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『パリは霧にぬれて』 (1971/フランス、イタリア)

   ↑  2010/04/23 (金)  カテゴリー: サスペンス、ミステリー






パリは霧にぬれて / 洋画


●原題:La maison sous les arbres
●監督:ルネ・クレマン
●出演:フェイ・ダナウェイ、フランク・ランジェラ、バーバラ・パーキンス、モーリス・ロネ、カレン・ブラック 他
●ある理由からパリで暮らすアメリカ人の夫婦ジルとフィリップ。パリに越してきて以来、夫婦の間には微妙な溝ができ、そのためか妻のジルは記憶障害に悩まされていた。夫フィリップはもとは優秀な科学者であったが、いまは作家として細々と収入を得ていた。そんなある日、彼らの幼い息子と娘が謎の失踪を遂げるのだった・・・。



1970年代の哀愁漂う"ムードミュージック"にどっぷり浸らせていただけるジルベ-ル・ベコーに乾杯。セーヌ川をゆくボートに頼りなく身を預けるフェイ・ダナウェイのなんとも儚げな美しさが印象的なオープニングです。

「子供誘拐サスペンス」とは聞いていたものの、きっちり犯人を追い詰める追走劇というわけではなく、どちらかというと、愛情は残っているのに夫婦としての関係に影が差している不安定な関係の2人の「心情サスペンス」といった方がよさそうです。誘拐や犯人追及自体にそれほど緊張感がないため『太陽がいっぱい』のクレマン監督作品として考えると、少し期待外れな気もします。


しかしながら、一方で精神的不安定から記憶障害を抱えるフェイ・ダナウェイのじわじわ広がっていく絶望感や、上の娘が向けるどこか悲しげな視線、サーカスの揺れる空中ブランコなど、いくつかの印象的なシーンが後々思い返すと不思議な余韻を残す作品に仕上げているのかもしれません。





またこの映画、物語の肝となる「誘拐事件」が、こちらの期待を知ってか知らずかなかなか起こらないんです。幼い子供が楽しそうにはしゃいで走り回ったり、繋いだ手をするりと離して駆け出していくシーンがくる度「今、誘拐されるのか!?」「いやここか!?」なんて、体の血がスーッと引いて冷たく感じるような軽い目眩がしました。それはとても繊細で、微妙な具合に張り詰める独特の空気感に感じられ、ある意味女性的な生理を持つ映画だなぁ・・・と感心させられました。

誘拐犯やジルの記憶障害についての説明が十分ではないため、一から十まで全ての謎を解決しないと気がすまない!という方にはあまり向かない“曖昧”な作風ではあります。確かに大傑作とは言えないかもしれませんが、肌寒い雨が降り続くような日に、なんとなく力を抜いて眺めてみるのにピッタリな、そんな映画かもしれません。




【memo】
原題「La maison sous les arbres」(=「The house under the trees」)が
   「la maison sons les arbres」(=「The house sounds the trees」)と記載されている誤データも多数あり。意味がまったく違いますよね。

また、原作者アーサー・カバノーの訃報時のニュースには「"THE DEADLY TRAP"の"Arthur Cavanaugh"」と記載されているため、英語圏でのタイトルはこちらだったのかも。インパクト重視の流通時の力技かな?再販時には「DEATH SCREAM」なので、もうどんな映画なのか原型を留めておらず悲しい限り。
イタリア版は「Unico indizio: una sciarpa gialla」(=「唯一の手がかり:黄色いマフラー」)。そのまんまだ(笑)!


パリは霧にぬれて@映画生活



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  2010/04/23 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

「映画バトン」をやってみました

   ↑  2010/04/20 (火)  カテゴリー: 映画いろいろ・・・
風邪をひいてしまいました。
最近、暑くてTシャツで気楽にしていたかと思えば、突然雪が降ってダウンジャケット出してみたり・・・と気温差が激しすぎて、ついに体調もダウン。いけませんねぇ。皆さんもどうぞお気をつけくださいね。

で、鼻がつまって映画を観るのが億劫になり(笑)時間が空いたので、初めての「映画バトン」です。客観的に自分の映画観がわかったりして意外と面白かったです。もし挑戦される方がいらっしゃいましたら、是非どうぞお持ち帰りくださいね




映画バトン

Q1 あなたのお気に入りの映画は何?
A1 『ONCEダブリンの街角で』『バニラ・スカイ』『ミッション:8ミニッツ』 『リンカーン弁護士』『オーロラの彼方へ』その時々で変わるかな
Q2 涙なくして見れない映画は何ですか?
A2 最近では『永遠のこどもたち』のラストに、怖いやら悲しいやらでもう涙ボロボロでした。。。。
Q3 映画館での食べ物と言えば?
A3 イメージとしては「ポップコーン」ですが、私は映画館の中ではあまりものを食べないんですよねぇ
Q4 映画館で座るなら、どのあたりの席がいい?
A4 スクリーンと視線の高さが同じになるくらいの場所をいつも探します
Q5 邦画派?それとも洋画派?
A5 こだわりが本当にまったくない「雑食系」です
Q6 パンフレットは買う?
A6 専門店で探すのが好きです。名作映画の当時の古~いパンフが見られたりして何だかワクワクします
Q7 映画は映画館?ホームシアター?
A7 できれば映画館。無理ならホームシアター。公民館でも視聴覚室でも野外でも、映画が観られる場所ならどこでも嬉しくなります
Q8 映画でこれだけは無理というジャンルは?
A8 無意味に血みどろ・残虐・身体的惨たらしさ満載の映画は、自らすすんでは観ないですね・・・
Q9 自分が登場できるとしたら、どの映画に出てみたい?
A9 マーク・ラファロのそばに立てるなら、人間じゃない役でも喜んで引き受けます~!
Q10 どんな役で出たいですか?
A10 仏頂面でジャック・バウワーに衛星画像を内緒で転送する役がいいなー
Q11 好きな台詞、もしくは実際に言った事がある台詞は?
A11 「ふたつでじゅうぶんですよ」
Q12 映画化したい本はある?
A12 パトリシア・コーンウェルの「検屍官」。頑張って映画化に漕ぎ着けててほしいです
Q13 もし、なれるなら、監督?俳優(女優)?・・・どちらになりたい?
A13 女優さん。自分の知らない自分を演じてみたい。気がする
Q14 好きな映画を最高何回まで観たことありますか?
A14 たぶん100回以上かな
Q15 アカデミー賞をあげたい俳優、または映画は?
A15 クリストファー・リーヴ。天国の彼に届けたいです

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  2010/04/20 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『ジュリア』 (1977/アメリカ)

   ↑  2010/04/16 (金)  カテゴリー: サスペンス、ミステリー




ジュリア [ ジェーン・フォンダ ]


●原題:JULIA
●監督:フレッド・ジンネマン
●出演:ジェーン・フォンダ、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ジェイソン・ロバーズ、マクシミリアン・シェル、ハル・ホルブルック、メリル・ストリープ 他
●劇作家リリアン・ヘルマンによる小説「ジュリア」(原題「ペンティメント」)を、フレッド・ジンネマン監督が映画化。第2次大戦直前の混乱期、作家としてアメリカで成功を収めつつあったリリアンは、親友ジュリアから反ナチス運動資金を届けるため厳戒体制下のベルリンを訪れるよう密かに連絡を受ける・・・。1977年のアカデミー賞で10部門ノミネート、3部門受賞した。




主演は政治活動色が非常に強い「イメージ先行型」の英米代表女優さんの揃い踏みというわけで、鑑賞するにもかなり気後れしたのですが・・・・やっぱり怖いもの見たさも手伝って(恐る恐る)鑑賞してみました。

巨匠ジンネマン監督はもとより、脇を固める俳優陣が個々に素晴らしく、また中盤のパリからモスクワに向かう列車移動におけるサスペンスフルな展開にはクラクラと目眩するほど見入ってしまいました。ただ、映画作品全体としては、地となるストーリーそのものに中途半端な感が否めず、また主人公(原作者)が「ジュリア」に比べてさほど魅力的に描かれていないためか、全体的にはどこか緩慢なイメージすら持ちました。ですがともかく、ユダヤ人であるリリアンが予定を急遽変更して列車でベルリンに入る展開だけは、ダントツズバ抜けた緊張感が漲っていますので、これだけでも観る価値はあったというもの。

プラス、この映画はメリル・ストリープのスクリーンデビュー作でもあるんですね。ほんのわずかな出演時間ですが、若くありながらも上流社会独特の気だるい色香で貫禄ある演技を見せてくれますので、見所は充分です。




・・・と、ここまでは鑑賞当日に「下書き」として残しておいたものなのですが、それから数日、この映画についてちょっとぼんやり考えていました。

余談ですが、私は映画を観るときは極力1人でいられるようにしています。人生のほほんと過ごしている私ですが、こと映画に関しては、友人や元恋人や元オットだった人でもなるべく同伴しないようにしていました。鑑賞後、すぐにペラペラと作品について話したり、わからなかった点を安易に口にするのが本当にダメなんです。ゆっくりと時間をかけて、映画の中を漂ったまま、自分の中で噛み砕いたり味わったりしながら作品を理解していくことが最高に贅沢な時間だと思っているからです。なので「あれってどーゆーことぉ?意味わかんなーい」なんて映画館を出ながら発するなんてもう、口が裂けてもできません。自分で考えてからにしろー!って思います(笑)

閑話休題。


で、しばらく一人で考えていたんですね。実はこの映画、アカデミー賞での評価も高く世間では「2人の女性の友情に泣いた」という絶賛の声が圧倒的に多いにもかかわらず、なぜか私は「絶賛」できなかった。あぁ私の感性はズレているんだろうか?冷たいんだろうか?枯れているんだろうか!?一体何が、私の中で引っかかってしまったのだろうか?と、少ししょんぼりしながら考えていました。


この映画の原作、リリアン・ヘルマンの「ジュリア」は、作者の回想録という形をとって出版されていますが、実はフィクションなのではないか?という説が根強くあります。というのも、ヘルマンの「友人ジュリア」以外の人物はすべて実在し史実通りであるにもかかわらず「ジュリア」についての情報は明らかなものがなく、さらに「ジュリア」とまったく同じ境遇でナチス時代ウィーンで地下活動をしていたミュリエル・ガーディナーという人が別に実在しているからなんですね。しかも彼女は「私がジュリアのモデルである」と公言し、回想録まで出版しているのです。

暗号名はメアリ―ナチス時代のウィーン


つまり、ヘルマンは自分の人生の中に「ジュリア」という架空の人物を置くというスタイルで自伝を執筆したのではないか、ということなのです。これはこれで非常に興味深く面白い手法だとは思うのです。が、しかし、なぜか、私の中で黄色信号を点すものがこの先にあったようなのです・・・


これはあくまでも映画の中の描写ですが、リリアン・ヘルマンは長く同棲していた著名な作家ダシール・ハメットに精神的に支えられながら戯曲作家として成功をおさめる一方、短気で怒りっぽく、状況把握するにも鈍いところがあり、彼女のとる行動の原点たるものが物語の終盤までどうも掴み難いものがあります。聡明で気高く機知に富み、温かな包容力と行動力のある完璧なまでの女性「ジュリア」が、なぜリリアンと濃密な友人関係であるのか。それを響かせてくれるものを、私はどうも感じ取ることができなかったようなのです。「親友」って何でしょうか?たとえ喧嘩や行き違いがあっても互いに手を差し伸べあい、離れていても絆を深め合い思いやって生きていく。映画の中でのリリアンとジュリアには、そういった時の積み重ねがあまりに薄かったように思うのです。リリアンからの一方的な視点が中心だったからかもしれません。

そして最終的に、それはもしかしたら・・・もともと「友情」を、あるいは「ジュリア」を描くことが目的ではなかったのではないか?と、私は気が付いたのです。

未完の女―リリアン・ヘルマン自伝 (平凡社ライブラリー)


『僕の伝記を書くなんてやめた方がいい。どうせ、それはハメットという名の友人が時々出てくるだけのリリアン・ヘルマンの自伝になるだけのことだろうから』
(リリアン・ヘルマン著「未完の女」より)
ダシール・ハメットが述べたというこの一文に出会った時、私は思わずハッとしてしまいました。もしかしたらこの「ジュリア」という"物語"は、フィクションである友人との友情を描いたものではなく、(一見矛盾するようですが)フィクションを語った上での自分語りのための自分史だったのではないかと思ったからです。



エリア・カザンを軽蔑し、ハリウッドのマッカーシズムに真っ向から対立したヘルマンの強さ。彼女の激しく情熱的な性格は、「ジュリア」をも自らに取り込んでしまうほどの強靭な自己と自信への表れのようにも感じられ、私のような人間からしてみると気後れするほどです。

『油絵は年月を重ねると、時として透明になることがある。すると、最初に描かれた線が見えるようになる。ドレスに透けて見える木。こどもが犬に道を譲り、海からボートが消える。これを”ペンティメント”という。画家の心変わり(リペント)の結果なのだ。年老いた今、私は昔の私にあったもの、そして今あるものを思う』
(映画字幕訳 稲田嵯裕里)
映画のプロローグで呟くように語るこの言葉こそが、「ジュリア」を内に秘め、激動の時代を自らの信条を貫いて生き抜いたリリアン・ヘルマンの本心を総て集約しているのだと思うのです。何しろ「ペンティメント」とは、この回想録を収めた自伝的短編集の原題なのです。

物語の内容が事実かどうかはともかく、「ジュリア」とは、リリアン・ヘルマンという女性の生き様が透けて見えてくる”ペンティメント”を描いた作品なのだと、今の私は解釈しています。

ジュリア@映画生活




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  2010/04/16 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『イラク-狼の谷-』 (2006/トルコ)

   ↑  2010/04/03 (土)  カテゴリー: シリアス、社会派




★【送料無料】 DVD/洋画/イラク -狼の谷-/ATVD-12460


●原題:Kurtlar vadisi - Irak / Valley of the Wolves: Iraq
●監督:セルダル・アカル
●ネジャーティ・シャシュマズ、ビリー・ゼイン、ゲイリー・ビジー、ハッサン・マスード他
●アメリカによるイラク戦争で高まったイスラム圏での反米感情を背景に、本国トルコで人気のドラマを映画化して大ヒットを記録した。イラク北部のクルド人自治地区を舞台に、イラク駐留アメリカ軍の傍若無人に怒りの鉄槌を下す一人の元トルコ諜報員の活躍を描く。



先月書いた『バンテージ・ポイント』(2008/アメリカ)と対にしてupです。




この映画のテーマは「アメリカ、敗北」
予告編の作りが非常にうまいです。普段見慣れているハリウッド映画の「敵味方ポジション」を逆に置き換えてみれば、すごくわかりやすい。

全体的な作りはハリウッド作品のような“洗練さ”には遠く及ばぬものの、独特のコテコテ風味と「アメリカ、トルコ、クルド」の三つ巴ベースが頭にあれば、日本人でもポリティカルアクションとして楽しめるかもしれません。私のトルコ人の知り合いは、興奮気味に「コレが悪いヤツ!こっちが味方!!」と唾を飛ばして説明してくれます(笑)・・・が、上映当時のアメリカでは、そんな余裕はなかったようです。



まず、トルコ人が大興奮しアメリカ人が唖然としたもの・・・それは、極悪人として出てくる「アメリカ人」「ユダヤ人」の配役でしょう。ビリー・ゼインとゲイリー・ビジーが、もう言い訳のできないほど完璧なステレオタイプの超極悪アメリカ人として描かれています。なぜ出たんだ!?というくらい。

ハリウッドの比較的リベラルな俳優たちでさえ、イラクの民間人を虐殺する野蛮人として米国軍を描くトルコのフィルムに、アメリカ人俳優が参加したことにさすがにショックを受けたようです。自由の国アメリカですら、上映禁止&軍関係者は上映している映画館に近づくことも許されなかったというわけですから、その衝撃度は想像の遥か上をいくもの。



「トルコ人がヒーロー」という知識くらいは事前に持っていたのですが、観終わってみると、流石にここまでの描かれ方でよくビリー・ゼイン(私は『ツイン・ピークス』の彼が好きだった・・・)はオファーを受けたもんだなーと思い、彼のインタビューを色々探してみたんです。そのなかの1つ【ニューヨークタイムズ】のレポートによれば
「この映画の【反米】のトーンは苦ではなかった。戦争の惨禍は、世の中に知られるべきだ」「私は平和主義者なので、この映画によって行動を起こした」「私はあらゆる類の戦争に反対しています」と、テレビでのインタビューで彼が答えていた
とのこと。当時のブッシュ政権の対中東政策に猛反発の意を示したということなのでしょう。(NYタイムズ紙といえば、当時イラクの大量破壊兵器問題で誤った記事を載せたことを後になって訂正したり、政府との情報操作問題など後々色々あったところでしたねぇ・・・)




「ビリー・ゼインとゲイリー・ビジー キャリアを大虐殺」(!!)とまでアメリカ国内で非難された一方、『ランボー』シリーズなどの所謂「米国アクション映画」などとこの作品を比較して、「自国が正義!なんていう映画はよくあるじゃないのよ」と擁護する人も勿論いたようです。・・・がしかし、この映画にはもう少し根深い問題があったんですね。

というのも、「トルコはアメリカの同盟国じゃないか!アメリカが昔作った「対ソ連」ものの映画の時とはワケが違うんだぞ!」という点。ここはもう、筋金入りで保守共和党ブッシュ寄りの【ワシントンタイムズ】がきっちり言い放っているんです。
反米主義の波に乗ったこの新しいフィルムは、トルコで記録的な聴衆を引き付けていてエルドアン首相の妻からも承認されている。この映画の中で、ガムをクチャクチャ噛んだ米国軍人は結婚式でイラク人を冷酷に撃ち殺し、他のシーンではアブグレイブ刑務所での事件を連想させる。さらに、ユダヤ人医師はイラク人の囚人の臓器をイスラエルや西欧諸国に売り捌くのである

確かに作品公開当時、トルコの首相夫人は「私はこの映画をとても誇りに思います」と発表しているんですよねぇ。おまけに外務大臣やトルコの議会の議長までもが、この映画のリアリズムを称賛したそうなんです。それはもう、アメリカからしてみれば「いくらなんでもアメリカ大統領夫人や議長までもが、乱暴で人種差別主義の映画を褒めちぎったことなんか一度もないぞ!」といったところなんでしょう。盟国から言われてしまいましたしね。





アラブ・イスラーム世界では異質な存在であり、尚且つ親米寄り立場のトルコが、自国を守るヒーロー映画を作って大ヒットしたのは、素直に国民感情を見事に掬い上げたからです。これまでアメリカが、映画という娯楽の中で見ていた「正義」と「悪」の立ち位置を単純に(といってもその関係は複雑ではありますが)引っ繰り返されただけで、今まで自分たちが平気でやっていたのと同じことされて、上映拒否までしてしまうという大国アメリカの悲しさよ。

誰でも自分のアイデンティティーやコミュニティーを否定される扱いは辛いものです。ちょうど今、日本では『ザ・コーヴ』の問題もありますね。が、それに対してただやたらに感情的に猛反発して拒否するのではなく、他者からの視線が一体どこから発信されているのかを確認してみるのも悪くないのではないのかなぁ、と思うのです。実際それが自分に向けられると意外と難しいものなのですが、でもそれができない限り、突き上げた拳の向かう先を間違えたまま私たちは生きていくことになるのではないかと感じるのです。ここにきてちょうどよい、時代を映し出すリトマス試験紙のような映画だと思います。





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  2010/04/03 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit