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『ブラック・スキャンダル』 (2015/アメリカ) ※試写会レビュー 第2弾

   ↑  2016/02/03 (水)  カテゴリー: シリアス、社会派
 
●原題:BLACK MASS
●監督:スコット・クーパー
●出演:ジョニー・デップ、ジョエル・エドガートン、ベネディクト・カンバーバッチ、ロリー・コクレイン、ジェシー・プレモンス、ケヴィン・ベーコン 他
●1975年、サウスボストン。アイリッシュ系ギャングのボス、ジェームズ・バルジャーは、イタリア系マフィアと激しい抗争を繰り広げていた。一方、弟のビリーは州の有力政治家として活躍していた。そこに、バルジャーの幼なじみジョン・コノリーがFBI捜査官となって戻ってきた。折しもFBIはイタリア系マフィアの掃討を目標に掲げており、功名心にはやるコノリーは、バルジャーにある提案を持ちかけるのだが・・・。





顔を白塗りにしたり、珍妙なコスチュームなんかで観る者を煙に巻く演技を連発してきたジョニー・デップが、久々に本領発揮!

彼が時折見せるデリケートで感傷的な表情。そしてそのすぐ裏に見え隠れする破壊的な狂暴性。ハゲ頭で冷酷なブルーアイズ。「こんなジョニデを見たかった!」という欲求を存分に満たしてくれる映画です。

最初から最後まで首尾一貫、不穏な空気が流れまくり。特に、皆裏切ることがわかっていて話が進むので虚しさが余計に募るという重々しさに加え、「くるぞくるぞー」というジョニデお得意の緊張感溢れるバイオレンスが要所要所で炸裂するので、ドス黒い雰囲気が充満している映画でもあります。実話ですからね、重い・・・・。



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この映画を観賞し始めてからすぐ、なんだか既視感のようなものを感じました。「スコセッシ作品?あれイーストウッド映画かな?」とか。そう、よく考えてみたら『ブラック・スキャンダル』の舞台は米国ボストンなんですね。

アメリカ建国からの古い歴史を持つ街ボストン。
その南部(South Boston)通称サウシー地区はアイルランド系移民が多く暮らす界隈。ここがこの映画の舞台です。

もともとマフィアやギャングが生まれた背景には、カトリックの国からやってきたアイルランド系やイタリア系といった移民たちの貧しい生活(低賃金労働や宗教差別)がありました。街の世話役として貧しい庶民の就職などサポートをする一方、そこで起こった犯罪は「Code of Silence(沈黙の掟)」で覆い隠され、義理と忠義の帝国が築き上げられることに。

やがて彼らのパワーは政治やビジネスの世界奥深くまで入り込んでいき、そのラインの区別はつかなくなっていくのです。親子代々ギャングとか、兄はギャングで弟は政治家とか。スゴイ世界ですね。


たとえばね、以下は4作品とも全てボストンを舞台にした映画です。

『ミスティック・リバー』

『ディパーテッド』

『ゴーン・ベイビー・ゴーン』

『ザ・タウン』



ベン・アフレックが脚本・監督・主演を務めた『ザ・タウン』の舞台はボストン北東部に位置する犯罪多発地域チャールズ・タウン。さらにベンの弟ケイシー・アフレックが主演の『ゴーン・ベイビー・ゴーン』はサウシーに隣接するドーチェスター地区が舞台。そして、この『ゴーン~』の原作者デニス・ルヘインによる『ミスティック・リバー』はボストン南部の物語として設定されています。また、『ディパーテッド』に登場するギャングのボス(ジャック・ニコルソン)は本作『ブラック・スキャンダル』のジミー・バルジャーがモデル。

"犯罪物"というジャンルだからなのか、或いは古い街並みや訛りという言葉から醸し出されるものなのか、ボストンを舞台にした映画作品の雰囲気はどれも独特の重々しさがあります。

権力の腐敗、汚職、欲望の絡み合う複雑な人間関係。表からは見えない人間の不道徳な部分、陰惨な面が描き出される映画が幾度も作られ続けるのは、やはり人間、こういった後ろ暗い部分に惹かれてしまうところがあるのかもしれませんね。


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で、ますます映画の話から飛んでしまうのですが、そんなボストンを舞台にした映画を"パロディ"にした動画があります。

SNL出身でコメディアンのセス・マイヤーズが司会を務める「レイト・ナイト・ウィズ・セス・マイヤーズ」で放映したもので、ボストンのアクセントから犯罪映画の「あるある」的な"お約束の展開"に至るまでを茶化したフェイク映画の予告編です。

ボストン訛りをよく表す[a:]の発音で、「Boston(ボストン)」を「Baaston(バーストン)」と言ったり、"park the car in Harvard yard."というボストンアクセントを表現する有名なフレーズも"お約束"で決めてきます!"R"の音を発音しない話し方(parkはpahk(パーク)、carはkah(カー))は、よくRの音に弱いと言われる日本人の英語に近いので「日本人には真似しやすい!」とまで言われています(笑)。イギリス英語に近い感じがするのは、やはりこの地域が出来上がってきた歴史が大きいのかな。






さてさて。話は逸れに逸れましたが、やっと『ブラック・スキャンダル』について。

ギャングとFBIが手を組んだ“アメリカ史上最悪のスキャンダル”とも言われ、ウサマ・ビンラディンに次ぐ最重要指名手配者だったとまで言われた伝説のギャング、ジェームズ・“ホワイティ”・バルジャー。

ということで、まぁこれはショッキングでセンセーショナルな事件ではあるんでしょう。実際、2011年6月、81歳にしてジミーが御用となった時、アメリカでは臨時ニュースとして速報で伝えられ、メディアは暫くこの話題でもちきりだったそうですから。

が、これを映画にして、実際に地元ギャングの影響を受けるような生活をしたことのない日本人の私が観たところではですね「はぁそうなんですか・・・」としか言いようがないんです。だってFBIだったらこれくらいのことしてるんだろうな、という米国ドラマの観過ぎなのかも知れませんが大した驚きもなく。なんでしょう【ザ!世界仰天ニュース】なんかを見て「へぇー」と言う感じなんですよ。【奇跡体験!アンビリバボー】でもいいんですけど。



極悪人の心情や事件の全貌に迫った!!という新たな試みらしいものも特になく、事実を客観的に積み上げていくのであれば「仰天ニュース」なんかの再現映像でもいいような気がするし。ジョニデが殺気立った狂犬病みたいなキレッキレの役柄がピッタリで、それを演じてみたい、見てみたいという気持ちも解らないではないですが。

曲者俳優であるケビン・ベーコンがFBIの上司役だったので、ここで何かドカン!と展開があるのかなと思いきや、法の番人としての意識が非常に高い不正に厳しい、ただの人だったので逆にビックリした。何もないのか!(笑)


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しかもですよ、私は今日、これだけは言いたい。
ベネディクト・カンバーバッチ、ほとんど絡まないんですよ!
これこそがアンビリーバボー(涙)。。。

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↑日本での宣伝を見ると、ポスターもそうですが"アンサンブルキャスト"っぽく、カンバーバッチがででーん!と出ているじゃないですか。私はFBIの汚職事件には全然興味がなくて「カンバーバッチが出ている!」という下心?だけでこの映画の試写会に元気よく出向いて行ったくらいだったものでショックも倍増。

「彼(ウィリアム・バルジャー)の話も映画化できるほどの内容だが、今作ではほとんど描いていない。兄が犯罪組織のトップで、弟は政界のトップにいるなんて、まさにシェイクスピアの舞台劇のようだが、彼らがお互いを助け合ったかはわからない。人々が兄ジェームズに恐怖を感じて弟のウィリアムの選挙などで批判(攻撃)することを恐れていたことや、一方でウィリアムが上院議会の議長を務めていたため、警官や捜査官がジェームズを捕まえることをちゅうちょしたことなどの証拠もない。ただ、そんな環境を想像しただけでも怖いね」と明かした。
ジョー・バーリンジャー監督インタビュー:最重要指名手配のギャングのボス、ジェームズ・J・バルジャーを描いたドキュメンタリーとは?【シネマトゥデイ】

「2人(*注)が互いの立場をどう守り、フォローしあっているかについてはあえて描いていない。そこには触れず、2人が強い兄弟愛で結ばれていることだけを示して、あとは観客の想像に任せることにしたんだ」
(*注)ジョニー・デップ演じる凶悪犯ジミー・バルジャーと、ベネディクト・カンバーバッチ演じる政治家ビリー・バルジャー
ベネディクト・カンバーバッチ インタビュー:映画『ブラックスキャンダル』公式サイト Pproduction Notesより


描いてほしかった!ここを見せて欲しかった!
カンバーバッチのどす黒い腹の奥底を見てみたかった~
(・・・あ、でもここだけの話、絶大な権力者だし、ご存命だし、ヘンなことは言えませんものね・・・・)


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兄は20世紀を代表する凶悪犯罪のお尋ね者で、弟は絶大な権力を揮った民主党の大物上院議員だなんて、なんでしょう、このバルジャー兄弟の凄まじいほどのコントラスト
アメリカってスゴイ国ですねぇ。

ウィリアム・バルジャー。
1960年から40年以上に渡りマサチューセッツ州の政界で支配的な力を揮ってきた政治家。1978年以降、20年近くマサチューセッツ州議会上院議長を務め(歴代最長期間)、その後はマサチューセッツ州立大学の総裁職に。彼は70年代アメリカで公民権運動やアファーマティブ・アクション(差別是正措置)といった人種差別問題の中で「差別撤廃に向けたバス通学」(各人種の生徒数の均衡を保つよう、強制的に通学させるのが目的)に真っ向から反対し、国家の介入・干渉に対して抵抗を示して支持された政治家でもあります。



そして、『ブラック・スキャンダル』の映画でもそうですが、実際に彼が兄とどのように関わったのか?という証拠や証言というのは一切あがっていないと言われています。

ただ、ニュースや新聞記事などを読むと、逃亡中の兄ジミーと電話で会話したことを大審院で認めながらも「兄の容疑は冤罪だと信じたい」と議会委員会で証言したり、また捜査当局へは「兄が見つかるような協力はしない」と捜査への協力を拒むなど、実はこの映画の中で最もダークなのは弟ビリーなのではないだろうか!?と思ってしまうほど。


「誰にも見られなければ、なかったのと同じことだ」
映画の中で、ジミー・バルジャーが息子に言い聞かせるセリフですが、この教え、実はビリーも実践していたのでは・・・。確実に、誰にも何にも証言も証拠もとられていないのですから。彼の本当の政治人生、事実を知ったらビリーの人生よりも黒い闇が広がっていたりして。いやいや、まさかまさか、そんなそんな・・・


そして、この映画。エンドロールが逸品です。
ここに出てくる実録映像が、わたし一番怖かったです。背筋が凍りました。
そう、この映画で一番不気味で恐怖を感じたのは、あの『セブン』のタイトルデザイナー、カイル・クーパーによるエンドクレジットかもしれません。
・・・後味の悪さとともにゾワゾワっときますよ。








まぁそれにしても、よく世の親御さんたちは「どんなことでもいいから、好きな事、得意な事を見つけて一番になりなさい」とか言いますけれど、バルジャー家のお母ちゃんは一体どんな育て方をしたんでしょう!? 息子たちは本当に"その世界"で一番になりましたよ。うーん、そんな子育て論の方がじわじわと気になります。ほんと、すごい兄弟だ・・・・



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  2016/02/03 | Comment (2) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『少女ヘジャル』 (2001/トルコ)

   ↑  2015/09/08 (火)  カテゴリー: シリアス、社会派




少女ヘジャル [DVD]



●原題:Hejar/Büyük adam küçük ask
●監督、製作 、脚本: ハンダン・イペクチ
●出演: シュクラン・ギュンギョル、ディラン・エルチェティン、フュスン・デミレル 他
●一線を退き、孤独な生活を送る元判事ルファトが住むアパートが武装した警官に襲撃され、隣人一家が皆殺しにされた。たった一人生き残ったクルド人少女ヘジャルは行き場もなくルファトの部屋の前にたたずむ。クルド語しか話さないヘジャルとルファトの間に立って橋渡しをしてくれたのは、身分を隠し、トルコ人として偽って生きてきた家政婦のサキネだった。ルファトは、サキネとヘジャルにクルド語で話すのを禁じるのだったが・・・。トルコ国内で公開5ヵ月後に上映禁止となったものの、アカデミー賞外国語映画賞トルコ代表となった作品。




※この記事は、2013年のレビュー記事を再見・加筆したものです。
久しぶりにいい映画にあたりました。嬉しいなぁ。
で、ちょっと思い出したことを。

かの地に滞在していた頃、クルドの話が人々の口にのぼるたびに"良いクルド人""悪いクルド人"という単語をよく耳にしたものでした。貧しくとも問題を起こさず国内の政策に従い生きているクルディスタンと、クルド労働者党(PKK)武装組織に代表されるような反政府意識のあるクルディスタン。

そう、私にとってクルド問題は遠い国の遠い話ではないのです。
というのも、古い友人が"良い"側のクルド系出身だったから。軍隊でゲリラ部隊と銃を向け合っていた人間にとって、"悪い"側のクルディスタンは憎むべき存在でしかなく、話題に上るときは嫌悪の感情しかなかったように思います。

でも"悪いクルド人"なんて本当にいるのでしょうか。
誰の側から見た言い方なのでしょうか。







国全体が【クルド文化】や【クルド人】という存在を抑圧していた中、この作品は、羽交い絞めにされた力を解きほぐすような一筋の柔らかな光。私にはそう感じられました。

国家を持たない民として、最愛の家族まで失ってしまった幼いヘジャル。
だからこそ、その小さな体いっぱいに力の限りに叫ぶクルド語を誰も止められはしないのです。小さな少女の正直で痛烈なその思いは、観る側の心を最後まで揺さぶり続けます。

そして、クルド問題をトルコ国内で初めて取り上げ、この映画を製作したのが"女性監督"だったということも興味深いもの。

アラブ・イスラム世界の中では最も西欧文化にも近く、近代化された国家とはいえ、イスラーム世界ではほぼ見られない「自転車に乗る女性(しかも老齢!!)」をチャーミングに演出する軽やかさを見て、私はこの作品をいっぺんで好きになってしまいました。車を運転する女性のことを、地方ではまだあまり良く思われないほどなのですから・・・。



主人公の老人ルファトとヘジャルという2人を取り巻く人々の、その小さなドラマが丁寧に綴られていることにも温かみを感じます。家政婦サキネの人生、未亡人ミュゼェイェンの都会に暮らす孤独、そしてクルド人としての苦悩を抱えるエブドゥ。

たとえ政治的・民族的問題を抜きにして観たとしても、この作品の優しくも力強い印象はまったく変わりません。この映画、もっともっと広く知られてほしいなぁ。






むかし、クルド出身の人のお店に入って値段の交渉をしたことがありました。

明らかに「外国人」の私が友人から教えてもらったクルド語で話しかけたところ、「こんなことがあるなんてなぁ!」と店主のおじさんに大笑いされ、可愛らしい小皿セットのおまけを頂いてしまいました。表情がぱぁっと明るくなったあの店主の顔が忘れられません。この映画を観て、そんなことを懐かしく思い出しました。



※この映画の時代背景について 「少女ヘジャル」公式サイトより一部抜粋

トルコ国内でクルド人問題が最も激しかった頃の1998年、クルド人の存在そのものが拒否され、クルド語も話せなかった時期がこの映画の舞台となっています。しかし、現在ではクルドの民俗音楽のCDが発売されたり、クルド語による芝居の上演、一部の学校でクルド語教育が行われるようになっているとのこと。

軍部の影響力や、EU・米国に向けた政治的立場や思惑、国内世論など様々な政治的要因が絡み合って状況も変化しているようですね。


 Türkiye’nin ilk Kürtçe karnelerini aldılar【ZAMAN】
Türkiye’nin ilk Kürtçe karnelerini aldılar【ZAMAN】
トルコ初のクルド語小学校で、初のクルド語通知表を受け取る
(2015年1月24日付/ザマン紙)




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  2015/09/08 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『ゴーン・ベイビー・ゴーン』 (2007/アメリカ)

   ↑  2014/08/23 (土)  カテゴリー: シリアス、社会派




ゴーン・ベイビー・ゴーン 【Blu-ray】


●原題:GONE BABY GONE
●監督:ベン・アフレック
●出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・モナハン、モーガン・フリーマン、エド・ハリス、ジョン・アシュトン、エイミー・ライアン、エイミー・マディガン、タイタス・ウェリヴァー、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、エディ・ガテギ、マーク・マーゴリス 他
●「ミスティック・リバー」の原作者としても知られるデニス・レヘインの傑作ハードボイルド『愛しき者はすべて去りゆく』を、これが監督デビューとなるベン・アフレックが映画化した社会派ミステリー・サスペンス。パトリックとアンジーは、ボストンで私立探偵として働く幼なじみのカップル。ある日、4歳の少女アマンダが誘拐される事件が発生し、その3日後、警察の捜査に限界を感じたアマンダの叔母夫婦が、街の裏側に精通するパトリックたちのもとに捜索依頼に現われる。誘拐事件では自分たちの出る幕はないと、あまり気の進まないままアマンダの行方を調べ始めるパトリックとアンジーだったが・・・。




色々な意味で、鑑賞中も鑑賞後も揺さぶられる作品でした。
実は昨年、一度だけ観たのだけれど、どうしてもそうしても自分の中で感想がまとまらず、再見してみてもう一度自分の気持ちを確認してみたかった映画だったのです。でもね、真夏の暑さでバテバテになったコンディションで観たら、予想以上に疲れがどっと出てしまった・・・・

とりあえず【ベン・アフレック】という人は、俳優の時にはぬぼーっとした顔で正直「イマイチ!」な印象を勝手に抱いてきたけれど、監督業では社会派でインパクトの強いテーマを持ってくる、かなり気骨のある(そしてパワーも才能もある)貴重なハリウッドの映画人になったのだなぁと思います。






で、主演は、そんなベン・アフレックの弟ちゃんのケイシー・アフレック。

正直に言ってしまうと、ぶれることなく"正義感"の塊を振りかざし「自分が後悔しないかどうか?」と「神様の教えに背かず許されるかどうか?」に判断基準が置かれるという彼の義侠心にはウンザリしてしまいました。ケイシー本人の顔立ちが幼いのも相まって、ラストはもう「オマエが判断するのかよ・・・・」というドンヨリ気分でいっぱいになってしまった・・・。←これは何度鑑賞しても毎回同じ感想。



この映画を観ていると、何が正しくて何が間違いなのか、正解って本当にあるのだろうか?と、わからなくなってくるのです。



※ご注意だくさい 以下、ややネタバレを含んでいます!!
無抵抗の人間(小児性愛者で最低最悪のヤツだが)を背後から射殺した罪はどうなるのだろう?≪法と正義≫という問題提起を前にして、主人公のそんな私刑がスルーされていいのだろうか?真夏の車内に幼い子どもを放置したり、薬物依存のまま更生をしようともせず、それでも、子どもを産んだだけの人間に幼い子の養育を任せることが本当に正しいことなのだろうか?育児放棄や児童虐待で通報され、親から引き離され、児童福祉局に預けられ・・・・そんな道のりが待っていたとしても。違法な手段ではなく、もっと違った方法でアマンダを救うことはできなかったのかな、と強烈な空しさに襲われます。乱暴な言い方で申し訳ありませんが「おまえが選択したのだから、子どもが無事に成長していけるようおまえが見守る義務があるんだ!!」と強く思ってしまうのです。4歳の少女には自分の人生を選択・決定することなど出来ないのだから、周りの大人たちがそれを果たすべきだと思うのです。



4歳の少女の幸せを本当に守ってくれる人は、一体誰なのか?
正義とは?法とは?こどもの幸せとは?

『ミスティック・リバー』と同じ原作者であることからもわかるように、余計な説明を省き、淡々とした人物描写でストーリーに深みを持たせていくその骨太さや、決してハッピーエンドとはせず観る者に安易に答えを与えようとしないスタンスは【イーストウッド作品】を思い起こさせ、ズッシリとした重みと痛みを残します。

・・・・で、最後に思うのはただ一つ、腹の立つ話だな!ということ。空しさのあまり、ね。



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  2014/08/23 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『THE GREY 凍える太陽』 (2012/アメリカ) ※ネタバレおよびラストシーンに触れています

   ↑  2014/02/24 (月)  カテゴリー: シリアス、社会派






【Blu-ray】ザ・グレイ


●原題:THE GREY / 別邦題:ザ・グレイ
●監督:ジョー・カーナハン
●出演:リーアム・ニーソン、フランク・グリロ、ダーモット・マローニー、ダラス・ロバーツ、ジョー・アンダーソン、ノンソー・アノジー、ジェームズ・バッジ・デール、ベン・ブレイ、アン・オープンショー 他
●石油掘削現場で勤務する男たちを乗せ、アラスカのツンドラ地帯を飛んでいた飛行機が、大嵐に巻き込まれて墜落。オットウェイら、7人の男が生き残るものの、そこは周囲がすべて雪に覆われる極寒の地。一行は取りあえず南へと向かうが、野生のオオカミたちのテリトリーに足を踏み入れていたことから、彼らの執拗な攻撃にさらされることに。マイナス20度という寒さや、圧倒的な食料の不足にも苦しむ中、雪山を突き進んでいく彼らだったが・・・。



私の住む地域では初めてではないか!?と言われた大雪に、ホント参っておりました。

最初の1週間は「雪だ―大雪だ―」と子どもと一緒に雪だるまだ!かまくらだ!そりだ!と浮かれていましたが、続く2週目からは慣れない雪かき、道づくりでヘトヘト。夜は風が強まって吹雪&停電。さらに翌日は暴風雨。我が家のカーポートは雪の重みで崩壊(TT)。用意していた食糧も減り、必死に買い物に行ったら「大雪による漏電のため休業します。再開は未定」と張り紙されたお店が多数(今も)、開いているお店は流通が止まっており、電車に乗ろうとすれば、間引き運転のため"満員電車歴20年超のスペシャリスト"も入り込む余地のない車両を何本も見送ることに。あーもう今まで雪で浮かれていた私なんてバカバカ!

懐中電灯とラジオを手元に置き、ビュービューと氷雪が窓に叩きつけられる音に怯えつつ観たこの映画は、えぇもう一生忘れないでしょう。リアルすぎる体験テンコ盛りで、観終わったあとはぐったりでした。予期せぬ自然の猛威には人間なんてまったく弱いものですね。"日常"なんて、ほんと儚いものなんだなぁ。




ではでは、久々に映画の話を。

生きてこそ[DVD]


ザ・ワイルド [DVD]


飛行機事故による遭難物映画として思い出したのが、食糧難に苦しめれたイーサン・ホーク主演の『生きてこそ』。それから、アラスカの原生林に墜落後、巨大熊グリズリーを相手に死闘を繰り広げることになるアンソニー・ホプキンスの『ザ・ワイルド』。いずれも命を繋ぐための強靭な精神力と凄まじいサバイバル生活が印象的でした。


一方、これらに対して『THE GREY 凍える太陽』という映画ですが、この物語を観始めた時にちょっとそのあたりが変わっているなぁと感じました。主人公は妻を失っていて、そこから生きる価値さえも失っている状態であることが冒頭から静かに伝わってきます。「君を忘れたことは、一度だってない。君に逢いたい。でももうそれは叶わないことだ」このセリフに、スキー事故で妻を亡くしているリーアム・ニーソンの実生活が否応なく重なり、私は冒頭の3分ほどで彼の痛々しいその姿にほぼ絶句状態となってしまいました。

おしどり夫婦といわれたリーアム・ニーソンとナターシャ・リチャードソン夫妻。彼女がスキー場で転倒→頭部強打による事故死という知らせは本当に急で、母親であるヴァネッサ・レッドグレーヴの憔悴ぶりを伝えるニュースも大変辛かったことをよく覚えています。そのためか、この映画はただのサバイバル・アドベンチャー映画とはとても思えず、彼の言うセリフ1つ1つのリアリティに半端ではない重みと、心理面・精神面にぐっと圧し掛かるものを感じました。インタビューでも彼は「私は妻を亡くした男の感情にアクセスすることができるし、それにこれは感情を浄化させるカタルシスのような経験でもあった」と答えています。







実際、後半にはちょっとした「クリフハンガー」や「激流」などのアクションシーンの見せ場もあることはあるのですが、『ザ・グレイ』では極限状態であるはずの飢えや寒さ、そこから水に落ちた体力への影響などはほとんど出てきません。

"リアリティ"が圧倒的に失われているという状況下で、ニーソン演じるオットウェイの内面描写は何度も何度も繰り返されていきました。それに伴い、"神との対峙"など、宗教的・哲学的な色合いをますます濃くしていく展開となったため、私にはこの映画全体がオットウェイの"魂のサバイバル"を描いた物語のように思えました。過酷な環境に中で自分自身と向き合った時に根底に流れているものが"失った信仰心"というのは、やはりキリスト教圏ならではですね。

――流れ着いた地の果てで、罪を犯した者や人間のクズが集まっている。俺は君を失い地獄を彷徨っている。生きながら・・・。ならいっそ、地獄へ行こう――

そして或る意味、主人公の【魂の救済】がこの映画のテーマだったとしたら。
実はあの時、映画の冒頭で銃で仕留めたのは"狼"ではなく、一度はあきらめた彼自身の生(自殺)だったとしたら。

『THE GREY 凍える太陽』という映画は、オットウェイが自分自身と闘うための、彼自身の贖罪の旅とも言えるのかもしれませんね。そうすれば、誰よりも愛しい妻といつかまた一緒になれるのですから・・・。





※注意:ここはラストシーンに触れます※

逃げていたつもりが、実際行き着いた先は巣の中だったなんて(私は日本人なので「お釈迦様の手のひら」の話が思い浮かびました)。全ては神の采配なのかもしれませんが、オットウェイに"もう一度闘うチャンス"が与えられたという、そこに意味を置いたラストなんだろうなと強く感じました。なので、"結果"を見せたがるようなあのエンドロール後の1カットは、蛇足ではないかな、と。ついでに言えば、ラストの詩の再朗読も要らなかった気がします。リーアム・ニーソンの眼と、狼と、オットウェイが父親に抱かれて見た壁の詩のカットだけで、観客には十分過ぎるほど彼の想いが伝わってくるのに。余韻だけで良かったのになぁ。


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『懺悔』 (1984/ソ連)

   ↑  2013/12/15 (日)  カテゴリー: シリアス、社会派



懺悔 [ アフタンディル・マハラゼ ]


●原題:Repentance、მონანიება(Monanieba)、Покаяние(Pokayaniye)
●監督、脚本:テンギズ・アブラゼ
●出演:アフタンディル・マハラゼ、ゼイナブ・ボツヴァゼ、エディシェル・ギオルゴビアニ、ケテヴァン・アブラゼ 他
●物語の舞台はソビエト連邦時代のスターリンによる恐怖政治を思わせる、架空の国の独裁政権時代。偉人として誰からも尊敬されていた市長が死んだ。人々がその死を悼む中、まるで故人を冒涜するかのごとく毎夜、その墓が暴かれる。誰が?なぜ?遂に逮捕された犯人が法廷で口を開く。それは、狂気の独裁者に翻弄されたとある家族の物語であった・・・。監督は旧ソビエト連邦時代のジョージア(日本語の旧呼称:グルジア)共和国出身で映画界の巨匠、テンギズ・アブラゼ。1987年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。日本では2008年12月に劇場公開が実現。



【旧ソ連時代の映画】を観るのは、私なりにけっこう"勇気"のいることです。それはかの大国が辿ってきた激動の歴史に対して、自分の持つ知識があまりにちっぽけである"不安感"から来るものだったりします。正直やはりどこか構えてしまうんですよね。

でもこの映画に関しては、そういった歴史や政治うんぬんを言っているヒマはありませんでした。強烈な異彩を放つファンタジックな映像の連続を目の当たりにすることによって、そんな不安は吹き飛ばされ、「とにかくこの映画は観たい!!観るべきだー!」と強く思わせるものを直観的に感じたのです。どこどこの国の話、と限定することなく"ある国のこんな話"として寓話的に見せてくれていること、導入部分がサスペンスフルなことなど、一度観始めてしまえばグズグズと躊躇うことはありません。


いかにも偉大だったという人が亡くなり、その遺体が何者かによって何度も何度も掘り起こされて邸宅内に置かれるという異常な事態が起こる。犯人は捕まるが「なぜそのようなことを?」と問われる裁判で、被告が事件の経緯(歴史)を語り始める・・・。ここで30分。強烈な掴みなのです。




旧ソビエト連邦の厳格な検閲の下、グルジア共和国で製作された本作は、1984年12月に完成。86年10月、グルジアの首都トビリシでようやく公開された。観る者に1937年のスターリン書記長による大粛清を想起させる内容は、その時代を真正面から批判した映画として、全世界の注目を集めた。(中略)その社会的反響は1991年のソビエト連邦解体にもつながるペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)の象徴となった。
映画『懺悔』公式サイト イントロダクションより



ある国の、独裁政権下での恐怖政治による粛清。幸せだった家族に起こった悲劇。そして、それが"過去のこと"となった現代に起こる、もう一つの悲劇。そういった一連の出来事が幻想的な映像で紡ぎ出されることによって(これがまるで型破りなフェリーニ風なので尚一層)イマジネーションは刺激され、批判はより痛烈に、また登場人物たちの心の叫びが直接響いてくるかのように感じるのです。もちろん元になっているのはスターリン時代の恐怖政治ですが、決して口には出来なかった体制批判、そんな時代を真っ向から糾弾したのは、怒鳴り声で言葉を並べた演説などではなく、当時のアブラゼ監督による映像の力なのだと実感します。

父が、夫が、生きている証として刻んだであろう名前を探すために、切り出された"木"を材木置き場で必死に探し続ける母親や妻、幼い子どもたち。言葉はないのに、鬼気迫るとても忘れられないシーンでした。


旧ソ連が製作した摩訶不思議なSFコメディ映画。キテレツな砂漠の星へとワープさせられてしまった建築技師と学生が、何とか地球に戻ろうと悪戦苦闘するカルトSFの傑作!
『懺悔』とほぼ同じ1986年制作で、やはり同じジョージア出身の映画監督(ゲオルギー・ダネリア)による、この作品とはジャンルの異なる『不思議惑星キン・ザ・ザ』という【脱力系SFカルト映画】を思い出します。1985年のゴルバチョフ政権誕生をちょうど挟む形で世に出た2作品ですが、ペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)を実現させたという、強い影響力を持った映画作品としても両作品とも圧倒されるものがあります。




恐怖政治の張本人と言うべきヴァルラムと、思わぬところで過去の悲劇を突き付けられることになる息子アベルを強烈に演じ分けた俳優、アフタンディル・マハラゼ。彼の来日時のインタビューでこんな撮影秘話が語られていました。
アブラゼ監督が、脚本の段階でシュワルナゼ外相に相談したら、シュワルナゼが「是非ともこの映画を作るべきだ」と言い「この作品は、映画だと言わずにテレビドラマということで撮影しなさい」と助言をくれました。当時、モスクワ当局では、映画については脚本の段階でチェックされるのですが、テレビドラマは一切いらない。また映画が出来上がってからも、シュワルナゼのおかげで、ソビエト全土での公開へと至ったのです。
 ※エドゥアルド・シェワルナゼは、もとグルジア共産党第一書記
映画『懺悔』公式サイト「主演俳優アフタンディル・マハラゼ氏 来日インタビュー!」より



オーケストラ!【Blu-ray】



余談ですが、この『懺悔』がNHK BSプレミアムで放映された時に保存しておいたディスクに、フランス映画の『オーケストラ!』も一緒に録画していました。旧ソ連時代の反ユダヤ主義(この映画ではブレジネフ政権下のユダヤ人芸術家の迫害)が主軸となった笑いあり、涙ありの物語でした。図らずも、ソ連史を振り返る一枚となりました。






というわけで。
いよいよ年の瀬も押し迫ってまいりました。毎年この時期になると「あ~、まだあの映画upしてなかったよ・・・」とちょっと後悔も押し寄せてくる自分だったりします。それで駆け込み的ではありますが「今年中に書いておきたい!!」と下書きしてあった映画くらいは、今月のうちに出来る限り載せていきたいなぁと思います。ちょっとだけ頑張ろう!!(笑)




■この記事に関連する映画制作国、地域 : ロシア・旧ソ連映画 

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  2013/12/15 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit