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ドラマ『ダメージ』シーズン2 (2009/アメリカ )

   ↑  2010/10/25 (月)  カテゴリー: 海外ドラマ





【DVD】ダメージ シーズン2 VOL.1グレン・クローズ [OPL-7055]


●原題:Damages
●『ダメージ』シーズン2 あらすじ
勝つためには手段を選ばない優秀な弁護士パティ・ヒューズが巨額の賠償金がかかった訴訟を巡って策略を巡らせるリーガルサスペンス。原題のDAMAGESとは「被害、損害賠償額、代価」の意味。
パティのもとに過去の知人であるダニエル(ウィリアム・ハート)が突然助けを求め現れる。大手エネルギー会社の不正をつかみ脅迫されていたダニエル。やがてダニエルの妻が殺され、パティは背後に潜む巨悪に挑んでいく。一方、FBIはパティの違法行為を押さえるべく迫っていた。パティに命を狙われたと信じるエレンはFBIに協力。エレンはパティの破滅と婚約者殺害の黒幕フロビシャーへの復讐に執念を燃やす・・・。



米国ドラマ『ダメージ』シーズン2を、3夜に分けてやっと観終わったところです!疲れた~。シーズン1は、このブログ右端にあります「ひとこと映画&ドラマ鑑賞メモ」という欄にちょこっと書いてはいたのですが、2については「コレは書かねば~(忘れちまう~)」ということで思い切ってコチラに記載。備忘録ですスミマセン。




主演のグレン・クローズに加え、今シリーズでは、なんとオスカー俳優であるウィリアム・ハート(1985年の『蜘蛛女のキス』でアカデミー主演男優賞受賞)と、マーシャ・ゲイ・ハーデン(2000年の『ポロック 2人だけのアトリエ』でアカデミー助演女優賞受賞)の二人が出演ということで、わたくし今回は大いに盛り上がらせていただきました。ドラマの世界でも、こんな大物映画俳優が出るようになったんですねぇ。一昔前では信じられませんねー。


シーズン1では非情で悪辣・卑劣(しかも幼稚)な悪党だったフロビシャー(テッド・ダンソン)が、2ではただのお調子者の小悪党レベルになっとりました。アルティマ・ナショナルの悪事の規模があまりにビッグ過ぎたので、フロビシャーが出てくるたびに「あれ、この人何をやらかしたんだっけ・・・」と忘れそうでした。それに反して、1では、全くこの世のものとは思えないほど恐ろしい女弁護士だと思っていたパティ(グレン・クローズ)が、エレンやFBIに追い詰められる側になったということもあってか、2では人間味大増量でしたねー。



で、エレン(ローズ・バーン)ですよ!
「1」に較べてものすごい激ヤセ。というか激ヤツレ。絶望と復讐を胸に秘めた女を熱演するためかな?と思っていたら「撮影がタイトで痩せてしまった」というインタビューが。常に顔を突き合わせているのがグレン・クローズ様じゃやっぱりキツイのか。


で、必要以上に体重を落としてしまったせいか、瞼の落ち込みも激しすぎてこりゃまるで野際陽子。ま、骨格もあるんでしょうけれどアイメイクがやたら真っ黒に見えました。気のせいでしょうか。いや、違います。私は途中でそれが気になって気になって、エレンのシーンはずっと目元ばっかり観てましたが、意地でもメイク量は落としません!とばかりに、職場シーンでもベッドシーンでも(といってもベッドをごろんごろん転がるくらいだけど)、1より断然濃くなっていました。お疲れメイクですね。しかも、まつ毛のボリュームも半端ないのです。うーん、これは2.5倍くらいは軽いわね・・・!とか感心しながら最後まで観ておりました。あれはどこのマスカラなのだろう・・・




それと、もうついでに書いてしまいますが、女を武器にのし上がる弁護士役にマーシャ・ゲイ・ハーデンをお使いになったようですが、さすがに50代突入ということで残念ながら腰回りにババンと年が出とりまして、セクシー描写は「胸の谷間直し」と「ガーターベルト チラ見せ」のみ(しかも念押しの2回!)というギリギリのライン、これこそがこのシリーズの「頑張ったで賞」に値するのではないかと私は思うのです。熟女になっても知的な色香健在!素敵です。

・・・ウィリアム・ハートの声をあてた大杉漣については、何も言いますまい。

まったく筋と違うところばかりに気をとられていた私ですが、今年中には3も観ようと思っております。薄唇パティVS半眼エレンの闘い!
さぁ頑張って観るぞー




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  2010/10/25 | Comment (1) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『心のともしび』 (1954/アメリカ)

   ↑  2010/10/20 (水)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ



【映画パンフレト】心のともしび
●原題:MAGNIFICENT OBSESSION
●監督:ダグラス・サーク
●出演:ロック・ハドソン、ジェーン・ワイマン、バーバラ・ラッシュ、オットー・クルーガー、アグネス・ムーアヘッド 他
●競争用のボートを転覆させ、近くに住む医師の救命器のおかげで一命をとりとめた裕福な道楽息子のボブ・メリック。だが、救命器を彼に貸したため、そのとき発作を起こした医師は帰らぬ人となってしまう。ボブはそれを知って医師の妻ヘレンに金を渡すが、彼女はそれを受けとらない。良心の呵責を覚えたボブはヘレンに付きまとい、それがもとで彼女は事故のため失明してしまうのだった。



古き良き時代の、美しい部分に触れたような心安らかな思いを抱かせてくれる映画・・・ダグラス・サーク監督作品に初めて出会った時の感想がこれでした。

怒りや憎しみの感情というのは誰でも簡単に発しやすいものですが、それを持続させるには意外なほどマイナスの労力がかかり、それによって疲れ苦しんでいくのは結局自分自身だったりします。事態が複雑になればなるほど、多くの人間を巻き込んでいくことになりますし、物事をシンプルに見つめる判断力というのもいつの間にか自分で遠ざけてしまうのかもしれません。ですから、実は許すという行為は他人に向けたものではなく、自分自身を救い護る手段の1つなのだろうと今の私は思っています。ま、「憎み怨んでいくのがワタクシの生きがいなんです!!」という人には何も言えませんけれど(笑)。

しかしながら。
人は"暗黒面"に堕ちやすい弱い生き物であり、かく言う私も地獄の底まで突き落として八つ裂きにでもしてやりたいほど許せないでいる人間がいることはいるので(笑)、その人間だけに対しては「許す」などというカード自体、今のところ持ち合わせていなかったりします。スミマセン


そのせいなのか、この映画の、特にロック・ハドソン演じるボブ・メリックの独り善がりから起こした偽善行為が本人をも苦しめ、そしてそこから更正していこうとする姿などは、かなりメロドラマチックで現実味が薄いようなものに見えるのですが・・・。それでも、"許そう"とする側と"許されよう"とする側が共に苦難を克服しようと努める姿勢(しかも、それが愛情へと変わっていく!)というのには、やはり善が成し遂げる力強さに人間はもともと弱いのか、こんな私でも素直に惹きつけられるものがありました。



ジェーン・ワイマンの人間味あふれる温かで真っ直ぐなキャラクターは、時に清らかな聖女のようであり、またプレイボーイで無責任男だったロック・ハドソンが償いのために生きていこうとする姿など、この映画の底辺に流れているテーマ ―人間の持つ罪悪感、献身、自己犠牲、贖いなど― が、私にはとても道徳的で宗教的に映ったのです。それで少し調べてみたところ、原作部分で大きく関与している小説の作者というのは、有名なベストセラー作家であり、彼の父親も、そして彼自身も牧師であるLloyd Cassel Douglas(ロイド・C・ダグラス)という人物でした。そうか、牧師さまでありましたか、なるほど納得の内容です。




【DVD】ダグラス・サーク コレクション DVD-BOX 1
ダグラス・サーク コレクション DVD-BOX 1 (僕の彼女はどこ?/心のともしび/天の許し給うものすべて) [初回限定生産]
ゴダール、ファスビンダー、カウリスマキほか錚々たる映画監督たちから絶大なリスペクトを受けるメロドラマの巨匠、ダグラス・サーク監督による傑作3タイトル『僕の彼女はどこ?』『心のともしび』『天の許し給うものすべて』を収録。

心のともしび@映画生活




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  2010/10/20 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『原始獣レプティリカス/冷凍狂獣の惨殺』 (1961/デンマーク、アメリカ)

   ↑  2010/10/19 (火)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣




原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺 Reptilicus[DVD]


●原題:REPTILICUS
●監督:シドニー・ピンク、ポール・バング
●出演:カール・オットセン、アン・スミルナー、ミミ・ハインリッヒ 他
●ツンドラ地帯の鉱山で採掘作業中に、地中から巨大な動物の体の一部が発見された。科学者が調べた結果、爬虫類と哺乳類の中間の進化段階にある古代生物とわかり、「レプティリカス(Reptilicus)」と命名される。肉片はデンマークに運ばれ培養液に入れられるが、強力な再生能力を持っていたので短時間に巨大怪獣になり、人間を襲って海に姿を消してしまうのだが・・・。



Amazonの【はなまるこさんへのおすすめ商品】に入っていました。
そうなんです!私コレ、テレビ東京深夜枠のB級映画を観るのが大好きだった時期がありまして、めちゃくちゃお気に入りの作品、思い出の一作だったんです。Amazonさん、方向間違ってないです。寧ろドンピシャです。私のAmazon閲覧履歴はこんなもんです、えぇ。

ガォー!!!


舞台はデンマークのコペンハーゲン。国力宣伝映画なのかと思うほど、本物の陸海空軍が駆逐艦やら戦車やらを出して撮影に全面協力。更に1000人近いエキスラの市民が本気を出して大活躍!これはちょっと放っておけないぞ~という、アツイものが込み上げてくる感じが私の"映画好き魂"に火をつけたのでした。


逃げるぞぉ~

怪獣映画について全く詳しくはないのですが、誰の目から見てもこの作りはチープなんでしょう。でもギッコンギッコン、一生懸命動くんですよ。家の中にいるオジサンをパクーっと食べたりとかもう大笑いなんですが、流れ的には市民の皆さん本気ですので「いやぁコワイですねぇ、恐ろしいですねぇ」と相槌を打ちながらこちらも一生懸命観るわけなんです。一体感というんでしょうかね、いつの間にか愛着がわいてしまっているんですね。↑この橋の上で逃げ惑う市民の皆さんなんか、ホント素晴らしい!名シーンの1つであります。


といわけで、今日はちょっと心温まる映画のご紹介でありました(個人的に)。
もしご存知の方がいらっしゃいましたら嬉しいです(笑)。






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  2010/10/19 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『永遠(とわ)の語らい』 (2003/ポルトガル、フランス、イタリア) ※本文末、ラストシーンに触れています!!

   ↑  2010/10/11 (月)  カテゴリー: シリアス、社会派
8月鑑賞映画memo 第10弾(最終)『永遠の語らい』

 【DVD】永遠(とわ)の語らい
●原題:UM FILME FALADO / UN FILM PARLE[仏] / A TALKING PICTURE[英]
●監督:マノエル・デ・オリヴェイラ
●出演:レオノール・シルヴェイラ、フィリッパ・ド・アルメイダ、ジョン・マルコヴィッチ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ステファニア・サンドレッリ、イレーネ・パパス 他
●2001年7月、7才の少女マリア=ジョアナは母親のローザ=マリアと一緒に、インドのボンベイにいるパイロットの父親に会うために地中海をめぐる船旅に出発した。歴史の教授であるローザ=マリアは、これまで本の中でしか知らなかった人類の歴史をその目で確かめるために・・・。



これは、西欧文明から世界を垣間見た映画。

神話とキリスト教の世界観を表すかのように、大航海時代の如く物語はポルトガルの港をゆったりと出港するところから始まる。





第一幕は過去との対話が丁寧に重ねられていく。


自由・平等・友愛のもとに革命を起したマルセイユ。オデュッセウスの物語で語られるナポリの卵城。噴火によって滅びた古代都市ポンペイ。ギリシャのアクロポリスの丘。キリスト教大聖堂からイスラム教モスクへと転用されたイスタンブールのアヤソフィア。古代文明の最高峰エジプトのピラミッド。遥か幾千年にも渡る西欧歴史の偉大な痕跡は、今や観光地と化して普段着の人々で溢れ返っている。

「伝説ってなぁに?」
「中世って?」
「文明って何のこと?」
「アラブ人って?」
「どうして戦争をするの?」

尽きることのない少女の問いかけに母親が答え、出会った人々がその地の歴史を語る。そこに見えるのは、人類の歴史は文化や宗教、言語の伝播と共に、侵略や略奪が繰り返されてきたということ。

映画『永遠の語らい』アルシネテランサイトへ
母と娘の歴史を訪ねる旅(映画『永遠の語らい』アルシネテランサイトより)
■ポルトガル:ベレンの塔
■フランス:マルセイユ
■イタリア:ナポリの卵城・ベスビオ火山・ポンペイ
■ギリシャ:アクロポリスの丘・パルテノン神殿・エレクティオン神殿・円形劇場
■トルコ:聖ソフィア大聖堂(アヤソフィア寺院)
■エジプト:ピラミッド
■紅海
■イエメン共和国:アデン







第ニ幕は、栄光と現実
世界を牽引してきた国々を代表する華やかな女性たちの対談が各言語で語られる。まるで、輝かしい欧州統合の理想像のように、知的で調和のとれた美しいものを思わせる。

しかし、一見したところ民主主義やヒューマニズム、愛や人生、幸福論を語り合っているように見えるも、実は現実に妥協や折り合いをつけた空虚な主張、机上の論理が並んでいる。彼女達は世界を支配し損ねた国々(フランス、イタリア、ギリシャ)の人々であり、今ここで誇れるものは先人たちの遺物だけだ。言語、演劇、哲学、発明、科学、芸術。


夢のような彼女達の理想論も、現実においては、ギリシャは財政悪化による金融危機がEU全体を揺るがす事態を引き起こし、フランスはかねてより深刻な移民問題に悩まされ、イタリアも依然経済低迷が続き失業率の問題や景気回復に手を打てないでいる。(国際通貨基金(IMF)は2010年9月の調査リポートで、EUで債務水準が維持不能な水準に最も近づいている国として、ギリシャ、イタリア、ポルトガルを挙げている)。ここには、すでに過去の栄光は見る影もない。

さらに、彼女たちをエレガントにもてなす船長(captain)は、世界の超大国であるアメリカ人だ。ここでわざわざ彼を"ポーランド系"と紹介しているところ(ジョークの世界では「ポーリッシュ=知的ではない」と馬鹿にして笑わせる定番)は意図的なのか偶然なのか、私には分からない。移民による米国の歴史を垣間見せたかっただけなのかもしれない。しかし、軍事・経済面より優越性をもって事実上の帝国主義を拡散している「アメリカ」が、ソフトな語り口と優雅な物腰で「フランス」「ギリシャ」「イタリア」を丁重に遇するシーンは、これらのためか滑稽さすら伴う。


そして、かつてはアフリカやインド、南アメリカをも席巻した「ポルトガル」母子を招くも、ポルトガル語は語られることなく排除され、その場は英語でカバーされる。愛するものを持てなかったという、会話の内容が突然トーンダウンするのもどこか象徴的だ。






最終第三幕で語られるのは断絶した世界


「対話」が繰り返されたのは、船がスエズ運河を渡る前のエジプトまで。これ以降、船はアラブ世界へと入っていく。

しかしここからは母子が何を語ったのか、出会う人はあったのか、何を見たのか、ぷつりと途切れ、これまでとどこか様相を異にする。唯一、母親が語ったのは「聖書」に基づく物語であり、イエメンのアデンでは建造物も歴史も語る人々も、そこには存在しない。対話がない世界なのだ。居るのはただ、ブルカを纏った物語らぬアラブ女性の人形のみ。少女は人形を抱きしめる。

そしてこの人形が「アメリカ」からプレゼントされ、物語は急変していく・・・



さて。
この先は、当作品に関してかなりの内容・ネタばれを含んでいます。まだこの作品をご覧になっていない方は映画鑑賞後に読まれることを強く強く強くオススメいたします!以下は、極個人的な見解です。鑑賞後のご参考までにどうぞ。





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  2010/10/11 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『パラダイス・ナウ』 (2005/フランス、ドイツ、オランダ、パレスチナ)

   ↑  2010/10/06 (水)  カテゴリー: シリアス、社会派
映画「パラダイス・ナウ」公式サイトへ


★DVD/洋画/パラダイス・ナウ/ULD-369





イスラエル占領地ナブルス。
ヨルダン川西岸地区の北に位置するそこは、周囲を隔離壁で囲まれ、イスラエル軍の監視下のもと人々は自由に外へ出ることはできない地域。水源もイスラエルにおさえられつつある貧困の中、まるで世界から見放されたように夢も希望も持てず、ロケット弾が飛び交い、銃撃戦の音が鳴り響き、閉塞感と絶望に押し殺されたような町。




この占領下で生まれ育ち、「外」へ出ることも許されず、ただこの現実に耐えて生きてきたパレスチナ青年サイードとハーレドは、ある日自爆攻撃(suicide attack)の遂行者として選ばれます。決行は明日。パレスチナ人組織の指導者らは「価値のある死だ」「英雄になれる」「天国が待っている」と何度も繰り返し、サイードらも「光栄です」と受け入れ、それぞれは静かに最期の夜を迎えるのでした。



この青年たちは、狂信的な人間なのだろうか?と私は幾度も幾度も思うのです。
冷酷無比で、本当に死を恐れず、この自爆攻撃がナブルスの町やパレスチナの人々を救うと心から信じているのだろうか、と。

彼らは心の奥底ではきっと知っているはずなのです。「命」に対して、躊躇もしているはずなのです。しかし、これをジハード(聖戦)だと思い込まなければならない状況下にあることが、彼らを「死」へと一歩進めてしまうのではないかと私は思うのです。


桁外れの軍事力を誇るイスラエル軍に対して、もはや抵抗力を失うほど追い詰められた人間の手に残された最後の力は、自らを武器に憎むべき相手を道連れにした自殺しかないのかもしれません。人間としての尊厳を奪われ、大切な家族を奪われ、生きる希望もない現在(now)なら、せめて天国(paradise)へ行けると信じられなければ、自爆などできはしないでしょう。

巻き込む相手にも大切な家族や友人がいることに想像が及ばぬほど、生き抜く手段をもはや選択できないところまできているというギリギリの現実。初めて自分の存在意義を肯定し、正当化し、神のもとに行けるのだと信じきること・・・それだけが唯一持てる「希望」だとして。




「死ねば天国へ行ける」と喜んでいたハーレドが、決行当日、フェンスを越える際にはぐれてしまったサイードを探して車で町中を走り回り、前日にサイードが知り合った女性スーハを乗車させるシーンがあります。彼女は自爆攻撃の事実を知り、彼を思い止まらせようと懸命に説得します。スーハは「外部」の目を持つ唯一の人間。そんな彼女に対して、絶望感しか知らずに育ったハーレドは初めて生きるという選択肢の力を見たはずです。

「頭の中にしか天国はないのよ!」と言い切るスーハの、ムスリムにとっては恐れるほど強烈な言葉がこのシーンにはあります。ここまで言い切った映画を私はこれまで見たことがありません。このセリフを入れることが、イスラム世界においてどれだけ大きな反響を呼ぶのか、私にはとても想像できません。しかしこの言葉が、自爆攻撃を考える人間たちすべてに向けて叫んでいるかのように私には聞こえてなりませんでした。どうか、生きて欲しいと。どうか、踏みとどまってほしいと。

初めて死なずに"生きる"という道を探す可能性を感じた彼は、そこで初めて自爆攻撃に対する死の恐怖、問題は解決しないという事実を自ら掴み取り、そして全力で生きる道を模索し始めるのです。

その頃。
僅かながらも自爆攻撃に対して疑問を抱いていたサイードは、"処刑"された自分の父親のことを思い返していました。サイードが決断する道とは・・・。
組織の代表に自らの決意を語るサイードの目を、私は忘れられません。





彼らに、生きる道を諦めるなと願うのは酷なのでしょうか。

自爆攻撃は、決して「解決」ではなく「復讐」にしかならないことは明白です。たとえ「復讐」をその手で終えたとしても相手からの抑圧・締め付けは一層強まり、残された者たちの苦しみは果てしなく続くのです。自爆は解決などにはならず、相手に対して更なる攻撃の理由を与えることに繋がるだけなのです。決して、解決にはならないのです。



そして自爆遂行者たちも、二度と家族や母親のもと、愛する人たちのもとに戻ってくることはありません。

イスラム教には有名な伝承で、ムスリムが大切にしている言葉があります。天国は母親の足元にあると。彼らはそんな母親を残して旅立ってしまうのです。

尊い命を巻き添えにしていった彼らの目に、天国は見えたのでしょうか。



●原題:PARADISE NOW /الجنّة الآن‎ 
●監督:ハニ・アブ・アサド
●出演:カイス・ネシフ、アリ・スリマン、ルブナ・アザバル、アメル・レヘル、ヒアム・アッバス 他
●パレスチナの幼馴染みの二人の若者が自爆攻撃に向かう48時間の葛藤と友情を描いた物語。各国で賛否を巡って活発な議論を呼び起こした。パレスチナ映画としては初めてアカデミー外国語映画賞にノミネートされたが、実際に起きた事件の犠牲となった若者の家族が「犠牲者の痛みを無視し、世界にさらなるテロを誘発する」として本作品を抗議、イスラエルの人々による大々的な反対運動が起るなど様々な物議を醸した。監督はパレスチナ人のハニ・アブ・アサド。また、共同プロデューサーの中にはイスラエル人プロデューサーも名を連ねている。なお、撮影は映画の舞台ナブルスにて実際に行われた。映画撮影時より状況はさらにひどくなり、ロケット弾が飛び交い、市民が射撃され、市民の移動の自由もなく、人間としての尊厳が保てない状であるという。「隔離壁を作り続けているイスラエルは"民族浄化(ethnic cleansing)"を行っている」とアサド監督はインタビューで訴えている。



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  2010/10/06 | Comment (1) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit