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『ジョゼと虎と魚たち』 (2003/日本)

   ↑  2016/11/20 (日)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ







ジョゼと虎と魚たち Blu-ray スペシャル・エディション


●監督:犬童一心
●出演:妻夫木聡、池脇千鶴 ジョゼ、新井浩文、上野樹里、江口徳子、新屋英子、SABU、大倉孝二、板尾創路 他
●大学生の恒夫はアルバイト先の麻雀屋である噂を耳にする。それは、近所に出没するひとりの老婆のこと。彼女はいつも乳母車を押しているが、その中身を知る者は誰もいないというのだ。そんなある朝、恒夫は店のマスターに頼まれて犬の散歩に出掛けると、坂道を走ってくる例の乳母車と遭遇する。そして、彼が乳母車の中を覗くと、そこには包丁を持った少女がいた。脚が不自由でまったく歩けない彼女は、老婆に乳母車を押してもらい好きな散歩をしていたのだ。これがきっかけで彼女と交流を始めた恒夫は、彼女の不思議な魅力に次第に惹かれていくのだが・・・。






よく「初恋は実らない」と言いますけれど、まぁ、そうなんでしょうね。

・・・って完全に他人事(笑)。


「恋」を"愛"や"情"に変えるには、まだまだ若いうちは無理なんでしょう。だって、刺激も欲求もいっぱいですからね。


恋をしている時に感じるのは、溢れ出すような思いや人を信じる温もり。それからやってくるのは、自己嫌悪するほどの嫉妬心や人を傷つけてしまう痛み。そして、誰かと繋がっていた幸せな記憶と、それを失う辛さ。


こんなことを沢山知っていく中で、少しずつ少しずつ愛情の持ち方、保ち方を覚えていくのかもしれませんね。






私ね、サガンの作品を愛していたジョゼは、きっと恋には"別れ"があるということも知っていたんだと思うんですね。覚悟、というのかな。


フランソワーズ・サガンは、私が10代の頃にとっても影響された作家です。

サガンの物語には、浮気も裏切りも倦怠感も孤独も絶望も、別れに関するほとんどが物語に書かれてあるというのに、読後感はどれも悲しくはないんです。というよりも、人の心は止められないということの切なさ、ほろ苦さ、可笑しさが湧き上がってきて、恋する人間の愛おしさに安心感すら覚えてしまう。


本当は「車イス」を利用することも出来たのに、それを拒否したジョゼはまだ甘えていたかったのだなと思うと、本当に本当にこれは普通の女の子の恋だったんだなぁと思うのです。






この映画、作りこみギリギリのところから漂う"あざとさ"直前の辺りを見事にキープしていて、何とも言えない甘酸っぱい気持ちになりました。自分以外の誰かを傷つけ失って泣いたことのある人は、きっと同じような感情を抱くんじゃないかなぁと思います。


「もう恋なんてしないなんて、言わないよ絶対~」なんて言えない人も(・・・アレ?どっちだ??笑)、いつかまた前を向ける、はず。というラストシーン。サガンの物語にも似た優しさがあります。だから妻夫木くん、泣くことはないんだよ!



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  2016/11/20 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『ギルバート・グレイプ』 (1993/アメリカ)

   ↑  2016/04/05 (火)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ





ギルバート・グレイプ [DVD]



●原題:WHAT'S EATING GILBERT GRAP
●監督:ラッセ・ハルストレム
●出演:ジョニー・デップ、ジュリエット・ルイス、レオナルド・ディカプリオ、メアリー・スティーンバージェン、ジョン・C・ライリー、クリスピン・グローヴァー 他
●アイオワ州エンドーラ。生まれてから24年、この退屈な町を出たことがない青年ギルバートは、知的障害を持つ弟アーニー、過食症を病む250kgの母親、2人の姉妹の面倒を見ている。毎日を生きるだけで精一杯のギルバートの前に、ある日トレーラー・ハウスで祖母と旅を続ける少女ベッキーが現れる。ベッキーの出現によりギルバートの疲弊した心にも少しずつ変化が起こっていく・・・。




遅くなってしまったけれど「ディカプリオちゃんオメデトウ」企画です!一応ね(笑)。

当時のディカプリオちゃんは、ロバート・デ・ニーロと共演した『ボーイズ・ライフ』で注目されたピカピカの注目若手俳優でしたから、この映画での評判も本当にすごかった!


この映画を観に行ったのはね、私が19歳の時。

観終えて部室に戻ってきたら、バンドの先輩に「まるちゃん(仮名)、『ギルバート・グレイプ』どうだった?」と聞かれて、私は「そうですねぇ、爽やかすぎて特に何も残りませんでしたね!」とハキハキ答えたことを今でも覚えています。。。

ま、この頃の私はなーんの悩みもなくて、いや、あったとしても自分のコトばっかりで、完全に"自分中心に回っている世界"の中で好き勝手なコトやりたい放題でしたから、当時のこの感想はまぁ妥当なものだったんでしょう。


あれから何度、この映画を観直してきたかな。

たった一度観て、再び触れることもなく過ぎ去っていく映画もあれば、人生の節目節目でふと思い出して手を伸ばしたくなる映画もあります。

『ギルバート・グレイプ』は、私にとってそんな作品の1つ。







幾つかの出会いの中で、大きな影響を与えてくれる人がいます。
ジュリエット・ルイス演じるベッキーがそう。

自分にとって本当に大切なこと、望み、ひとりでは知らなかった世界の話。
そんなことを気付かせてくれる人。





人はたぶん、歳を重ねるにつれて自分のまわりに様々な囲いができて、それに守られたり囚われたりしていくのでしょうね。だから、完全に何からも自由でいることなんてできない。

それは仕事だったり、人間関係だったり、家族のこと、病気、育児、介護など。程度の差こそあれ、人は背負っていくものや責任を負うべきものが少しずつ増えていきます。

でも、何も変わらずに続いていくものなんてないんですよね。
生きている限り、"変わらないもの"なんてないですから。

だから必ず変化の時がきて、その形や重さも変わって、自分自身にも変化が訪れて、そうやって人生は続いていく。「自分には自由がない」「何も選べない」「このままでいいのか分らない」なんて悩まなくてもいいんだと思う。

大丈夫。きっと大丈夫。
この映画が、そうやって背中を押してくれます。






雨の中、車のエンジンがかかって・・・・ポンコツ音とともに再び消えるあの瞬間。
あんなに胸がギューッとくるシーンはありませんよ~。


この映画のジュリエット・ルイスとジョニー・デップ、そしてディカプリオちゃんの、演技とは思えないようなナチュラルな表情にホッとさせられます。
今のような"どぎつさ"は皆無(笑)。



私にとっては、宝物のような映画です。



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  2016/04/05 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『ポルノグラフィックな関係』 (1999/ベルギー、フランス、ルクセンブルグ、スイス)

   ↑  2016/02/19 (金)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ





ポルノグラフィックな関係 [DVD]


●原題:UNE LIAISON PORNOGRAPHIQUE
●監督:フレデリック・フォンテーヌ
●出演:ナタリー・バイ、セルジ・ロペス、ポール・パヴェル、ジャック・ヴィアラ 他
●男と女は、互いの性的ファンタジーを分かち合おうと決めた。女は、パートナー募集の広告にこたえてやって来た男とホテルで一夜を共にして以来、毎週木曜に同じ部屋で二人は身体を重ねる。プライベートなことは聞かないことが暗黙の了解だったが、関係を続けていくうちに二人は・・・。



久々に【オトナ】な映画を。
2008年以前に観た作品なのでレビューをカットしていたのですが、今回再アップのために再見してみました。

前回観た時も「この映画、好きだな」と思っていたのですが、あれから私も年齢を重ねたからなのかな、さらに味わい深く感じました。出会いから別れまで、しっとりとした大人の恋の切なさが残る物語です。タイトルはやたら刺激的ですけどね。





私たちはプライベートには干渉しない、バックグラウンドも語らないと言いながらも、関係を続ける2人の間には微妙な感情が生まれてしまうんですね。不意を衝かれたように、予期せぬところで湧き上がる感情。


そりゃそうでしょう、ただの会話にしろフィジカルな関係にしろ、それは相手の反応があってこそのやり取りですからね。互いの感情に影響を及ぼし合うことは避けられないのでしょう。

"彼女"が泣いたのは、身体だけだと思っていた行為の中に愛情を見つけてしまったから。"彼"が涙を流したのは、そんな彼女の告白に心が満ちて自分の居場所を感じたから。

結局2人はすれ違っていくのだけれど、でも、分をわきまえた「大人」というのは、ヒリヒリとした愛を抱えていてもそれを相手に押しつけたり、相手のせいにしたりはしないものですね。「私たちは終わったのよ」「もう終わったんだ」とそれぞれ口にするのですが、それは身体いっぱいに相手を求め、心から愛した結果。そして、悲しみも孤独もすべて自分の中で引き受けて、その痛みすら糧にしてしまう。・・・こういう恋愛観、好きだなぁ。





恋愛における一瞬の輝きを、一生続くかのように描くことをしないこの映画は正直です。
そのラスト5分が私を惹きつけて止みません。人生を自分の足で踏み分けて歩いてきた大人の愛を見せつけてくれるからです。


“私が『ポルノグラフィックな関係』で演じた役は「Elle(=彼女)」という名前です。それ以上のことを私は知りませんでした…。家族構成や、職業、社会的地位、名前もわかりませんでした。でも、ダイアローグとそれぞれの場面のもつ力のおかげで、私は私が演じてきた女性の中でも、彼女が最も気に入っていて、最もよく知っている女性だと感じています。本当のところ、私に与えられた最も美しい役なのです。” 
ナタリー・バイ
アンスティチュ・フランセ東京 ナタリー・バイ特集『ポルノグラフィックな関係』

ナタリー・バイの2パターンあるメイクやファッションも、女性の"本質"が垣間見えてハッとさせられます。上質な大人の恋愛映画。おすすめです。


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  2016/02/19 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『COMET/コメット』 (2014/アメリカ)

   ↑  2015/12/24 (木)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ

 
●原題:COMET
●監督:サム・エスメイル
●出演:ジャスティン・ロング、エミー・ロッサム、エリック・ウィンター、ケイラ・セルヴィ
●一組のカップルの6年間にわたる愛の軌跡を【パラレルワールド】を交差させた独創的な語り口と技巧を凝らした映像表現で描き出す異色のロマンティック・ストーリー。悲観主義者の青年デルとキンバリーは彗星の降る夜、運命的な出会いを果たす。イケメン男性との初デートだったにもかかわらず、キンバリーは変わり者のデルの言動から目が離せなくなってしまう。一旦それぞれ別の場所に向かうものの再び顔を合わせ・・・。




映画館へ映画を観に行くのは、唯一独りで自由に過ごせる時間なので基本一人で行くのが好きなのですが、今回は例外ということで。先日、ヒューマントラストにて友人と鑑賞。

観終わった後、二人とも感想が真っ二つに分かれましたねぇ。

でも両者ともに一致したのは、この映画は「別れの予感がする二人が一緒に観たら危険だな~」というもの。老婆心ながら申し上げますと、【デートムービー】には向いていないような気がします。一見、ポスターとか宣伝の仕方はロマンティックに見えますけどね。







不思議な映画なんですよねぇ・・・

『Comet/コメット』って、中2病をこじらせたみたいな二人が意味ありげな会話をベラベラと喋り続けるんですが、そのほとんどはよくある恋人同士の無駄話ばかり。

で、そんな二人の時系列をただ入れ替えて、いくつかの"時"や"場面"をランダムに見せているだけなのかなーと思っていたのですが、次第に「これは誰の記憶で、誰の世界なんだろう」と、まるで頭の片隅に眠っていた曖昧な記憶を辿っていくような、不思議な感覚に陥っていくのです。

どこまでが現実で、どこからが夢なんだろう。
起こったことをどんな風に記憶していたんだろう。
自分が望んだ世界はどれなのか。
今、この瞬間は現実なのか、夢なのか。



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友人は「"恋の始まり"を思い出すことで"後悔だけは絶対しないよう力を尽くすべきだ"と言っていると思った」と言っていたけれど、私は「愛が終わるのが現実。奇跡が起きるのは夢の中だけで、物事は"後悔先に立たず"だと思った」と言ってしまった(笑)。

お互いの人生観のあまりの違いに笑いましたが、観る人によって受け取り方がまったく変わってくる面白い作品だと思います。

あの時こう言っていれば。
あんなことをしなければ。
もし、違う選択をしていたら。







私ね、このパリのホテルでのシーンが一番グサグサ刺さりました。

信頼と不満と愛憎が目まぐるしく入れ替わり、すれ違い、往ったり来たりする感情の揺れに傷つき、翻弄され、どんどんどんどん疲弊していく様があまりにリアルで。

そして、これほどハッキリと人の心が離れた瞬間を見せ付けられたことにもギクリとさせられました。ほんの僅かに、今にも切れそうな細い糸で繋がっていたキンバリーの感情が「あ、今、終わった」と手に取るようにわかるシーン。・・・・凍りました。

自分以外の人間との溝を理解せずに、言葉だけを過信して放っていると取り返しのつかないことになる。・・・これからプロポーズを考えている男性は、ぜひ一度観るべきかも!








二人の出会いは墓場。割れる鏡。飛び込む鳩。
古来より不吉な出来事の予兆として考えられてきた彗星。

そして唯一無二の存在であるはずの太陽が2つ現れ、「君と結ばれない世界にはいたくない」と口にするデル。









よく映画では「恋人は別れたら終わり」とか「違う人と結婚するから二人はお終い」というストーリーになりがちだけれど、現実ってそんなに簡単な"お話"ではないと思うんですよね。

もちろん一度失ったら二度とこの手に返ってこないものもあるけれど、20年、30年後に再会して新たな関係を築く人達だっているかもしれないし、12年も経って"友人"としての穏やかな関係が戻ることだってあるかもしれない。って、この場合のソースは私なんですが!(ま、もともと私は結婚には向いていないタイプだったからこれでよかった笑)アハハ。

「出会えてよかった」と、二人だけの6年間の軌跡を共有し、振り返ることができるなんてデルとキンバリーは十分幸せだと思うんだけどなぁ。





ま、さすがにここまでくると、私もちょっと達観し過ぎかな?とも思ったのですが、エスメイル監督がインタビューでこんなことを言っているのを見つけたので、私の考えもあながち間違いではなかったかも!


サム・エスメイル監督のインタビューより ※ややネタバレしています
パラレルワールドでは、ある一方の世界では物事は事実となるけれど、他方の世界では嘘になります。ですから、すべては観客に委ねようと思っています。登場人物たちの行く末を観る人たちが選べるわけです。この考え方は、最終的にデルとキンバリーに起こる出来事が複数バージョン存在するということでもあります。ですから、全ては受け取り手次第ということになるのです。
どんなエンディングがあってもいいと思っています。が、この映画のラストをどうなって欲しいと望んだか?ということはあまり問題ではないのです。なぜかというと、「愛は本物なんだ」という真実をデルが最終的に受け入れたことが、この旅の終着点となるわけですから。この物語のラストは、正にここだと私は思っています。
In one parallel universe things are true, and in another, they`re a lie. To me, everything is up to the audience. You can choose which path you want the characters to go on. The idea of parallel worlds means there are multiple versions of what ends up happening to Dell and Kimberly, so it really is up to you depending on what view you want to take. But all those different endings I believe do happen, and I think that by the end of the film it doesn’t matter which way you want to go, because the journey ends with Dell finally accepting the fact that love is real. That for me is where the story ends.
“The good times and the bad” – Interview with Comet Director Sam Esmail 【Vulturehound Magazine】



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  2015/12/24 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『誓いの休暇』 (1959/ソ連)

   ↑  2015/11/03 (火)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ



誓いの休暇【デジタル完全復元盤】 [DVD]



●原題:БАЛЛАДА О СОЛДАТЕ/ BALLADA O SOLDATE / BALLAD OF A SOLDIER
●監督:グリゴーリ・チュフライ
●出演:ウラジミール・イワショフ、ジャンナ・プロホレンコ、アントニーナ・マクシーモア ニコライ・クリュチコフ 他
●ナチスがロシアに攻めこみ、戦争がもっとも苦しかった頃。19歳のアリョーシャは戦場で2台の敵戦車を炎上させた勲功により、6日間の休暇をもらった。アリョーシャの心は故郷へとはやるが、戦火の道中は一層長い。途中、空襲にあったり、妻のもとに復員する傷病兵を助けたりしているうちに休暇はまたたく間に過ぎ去っていく。そしてやっと乗り継いだ軍用貨物列車のなかで、アリョーシャは少女シューラと出会った。




先月、シネマヴェーラ渋谷で「映画は旅である ロード・ムーヴィーの世界」特集の一作品として、この『誓いの休暇』がリバイバル上映されました。行けなかったけれど、一度でいいからこの作品をスクリーンで観たかったなぁ。

最近コメントをいただいたので、ちょうど良い機会と思い再見してみましたが、本当にまたひとりで泣いてしまった。「反戦映画」とも言われるこの作品ですが、観終わった後は悲しみというよりももっと温かなものを感じて・・・今思い出してもまた泣けてしまいます。。。

それが初恋だと気づく間もないまま別れの時が迫るアリョーシャとシューラの出会いや、戦禍の中でも優しさや思いやりを忘れない人々。古い映画で傑作!と言われる作品だとどうしても腰が引けてくるものですが、この映画がどれほど多くの人々の心を惹きつけて止まなかったか、改めて胸に残りました。本当に、いい映画です。






※この記事は、2011年のレビュー記事を再見・加筆→再投稿したものです。

昔、映画館で観たことのあった父が「もう一度だけ観たいなぁ」と言っていたのを聞いて、DVDをプレゼントしたのがこの映画を観るきっかけでした。

きっと良い作品に違いない!と思ったので。




デジタルリマスター版のDVDには、監督が当時を振り返るインタビュー映像や、ソ連時代の1941年に赤の広場で行われた軍事パレードのドキュメント・フィルムも収録されているのですが、あわせてソ連史などの資料も見てみました。

制作当時の社会的背景や国家事情、歴史などを考えると染み込むように深い印象を残す映画に出会うことがあります。この『誓いの休暇』もそういった作品のひとつだなぁと思ったのです。この映画を思い返すたび、淡く美しい映像とともに、胸が締め付けられるような哀しくて切ない思いに駆られるのです。




『誓いの休暇』が制作されたのは、イデオロギーの対立から核戦争への恐怖で東西に緊張が走っていく戦後の時代でした。

アメリカと強硬対立していたソ連では、反体制的人物には粛清を行うような強力なプロパガンダのもと最高指導者(=独裁者)としてスターリンが国内を恐怖によって支配していました。芸術家たちにとっても非常に厳しい時代でした。

しかしスターリンが死去した1953年から始まって、フルシチョフの「スターリン批判演説」があった1956年以降は、東西関係のみならず、ソ連邦内でも緩やかながらも文化的緊張緩和がもたらされた【雪解けの時代】が到来するのです(それでもその後のアメリカ/ケネディ政権期においては、ベルリンの壁建設やキューバ危機など、再び冷戦の緊張感は最高レベルにまで達してしまうのですが) 。






『誓いの休暇』のグリゴーリ・チュフライ監督は、このような激動の時代において世界各国、数々の映画祭で高い評価を受けた作品を残した【ロシア映画界の巨匠】と言われる人物です。

ですが、それだけにソ連邦内で映画を作るということの苦しみや葛藤も並々ならぬものがあったことを、雑誌におけるインタビューなどからも強烈に窺い知ることができます。

■59年、監督がかってスターリングラードの戦場で構想を得たという19才の少年兵の淡い青春を描く「誓いの体暇」を撮り、カンヌ他 海外の多数の国際映画祭で受賞、国内でも主人公に表現された若いソビエト兵士の資質こそ新しいモラルと高い評価を受け、チュフライ監督の名は内外に知れ渡った。

61年には、独軍の捕虜となったもとソビエト兵士を暖かい共感のなかで描いたセルゲイ・ボングルチュク監督の「人間の運命」(59)のテーマをさらに深めたと言われる「晴れた空」を完成、スターリン体制下、故郷に生還したもと捕虜の兵士を襲った政治的・社会的差別を暴くと同時に、ここでもそうした試練にさらされた高遇で純粋な愛を描いて、モスクフ国際映画祭グランプリ他を受賞するが、人間としての社会的モラルにかかわるテーマを追究した「おじいさんとおばあさんが住んでいました」以降は、この監督もまた、いわゆる映画官僚との軋轢に悩まされ、それがその後の創作活動に影を落とすことになる。・・・[解説より]

■・・・「"ためになる良い映画"ばかりを作ってきた人々にとって、我々の作品は危険と映ったのです。芸術作品を絶対的に評価することがいかに危険であるかを私はこの時知りました。(中略)『誓いの休暇』が原因で私が党を除名された時、群集は一斉に私を踏みつけにかかりました」・・・[インタビューより]
※(株)日本海『グリゴーリー・チュフライの世界』より一部抜粋


この映画は、脚本の段階から党の芸術委員会から批判されるなど企画は難航し、許可が下りて撮影が始まってからも監督が入院するほどの大きな事故が起こったり、撮影再開後には委員会に承認された主演キャストの変更を監督の強い要望で決行したり、はたまた照明器具による事故が起こるなど・・・とにかく驚くほどありとあらゆる"災難"が頻発していました。

しかも作品完成後においては、党中央委員会から「反ソ的、反人民的で軍を批判している」とされ、チュフライ監督は党から除名されてしまいます。

もちろん映画も公開禁止となるのですが、どういうわけか1ヶ月後には委員会から許可が下りて(ソ連・各共和国の首都、大都市での公開が禁止という条件付き)農村部などで公開され、さらに再び委員会からの命令で今度はカンヌ映画祭へ出品、1960年の「ユース賞(海外作品)」「ベスト・セレクション」を獲得するという快挙を成し遂げることになるのです。






数奇な運命を辿った映画作品とも言えますが、このチュフライ監督が全身全霊を捧げた固い決意が成し遂げた結果でもありました。

しかし、それではなぜ監督は、あのソ連時代の自身の地位すらも危うくなるような環境の中、ここまでして『誓いの休暇』を作りたかったのでしょうか?何が監督をそこまで突き動かしたのでしょうか?


「この映画は、男女の出会いと別れを描いた幼稚なテーマだと委員会から批判された」と監督は述べていましたが、その底辺に流れているのは、戦争によって引き裂かれる親子や夫婦、恋人たちといった様々な人々に起こる悲劇と、そしてそれでも決して消えることのない優しさや強さでした。


「勲章を貰うよりも母親の元に帰って屋根を修理してあげたい」というまだ幼さの残るアリョーシャに対し、親子ほど年の離れた将軍は2日、4日では無理だろうと6日間の休暇を与えてくれました。軍事物資用の輸送車にコッソリと乗り込んだアリョーシャは、偶然乗り込んできた少女のシューラを守るため哨兵から追い出されそうになるのですが上官の中尉が事情を察して見逃してくれました。

また、配給で貴重だった石鹸を「家に残る妻にプレゼントしたい」と見知らぬ兵士に頼まれたアリョーシャは、シューラと共に道中寄るのですが、その奥さんに"裏切られた"ため避難所に暮らす兵士の父親に渡しに行くことにします。そこでアリョーシャはその父親に"優しい嘘"をついて、兵士の帰りを待つ人々を安堵させてあげるのです。

戦争に翻弄される人々との出会いの中で、アリョーシャは労を惜しまず人々に手を差し伸べ、また助けられながら故郷へと向かいます。

ささやかな幸せな時間をシューラと分かち合うアリョーシャでしたが、それが初恋だと気付く幸福を噛み締める時間もないまま、彼女との別れも迫っていきます。出会った人々のために多くの時間を費やしたアリョーシャには、故郷で母親と過ごすことのできる時間は僅かしかありませんでした。それでも彼は、それが生きている証だというかのように全力で母親の元へ走り続けるのです。






チュフライ監督は、この映画への思いをこのように述べていました。
「私の人生に関わるものだから、撮らなくてはならない。戦争中に亡くなった私の友人達に纏わる本当の話なのだから。彼らについて物語る映画を 撮る義務が私にはあるのだ」

「私にとって、この映画は現代のものだと私は言った。戦場で受けた私の傷はまだ完治していない。夫や子を失った女たちの涙は、まだ乾いていないのだ」
※DVD『誓いの休暇』当時を語る 監督グリゴリー・チュフライより




この映画に出てくるのは、戦争を経験した名もなき人々の姿そのものだったのでしょう。

本来なら瑞々しい青春を謳歌したり、家族と笑いあったり、赤ん坊を抱き締めたり、老いた親の背をさすり、その手を握って生きていたであろう人々です。

反政府的立場となる危険をも恐れず、委員会からの激しい抗議にも一歩も引くことなく、この映画の存在意義を固く信じたチュフライ監督がいたからこそ、反戦をテーマにロシア映画史上最も美しくヒューマニズムに溢れた映画といわれる作品――『誓いの休暇』がここに出来上がったのです。






天地が一転する自在なカメラワークや、走る人物のスピード感を画面いっぱいに捉える躍動感など技巧を凝らした各ショットは、今見ても素晴らしいものです(撮影中に何度も怪我人が出ただけあります・・・)。

また映画の構成においても、映画をいったん観終わった後にもう一度冒頭のシーンを見直すと、年老いた母親が見つめる先にある一本道と、カットが変わり若い頃の母親が見つめる先に"何が"あるものかわかった時には不覚にも涙がこぼれそうになりました。

やはり、多くの人の心の奥深いところにずっと刻まれていると言われる、本当に素晴らしい作品だと思います。私も、父がもう一度観たかったという気持ちがよくわかりました。このレビューを書いている今でも、アリョーシャの経験を通じて描き出された戦時下の悲しみだけでなく、彼の青春の柔らかく眩しい一時が心のどこかに焼きついて離れることがありません。






■追記
この映画の制作時代を思うと、外国映画のリメイクとはいえ『ニュースメーカーズ』のような、警察批判を表立って皮肉ることができるような時代がくるなんて、当時では考えられなかったことでしょう!


■続・追記
前ブログ掲載時に、ブログ【畑ニ居リマス・田舎暮らしPHOTO日記】様より畑のカエル様からいただいたコメントで、「ソ連映画「人間の運命」(1959年)・ソロコフとワーニャ」という記事をご紹介いただきました。←当記事は[旧ブログ]からの転載のため、以前いただいたコメントが消えております。旧ソ連の時代背景など大変参考になり勉強させていただきました。私にとっても大切な記事となりましたので、ここにリンクさせていただきます。



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  2015/11/03 | Comment (4) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit