過ちを再び繰り返している人類への戒めでもあり、あるいはマーフやクーパーが人類を救う可能性があるかもしれないという、ポジティブにもネガティブにも捉えることのできる物事の表裏を示した父娘のやりとりが印象的でした。






てさて。
この『インターステラー』という映画は、「映像アドベンチャー」として心が震えるほど圧倒される一方で、その細部に見え隠れするエモーショナルな部分には胸を刺すような痛みのある物語も抱えていました。ハリウッド大作でありながら、こういう作家性が見え隠れするところがノーラン監督らしいですね。


例えば、マン博士が苦悩したという人間の"生存本能"。

広大な宇宙にただ一人、誰も助けには来てくれないかもしれないという孤独や焦燥感を伴う宇宙探査には人間は向いていない、ということ。



どれだけ視野を広く持っても、どれだけ偽善性を追い払おうとしても、人間にはエゴがあり、"無意識"という主観的な心からは逃れられないからですね。「客観的なデータ」が必要だといっても、それを手にする人間に完璧な客観性を求めることは困難なのでしょう。

コントロール不能な運命を目の前にした時、そこには剥き出しの人間性が現れます。孤独と死を恐れ、人類を存続させる目的を果たしたいマン博士の絶望と狂気。


そして、そんな感情に揺さぶられる人間とは対照的なのが、人工知能搭載ロボットの「TARS(ターズ)」と「CASE(ケース)」。


ただの立方体複合型の無機質な形状なのに、有能で忠誠心のある彼らの行動からは時にいじらしささえ感じられ、彼らの動きからはまるで身体から温かみを発するような人間らしさすら覚えるようになるのです。

これは鑑賞後にドキュメンタリーを観て分かったことなのですが、実はこのロボット、俳優でコメディアンのビル・アーウィンが黒子のように後方で操作し、それをデジタル処理して消すよう撮影されていたのです。この時代になんというアナログ方式!!感情を持たないはずのロボットから発せられる言葉の一つ一つが、まるで生命力につながる真の賢明さにも思えてくるのは、アーウィンが常に俳優たちと現場を共にして演技をしていたからなのかもしれません。

そして彼らに人間らしさを感じたもう一つの要因は、TARSの「ユーモア度」。

1人ではなく共に笑うという瞬間には、悲しみを癒したり感情を共有するという愛おしい時間が存在し、その二人の間にはポジティブストロークが繰り返されていきます。それが前進していける強さ。そう、ユーモアは、最大の人間らしさなのかもしれませんね。

TARSはクーパーの"相棒"として、どれだけ時間が過ぎようとも最後までずっとずっと同じ記憶を刻んでいくことでしょう。現在も過去も未来もなく、ループし続ける世界の中で、唯一無二の存在として。









「前へ進むためには、何かを後へ置いていかなければならない」
「親は子供の記憶の中で生きる、とママも言っていただろう」


宇宙はこれほどまでに大きく、人間の最高科学技術をもってしてもあまりにちっぽけな人間の存在。そのちっぽけな人間が親や子、恋人に「会いたい」と願って生き抜こうとする姿を、ただただ息を詰めて見守るしかなかった2時間49分でした。



この映画で使われたパイプオルガンの音色について語っていたハンス・ジマーの言葉が、物語の核心にも触れていたような気がしたので、ここに少し引用してみます。
低音の力強さをみぞおちで感じる。窓がガタガタ揺れ始める。空気が押し出されるからだ。原始的で不穏な空気を感じる。爆発寸前だ。人間くさい音色になるのは、楽器が呼吸をするからだ。音は楽器の息遣いだ。吐息が聞こえる。人間の存在を感じる。
ビハインド・ストーリー「宇宙の音色~ハンス・ジマーの世界~」より


教会のパイプオルガンが空気を吸い込み、まるで呼吸しているかのように音色を重ねていくその圧巻のスケール感は、まるで壮大な宇宙の中で忘れたくない記憶を必死に手繰り寄せる生身の人間の"生"を感じさせるかのよう。そのあまりにちっぽけな存在の人間が、時間や空間を潜り抜けてでも命がけで想いを伝えようとするその懸命さに、私はきっと惹かれたんだろうなと思います。

観終わった後1週間くらいは、新しい映画を観る気力もなくなるほど(5月の頃の話ですが)、久々に熱を帯びた作品に出会えて本当によかったです。心奪われる映画に1年に1作品でも出会えれば、それでじゅうぶん幸せですね。






後に、父親を演じたマシュー・マコノヒーのこと。

浅黒い肌と黒髪となり、野性味倍増の農夫&エンジニア役を演じた彼の強烈な存在感に気圧されました。あの何をやらかすのかわからない鬼気迫る感じが、これまでのただのヒーロー像とは違って、全く、全然、ほんの少しも安心感がないのがスゴイですね。これってトム・クルーズとは対極かも。

MUD -マッド-[DVD]

ダラス・バイヤーズクラブ [Blu-ray]


True Detective [Blu-ray] [Import]


この人が出た最近の出演作品は、どれもこれもどこか危険な感じが漂っていて(『MUD マッド』『ダラス・バイヤーズクラブ』『TRUE DETECTIVE』)、なんと言うか今にも卓袱台を引っくり返しそうな勢い、というか「ちゃぶだい」って今は言わないんだろうか、ともかく見ているだけで何だかわたしドキドキするんですけど、奥さんこれって何でしょう(笑)。

ワイルドで、情熱的で、知性(時に狂気も)を感じさせるマコノヒーの魅力には、ここ数年個人的に非常に注目しているところです。

・・・と下書きに書いていたら、次回作では遂に「ハゲデブ」に変貌していて、そのあまりの"クリスチャン・ベイル化"にヤッパリネ!と思うしかありませんでした。モウヤメテ~!!



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  2015/10/14 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』 (2014/アメリカ)

   ↑  2014/12/27 (土)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣
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オール・ユー・ニード・イズ・キル ブルーレイ&DVDセット(初回限定生産/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]


●原題:EDGE OF TOMORROW
●監督:ダグ・ライマン
●出演:トム・クルーズ、エミリー・ブラント、ビル・パクストン、ブレンダン・グリーソン、ジョナス・アームストロング、ノア・テイラー 他
●謎の侵略者“ギタイ”の攻撃によって、人類は滅亡寸前にまで追い込まれていた。そんな中、軍の広報担当だったケイジ少佐は、ある時司令官の怒りを買い、一兵卒として最前線へと送られてしまう。しかし戦闘スキルゼロの彼は強大な敵を前にあっけなく命を落とす。ところが次の瞬間、彼は出撃前日へと戻っており、再び出撃しては戦死する同じ一日を何度も繰り返すことに。そんな過酷なループの中で、徐々に戦闘力が磨かれていくケイジ。やがて彼はカリスマ的女戦士リタと巡り会う・・・。桜坂洋の同名ライトノベルをトム・クルーズ主演で映画化したSFバトル・アクション大作。




久しぶりに新しい映画を観る余裕が出来たので、こんな時は!と迷わずトム・クルーズを選択。作品の善し悪しに関わらず【トム・クルーズ】というわかりやすい俳優が動いている姿を観るのはきっと爽快だろうなと思ったので。

そうしたらですね、この映画、オープニングからエンディングまでもう笑ってしまうほど様々な作品の寄せ集め・・・・と言っては表現が悪いですね、ハリウッドのアクション・SF・パニックもののテンプレートに忠実に作られていて、逆に言ってみれば「安心して見られるトム・クルーズ印映画」のように感じました。なので、新鮮味だとか驚きに満ちたとかいう充実感は持てなかったわけですが。






「親玉をやっつけろー!」的な闘い方はバーホーベンの『スターシップ・トゥルーパーズ』みたいですし、敵のグネグネ動きは『マトリックス』のイカ怪獣そのもの、何度も繰り返される戦地での風景は『プライベート・ライアン』のオマハ・ビーチのよう。おまけにソードを振りかざして闘うトムクルは、機動スーツのデザインと相まって時には『ラストサムライ』にまで見えてくる始末・・・

最初は利己的で臆病者の主人公が挫折し(ココが大事)、時に目標を見失いながらも(バイクに跨って疾走するシーンを入れたりね)、愛する者のために勇気を出し全力を尽くして前進し、遂には世界を救う!というのも、トム・クルーズが得意とする映画のヒーロー像ですしね。



物語の根幹ともなっているタイムループ展開は『ミッション:8ミニッツ』で体験したあの感覚と似ているので、既視感バリバリの中ついに私は睡魔に襲われそうになったわけですが・・・・主人公ケイジが異なる選択をすると新しい展開を見せ、更には物語が先へ進んでいく←これがちょっと面白いんですね。

最初はこの設定自体がゲームのようで、なんだか軽い扱いだなーなんて思っていたのですが、次第に何度もループし続け疲れ果てたケイジの挫けそうな思いや、愛してしまった彼女が命を落とす姿を何度も何度も見なくてはならないなんていう、生身の人間が持つ感情の重さが描かれるようになって初めて、やっと私もこの映画に対して感情が芽生えました。何度も何度もループし、また最初からやり直さなければならないなんて、普通は耐えられないですよね・・・





だからですね、本来ならこの映画に対して、主人公が乗り越えた先にあるドラマティック性に感動すべきなのかもしれないけれど、私はラストのあの1ショットを目にした時に「この監督さんはさすがだな~」と思いました。なんというか、これまでの全てのゴタゴタを万事オッケーにしてしまう物凄い楽観性のある、あの笑顔を入れてくるなんて!私ちょっと吹いてしまいましたもん(笑)。

そういえばプロダクション・ノートに、エミリー・ブラントのこんな言葉が載っていました。
ブラントはこう語る。
「できる限り最高の映画にしようという決意があれだけ強い人を私はほかに知らない。トムはどの瞬間も、どのシーンも、どの日も、最高の演技を目指し、妥協しなかった。彼はケイジを弱虫とかつまらない人間のようには演じなかった。ケイジは最初は役に立たず、兵士向きじゃないけど、努力するの。だからこそ、人は彼をもっと見ていたくなるんだと思う」

そうそう、これなんだろうな。トム・クルーズの映画を観てしまう理由は。彼が出れば何でも娯楽映画として成立してしまう。これって本当にスゴイことだと思います。最近ますます年齢を感じさせず、パワフルに映画制作&出演が続くトム・クルーズ。来年も沢山の映画ファンを楽しませてほしいな!と心から願っています。



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  2014/12/27 | Comment (4) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『宇宙人王(ワン)さんとの遭遇』 (2011/イタリア)

   ↑  2013/06/07 (金)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣





宇宙人王さんとの遭遇 [ フランチェスカ・クティカ ]


●原題:L'ARRIVO DI WANG / 英題:THE ARRIVAL OF WANG
●監督:アントニオ・マネッティ、マルコ・マネッティ
●出演:エンニオ・ファンタスティキーニ、フランチェスカ・クティカ、ジュリエット・エセイ・ジョセフ、アントネット・モローニ 他
●イタリア、ローマ。中国語翻訳家のガイアのもとに中国語の同時通訳を依頼する緊急の電話がかかってくる。仕事の内容はおろか場所さえも機密にされ、目隠しで連れてこられたのは真っ暗な地下室。何も見えない中、尋問者の厳しい質問と、それに対する王(ワン)さんと呼ばれる中国語を話す男性の奇妙な回答を通訳していくガイアだったが・・・。



ベネチア国際映画祭で「創造産業賞」(というのがあるんだ!)を受賞するなど、各国映画祭で称賛を集めた異色のSF作品。もしかしたら私、"イタリア映画でSFもの"って実は初めて観たかもしれないなー。

タイトルはどことなくユーモアがあるし、ちょっと話題にもなっていたしで、とてつもなくワクワクして観てみたら「・・・これはもしかしたら、けっこうヤバイのではないか!?」という感想しか浮かばず焦りました。だってこの『宇宙人王さんとの遭遇』でのラストのセリフ、私、正直受け止めきれてませんよ、この映画、政治的に大丈夫なのか!?





・・・どれだけこの映画が波紋を呼んだかについては、以下の通り。
この映画に対し最初に反応したのは、アメリカ【ウォール・ストリート・ジャーナル】。
記事の中で「この映画は中国の経済力と世界における影響力が強まり、西側に困惑と誤解をもたらしたことを示している」 と評論。※New Film Explores Distrust of China

これに対し、北京の夕刊 『法制晩報』 が反応。
「ストーリーには象徴的な意味がある。 通訳は王さんの到来を平和目的だと理解するが、中国語や宇宙語がわからない政府の役人たちは、王さんを侵略者だと決めつけた。(中略) そして安全を理由に王さんを暗室に閉じ込める。 秘密警察はこの宇宙人をもともと理解したくなかったのだ」 とし、映画に中国人の外国進出を重ね合わせた【ウォール・ストリート・ジャーナル】への反論ともとれる主張を載せる。

これに多様な媒体が「台頭する中国への西側社会の不信」「中国人差別を助長する」「できるものなら中国で公開してみたらいい」などと追随、論戦は国際問題にまで発展する。
『宇宙人王(ワン)さんとの遭遇』公式サイトより一部引用



監督は「人は隣人をどれだけ信頼すべきか、偏見とは何か、といった道徳的・倫理的問題を探求したかった。」 と語ったそうですが、いやーそれ以上の意図的なものを感じますよ、ねぇ。いやいや、もしかしたら受け止める側の方がピンポイント攻撃されているのかな。それが狙いなのかな?

今や中国の経済成長力とその影響力は世界各国にまで行き渡り、中国人がいない地域はないんじゃないか?と思えるほど。世界的なあらゆる問題(政治、経済、環境、軍事、人権など)として話題にならない日はありません。それだけに「友好的な態度でやって来た中国語を話す宇宙人」という前提に対して、観る人は(もちろん私も含め)過剰に反応してしまうのでしょうね。どこかこう、笑ってはすまされない、ビターとかシニカルといった表現さえも通り越した、今まさに突き付けられている現実問題として。





イタリアの移民問題はかねてより深刻であり、イタリア人に脅威を感じさせるほど移民人口も彼らの経済活動も増しています。移民の増加が深刻な社会問題を引き起こしているのではないか?治安悪化を招いているのではないか?という懸念はイタリア社会の亀裂を生み出し、更なる悪循環をもたらしていると言えるでしょう。

ただ、それを国家間レベルではなく"個人レベルの物語"として紡いだイタリア映画『ある海辺の詩人—小さなヴェニスで—』(2011年制作)という作品も、今年日本で公開されました。社会学の研究者でもあり10年以上にわたり移民問題についての調査・研究に取り組んでいるアンドレア・セグレ監督によるインタビュー記事のリンクも、参考までに残したいと思います。
『ある海辺の詩人—小さなヴェニスで—』 アンドレア・セグレ監督インタビュー:イタリアにおける“移民”現象は、問題を超えた現実

マタニティ時代から仲良くしている中国出身のママ友がいる私にとっては、やはり『宇宙人王(ワン)さんとの遭遇』とい映画には困惑させられました。"中国"という"国家"に対する感情は分かり過ぎるくらい分かるのですが・・・難しい問題だなぁ。






えー、最後に映画的な話をしますと、この『宇宙人王(ワン)さんとの遭遇』では、『あしたのパスタはアルデンテ』でインパクトのあるお父さん役を演じたイタリア映画界随一の名脇役エンニオ・ファンタスティキーニが、拷問を仕掛ける鬼の局長役として、この過激なイタリアンSF映画を見事に支えてくれています。凄い量の台詞なんですが、私が観る限り机の上に置いた紙を見ながら話しているような気もします(笑)。

それとちょっと気になったのが、主人公の翻訳家の自宅兼職場の様子。
"仕事道具"というべき辞書たちが、なんの書き込みも折れも汚れもなく、パリッパリに綺麗な状態で置かれているのはちょっといただけませんでした。あと、それほど簡単に知らない車には乗らないだろう!とか。出だしにほんの少しで良いから"リアリティ"が欲しかったな~とも思いました。・・・いや、もしかしたらこれはあくまでフィクションなんですよという監督の意図なのかもしれませんけどね。



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  2013/06/07 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit