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『ラブ・アクチュアリー』 (2003/イギリス、アメリカ)

   ↑  2011/06/29 (水)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ


【Blu-ray Disc ブルーレイ】ラブ・アクチュアリーヒュー・グラント [GNXF-1581]


●原題:LOVE ACTUALLY
●監督:リチャード・カーティス
●出演:ヒュー・グラント、リーアム・ニーソン、エマ・トンプソン、アラン・リックマン、コリン・ファース、ローラ・リニー、キーラ・ナイトレイ、ローワン・アトキンソン、ビリー・ボブ・ソーントン、ビル・ナイ、マルティン・マカッチョン 他
●19人の男女が織りなす、9通りの様々な愛の形―
ロンドン、ヒースロー空港。そこは愛する人との再会を喜ぶ笑顔で溢れている。若くして首相に着任したデヴィッド(ヒュー・グラント) 、新しい愛と出会ったばかり。OLのサラ(ローラ・リニー)は、入社以来2年7ヵ月と3日もの間、同僚のデザイナーに片想いをし続けている。長年寄り添う夫婦の妻カレン(エマ・トンプソン)は夫ハリー(アラン・リックマン)に浮気の予感。言葉が通じないが他国の女性に想いをよせる作家ジェイミー(コリン・ファース)。夫の親友に思いを寄せられる花嫁ジュリエット(キーラ・ナイトレイ)・・・。人とのつながりが薄くなったと囁かれてる現代でさえ、見渡すとこの世には愛が満ち溢れている―。 「ノッティングヒルの恋人」のリチャード・カーティス監督が、様々な人間関係の中で生まれた恋愛を一つの大きな愛の物語に紡ぎ上げたラブ・ストーリー。





突然ですが!
私の学生時代の友人Cちゃんが「野菜ソムリエ食のみやこ 鳥取県大使」になりました(祝!)。しかも「ブログを読んでるよ~」とお手紙に書いて送ってくれたのです。Cちゃんは、学生時代にマレーシアとシンガポールを旅した大好きな友人です。夜はHard Rock Cafeで踊りまくりましたねぇ(笑)。

うわぁ♪と嬉しくて、今日はCちゃんの好きな映画、そして私がいつも疲れた時に必ず観る映画をpickupしてみました。


38℃の暑さでグラグラだった自分もこれでリフレッシュだ!!





長い伝統と歴史の中で根付いてきた「個人主義」という国民性で知られるイギリス人は、他人からの干渉を嫌う傾向があるとも言われています。

【イギリス映画】と聞いて私が思い浮かべるのは、この映画にも出演しているエマ・トンプソン主演の『日の名残り』(1993)や『いつか晴れた日に』(1995)など、思いを胸の内に秘めた情熱的な恋や悲恋物語など、どこか日の当たらない「陰」のような気配を纏う作品たちのイメージです。それでも、この『ラブ・アクチュアリー』で展開される"大好きな人を想い求める気持ち"はもちろん万国共通。

フォー・ウェディング [Blu-ray]


ノッティングヒルの恋人 [Blu-ray]


ブリジット・ジョーンズの日記 [Blu-ray]



監督のリチャード・カーティスは、これまでに『フォー・ウェディング』(1994)、『ノッティングヒルの恋人』(1999)、『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)、『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』(2004)など、不器用だけれど愛すべき主人公たちの姿を「映画」という魔法で大いに楽しませてくれるフィルムメーカーです。






想いを伝えられない男性たち

女性と見れば「声をかけない方が失礼!」と言わんばかりに一直線に口説き始めるラティーノに比べれば、『ラブ・アクチュアリー』に登場する男性たちって、なんて控え目なんでしょー。ま、この歯がゆさが【コメディ】にも【シリアス】にも【感動のドラマ】にもなるわけなんですが。



ビル・ナイのパートは、長年の信頼や友情を正直に伝え合おうとするオッサン同士の物語ですが、その他三人の恋物語は、彼らの恋そのものの行方よりも「なんとか思いを伝えよう!」と勇気を振り絞るその健気な姿にジーンときてしまうのです。



人との出会いって、必ず別れがくるものです。
これは悲観的な考えではなくて、たとえ一生を添い遂げるどんなに仲の良い夫婦だとしても、最期は必ず"死"という形でお別れはやってきます。だから、一緒にいられる時間だけでも正直に気持ちを相手に伝えておかないと。恋人でも、友人でも、家族でも、一生隣にいて思いを伝え合える時間なんて、本当に限られているから。自分がどれほど相手を必要としているか。どれほど大切な存在か。「伝えられなかった」という後悔だけはしないように。

ヒュー・グラントのお尻フリフリダンスを観ながら、こんなに優しい気持ちになれるなんて。ね、本当にとってもいい映画です(笑)。






家族を思う女性の愛情

『ラブ・アクチュアリー』では、男女の恋愛は勿論ですが、家族に対する愛情を抱える女性の思いも丁寧に描かれています。


若くてセクシーで小悪魔的魅力で迫ってくる部下に、ついフラフラっときてしまった夫の"浮気心"を見抜いた妻が、混乱した気持ちを鎮めようと1人部屋に入るシーン。また、二年七ヶ月も想い続けた憧れの人といよいよ!という時に鳴る携帯電話・・・恋を進められないもどかしさと遣り切れなさ。

この二人が泣くまいとして、崩れかけていく感情を必死に押し止めようとする姿には胸が詰まります。彼女たちの行動を「犠牲」ととるのか、守るべき者たちへの「愛情」ととるのか。

大切なものは自分ひとりだけの気持ちではなく、自分自身が与えられる愛情を決して捨て去ることのない姿勢。理由はそれぞれ異なりますが、家族への愛情を失うまいと理性を保って冷静に行動する彼女たち二人の"大人の姿勢"は学ぶべきところが多いと思うのです。守る愛情と、受け取る愛情。私だったら・・・・そんなことも考えてしまいます。






惹かれ合う気持ちと、恋の始まり

実は、この二つのエピソードを見ていてちょっと面白いなぁと思ったことがありました。
【言葉の存在感】です。


一緒に過ごす撮影時間(たとえ裸であろうとも笑)、映画の代役を務めるジュディとジョンは、とにかく時間を埋めるかのように語り通すことで互いの距離をどんどん縮めていきました。

ところが、それとは対照的に英国人で作家のジェイミーとメイドのオレーリアは、英語とポルトガル語という言葉の壁があって意思の疎通が簡単には図れないんですね。

それでも、共通しているのは「相手のことを知りたい!伝えたい!」という強い気持ち。
それがラフなお喋りであろうと意味不明のボディランゲージであろうと、あなたのことを知りたい、自分の気持ちを伝えたい、という思いが恋の引力を起こしていくのです。


それは「同じ言語を持つ二人なら話が通じる」といった簡単なことではなく。

そう、相手が言っていることに興味もなければ、理解しようとする努力もないままの二人だとしたら、きっと同じ言語であっても異世界の者同士のように、気持ちの通じない血の通わない関係になってしまうことでしょう。言葉は結局ツールでしかなく、大切なのは「伝えたい」という熱意なのですから。そして、言葉というツールを最大限の武器にすることで、感情の摩擦は少なくなるものだと私は思っています(←私の偏った経験から笑)。






『Love Actually』――愛は実際のところ・・・

『ラブ・アクチュアリー』のオープニングとエンディングを飾る、空港の到着ロビーに溢れる人々の笑顔がそれを証明してくれています。恋人、親子、夫婦、友人たちを抱きしめる姿がそこにはあります。


世の中に嫌気がさしたら、ぼくはヒースロー空港の到着ゲートを思い描く。

"世界は憎しみと欲だけだ"と人は言うけれど
でも、そうだろうか?僕はそうは思わない。
至るところに"愛"が溢れていると思う。

"愛"は目立たないし、ニュース性もないけれど、いつでもそこにある。
父と子、母と子、夫と妻、恋人同士、懐かしい友人たちの間に。

"9月11日"の起こったあの日、犠牲者がかけた電話も
"憎しみ"や"恨み"はなく、愛のメッセージだった。

Love actually is all around ―愛は実際のところ、この世に満ち溢れている。






ちょっと疲れた気分の時にゆっくりこの映画を観みると、気分がすっと救われます。
今年の夏も、パワーをもらって乗り切るぞー。

Cちゃん、大使就任おめでとう!ますますのご活躍を、心よりお祈り申し上げます。
これからも美味しい食材、素敵な食事、良い映画に、お互いいっぱい出会えますように!



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  2011/06/29 | Comment (1) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『ボンボン』 (2004/アルゼンチン)

   ↑  2011/06/24 (金)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ






【送料無料】ボンボン/フアン・ビジェガス[DVD]


●原題:El perro / BOMBÓN - EL PERRO / Bombon:The Dog(英題)
●監督、原案、脚本:カルロス・ソリン
●出演:ファン・ビジェガス、ワルテル・ドナード、ミコル・エステヴエス、キタ・カ、クラウディーナ・ファッツィーニ 他
●ビジェガスは長年勤めたガソリンスタンドをクビになってしまった。彼は手作りのナイフを売って何とか生計を立てようとするがうまくいかない。そんな時、車が壊れて対応上している女性を助けたお礼にと、半ば強引に大きな白い犬、ボンボンを貰うことになってしまった。このボンボンがきっかけとなり、出会いが出会いを生み、話は転がっていくことに・・・。




―― 人類がアフリカを出て、世界に拡散したその最果ての地が パタゴニアだ ――
 「嵐の大地パタゴニア」関野吉晴 著 (小峰書店)より


パタゴニアとは、南アメリカ大陸の南緯40度付近を流れるコロラド川以南の地域の総称で、アルゼンチンとチリにまたがるエリアのことを言います。アルゼンチン側はパンパ(大草原地帯)が広がり、年間を通して強い風が吹きつける気候が特徴です。

思えば・・・『母をたずねて三千里』は、マルコ少年がイタリアはジェノバの港から、出稼ぎに出た愛する母親を捜し求めてブエノス・アイレスへ旅する物語でした。そう、アルゼンチンは20世紀半ばまで世界有数の富裕国だったのです。

しかし、1960年代以降は政変やクーデターが頻発、1982年には英国との間にフォークランド(マルビーナス)紛争、1988年~89年にかけては歴史的なハイパーインフレを経験、2001年末には巨額の公的債務を抱え経済危機に陥り、各地で死者を出す暴動を起こすまでの事態となりました。経済的信用度を落としたアルゼンチンはその後、失業率の高さや貧困の問題を抱えながらも、現在では経済活動の復活・成長へと繋げ、徐々に持ち直してきているようです。

今回のアルゼンチン映画『ボンボン』は、こういった経済的背景を持ちながら、強い風に吹き付けられて遥か高くに真っ白な雲を浮かべる広大なパタゴニアの空の下、失業してしまった素朴で慎ましい主人公のおじさんと、偶然出会ったある一匹の犬とが織り成す静かで優しい物語です。


※この映画に登場する"Bombon"は、正式名称:ドゴ・アルヘンティーノ(Dogo Argentino)というアルゼンチン原産の猟犬です。とても珍しい犬種で日本には数十頭しかいないそうです。闘犬として存在したこともある強くてプライドの高い犬なので、本当はビジェガスおじさんのような"初心者"ではとても手に負えないはずなのですが・・・ココが少しポイントだったりします(笑)。






実はこの映画、ほとんどがプロの役者ではなく、演技などしたことのない素人の方を起用しているのだそうです(観終わってから知った!)。恥ずかしがり屋でどこかお人よし、素朴な表情がとてもとても印象的だった主人公のビジェガスは、普段はガレージで20年間まじめに働くごく普通のおじさんだったわけです。ボンボンの調教を買って出てくれる巨体で元気なワルテルも、なんと普段はアニマル・コーディネーターとのこと。←俳優としか思えないあの堂々たる演技は一体・・・!?(笑)

日本版公式ページが既に閉鎖されていたため、カルロス・ソリン監督のインタビュー記事をコチラで少し読んでみました(【Austin Film Society】BOMBÓN: EL PERRO -Program Notes)。

「リアリティは、フィクションの中に絶えず入り込んでくる」と言うソリン監督は、混沌としたものであってもそれ以上に予期せぬ素晴らしい瞬間を切り取ることが出来る!という確信を持って撮影されていたそうです。新たなロケーションが、たとえ本来のスクリプトから大きくかけ離れてしまったとしても、偶然思いがけないものを映画にもたらしてくれるのだと。



ビジェガスが不安そうな表情を見せたり、ホッとしたり、動揺して指先が少し震えたり、微笑みがこぼれたり・・・そういった「演技」は、確かに映画の中のお話ではあるけれども、それは20年間ガレージで働いてきた真面目なファン・ビジェガスさんというその人自身が、実際に目にした世界の中で体験したリアルな感情そのままだったということなのでしょう。これって、まるである種のドキュメンタリーのようでもありますよね!まさに映画の奇跡、です。





『ボンボン』は、いわゆる【動物映画】のような"イヌと人間の心の交流"のようなものを描いたものではありません。ワンちゃんのブサ可愛い表情を捉えてみせたり、小首をかしげる決めポーズを披露したり、人間と犬が抱き合って喜ぶ感動のシーンがあるわけでもありません。動物と人間の距離はあくまで淡々としたものであり、必要以上のベタベタとした擬人的感情表現をボンボンに求めた映画でもありません。ですので「犬の人との感動物語」を期待していると肩透かしを食らうこと必至でしょう!

過去において「経済的負け組」となってしまったアルゼンチンを舞台とし、更にそのような状況から生まれたビジェガスのように決して豊かではない一般的な人々を映し出すこと、また、そういった映画をアルゼンチンで作ることが、きっとこの映画にとって大切であったのだと、そんな風に私は感じました。

ソリン監督は先のインタビューでも「裕福で魅力的な家族を撮ることなどには一切の興味がない」と断言されています。世界から切り離されたような場所で貧困や失業に直面した人々はアイデンティティを失いがちであり、そういった心の荒廃は、経済的なものよりもずっと深刻なのだ、とも。


だからこそ・・・
たった一匹の犬との出会いによって、これまでに経験したことのない新しい世界が主人公の目の前に広がっていく解放感や、人生において「希望」を見出せることの喜び、人との出会いによって心が浮き立つほど軽やかになる幸福感――こういったもの全てがどんなに素晴らしいものか。この作品を【アルゼンチン映画】として観ることのできる最大の醍醐味なのかもしれません。強い風だけが吹き抜けていくパタゴニアの地で、特別でもない平凡な人生の中にも、こんなに素敵な出会いや喜び、笑顔が生まれるのだということを。

もちろん、ビジェガスが次々と人々に出会い、ボンボンとともに新世界に飛び込んでいくというストーリーは、アルゼンチンから遠く離れた日本人の私の心をも軽くしてくれました。ビュービューと強い風が吹き荒び、人の影が見当たらない真っ直ぐに伸びる道を車でひた走る映像からは、普段見ることのできない、感じることのできないものを私に運んできてくれました。

爽やかな音楽が心に沁みる(因みに音楽の担当はソリン監督の息子ニコラス・ソリン)「感動のラスト」はもうズレズレなのですが(笑)、それもこの後へと繋がる大きな「希望」でもあり、本当に映画映画していない実に現実的でいい作品だったなぁと、思わず一人で笑ってしまうものでした。





そして、もう一つ。

私はこの映画を観ている最中、初見であるにもかかわらず、何故かずっと既視感のようなものを覚えていました。どうしてかなどうしてかな・・・・と思っていたのですが、カルロス・ソリン監督のフィルモグラフィーを見た時に、やっと答えが分かりました。



『エバースマイル、ニュージャージー』(1989/アルゼンチン、イギリス) 原題:EVERSMILE NEW JERSEY

ずっと以前にたった一度だけ観た、ダニエル・デイ=ルイス主演の作品の風景でした。
果てしなく広がるパタゴニアの空の下、"天使"を乗せて疾走するバイクの後ろ姿・・・。
あぁ、やっぱり映画の風景って、ずっとずっと忘れないものなのですね。


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  2011/06/24 | Comment (1) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『サン・ジャックへの道』 (2005/フランス)

   ↑  2011/06/19 (日)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ





 【DVD】サン・ジャックへの道
●原題:SAINT-JACQUES... LA MECQUE
●監督、脚本:コリーヌ・セロー
●出演:ミュリエル・ロバン、アルチュス・ドゥ・パンゲルン、ジャン=ピエール・ダルッサン、マリー・ビュネル、パスカル・レジティミュス、エマン・サイディ、ニコラ・カザレ、マリー・クレメール、フロール・ヴァニエ=モロー 他
●亡き母親の遺産を相続するため、1500kmもの巡礼路を一緒に歩くことになった険悪な3兄弟。ほかにも失読症を直して大好きな母親に喜んでもらいたい少年や、ワケありな女性など個性的な面々が同行することになるのだが・・・。




スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂。
世界遺産を紹介する番組などでよく目にするものですね。

ここで有名な「ボタフメイロ」の儀式とは、ミサの最中に大きな香炉(50kgほどある!)が振り子のように大聖堂内を行き来するというものですが、もともとは長期間歩き続けた巡礼者たちの臭気消しの意味があったそうです。フランスとの国境のピレネー山脈からの距離だけでも800~900Kmもあるといいますから、昔の人々はこの映画のようにツアーが組まれるような現在と違って、随分と苦労して歩き続けたことでしょう。

(財)和歌山社会経済研究所 世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」とは
【(財)和歌山社会経済研究所サイト】より 世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」とは

聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)や巡礼路についての詳しい解説は、ぜひ上記リンクの【(財)和歌山社会経済研究所】さんのサイトなどをご覧ください。因みに、この映画での出発地点はフランスの「ル・ピュイ」からです。これらの歴史街道は、日本の熊野古道とも姉妹道提携が結ばれているそうです。余計なものを背負わず前進し、自分と向き合う心を持つ時間(監督のインタビューによると"自分探しの時間")は、きっとどの国の人々においても共通するものなのかもしれませんね。





で。これほど「キリスト教」とか「聖地」などの単語が出てくる舞台設定にもかかわらず、『サン・ジャックへの道』の登場人物たちは、自分たちの生活や人間関係にいっぱいいっぱいで誰一人としてキリスト教への信仰心を抱いていないところがまず面白いんですね。神様がどうだとか、宗教がこうだとかという話もほとんど出てきません。何しろ、唯一「神様」を心の拠り所にしている登場人物は、イスラム教の聖地メッカへ行ける!と勘違いしてついてきてしまったムスリムの少年、ラムジーだけなのですからエラく皮肉な話なのです(笑)。

また、特にフランスは"宗教色"を出さない教育を強く推進していますので、教職の女性クララと失読症のラムジーとの交流や、(一応)クリスチャンのカミーユとムスリムのサイッドとの恋物語など、宗教色などものともせずに心を通わせていくこの何気ない小さなストーリーが私は大好きでした。本来ならば寛容であるべき"宗教"に携わる聖職者たちを、この映画においては排他的で差別的、融通の利かない都合勝手な解釈をする存在として描かれているのも制作者側の深い思い、願い、風刺の姿勢を感じ取ることが出来て面白いところです。



そうそう!
『サン・ジャックへの道』の原題は「SAINT-JACQUES... LA MECQUE」(サン・ジャック...メッカ)なのですが、映画のポスターなどに使われているデザインをよくご覧ください。


↑本国のオリジナルでは、タイトル文字にキリスト教の【十字架】とイスラム教の【月と星】が描かれているのですが・・・・


↑日本版のデザインのフランス語原題部分では、なんとイスラム教のマークがなくなっているのです!これは残念だ~!!なんとなく小さな☆らしきものはデザインされてはいるんですけれどね・・・・「月と星」はただのおしゃれデザインではないのになぁ。

本当に何気ない部分ではあるのですが、オリジナル版の心意気をそのまま使用してほしかったなぁと強く思います。





さて。巡礼に参加する8人とツアーガイドのギイ、合計9人によって繰り広げられる2か月の旅の中、私が最も好きだったのは、ガンの治療で頭髪がなくスカーフを巻いた女性マチルドでした。

マチルドは最初、何も持たず気ままで人当たりの良いクロードとの交流に心を開いていきますが、彼がアルコール漬けの自堕落さを改めないところなどを途中でキッパリと見限ってしまうのです。その後、彼女が親しくなったのは・・・女性の賢明なる選択として理解のできる人物でした(笑)。私は、フランス映画のこういった潔さにいつも好感を持ってしまうのです。

この映画は、実験的、幻想的な夢のシーンを途中挟んだり、ひたすら一本道が続いていく巡礼路の風や美しい風景を爽やかに映し込んだり、或いはツアー参加者どうしの対立や心の交流など"映画的"(やや大仰だったり感傷的だったり)に描いていくのですが、それとは対照的なマチルドの存在や選択だけは妙に生々しく感じられました。フランス映画の素っ気なさとリアルさが私は大好きです。もちろん"映画的"なハッピーエンドもステキでしたが・・・。





重い荷物を背負い、迷路のように感じながら過ごしている日常は、本当は巡礼路のような一本道をひたすらにひたすらにずっと歩み続けているだけなのかもしれません。自分の足で歩いていれば、そのうち力もついてくることでしょう。周りの風景が見えてくるかもしれません。悲しみの時に誰かが手を差し伸べてくれる温もりに気づくかもしれません。人生の思いがけない喜びをこの映画は見せてくれました。もう少し、私も歩くことを諦めずにやっていこうかな、なんて思えるちょっとオトナの映画でした。歩き続けていればこんな素敵な映画にも出会えるんですもんね。

サン・ジャックへの道@映画生活



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  2011/06/19 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『グエムル -漢江の怪物-』 (2006/韓国)

   ↑  2011/06/15 (水)  カテゴリー: SF、宇宙、怪獣





グエムル-漢江の怪物- スタンダード・エディション


●原題:괴물 / THE HOST(英題)
●監督:ポン・ジュノ
●出演:ソン・ガンホ、ピョン・ヒボン、パク・ヘイル、ペ・ドゥナ、コ・アソン 他
●ソウルの中心を南北に分けて流れる雄大な河、漢江(ハンガン)。休日を河岸でくつろいで過ごす人々が集まっていたある日、突然正体不明の巨大怪物(グエムル)が現れた。河川敷の売店で店番をしていたカンドゥの目の前で、次々と人が襲われていく。カンドゥの愛娘のヒョンソも、グエムルにさらわれてしまった。さらに、カンドゥの父、弟、妹のパク一家4人は「グエムルが保有するウィルスに感染している」と疑われて政府に隔離されてしまうことに。ところがカンドゥが携帯電話にヒョンソからの着信を受けたことから、家族一同は病院を脱出、漢江へと向かい、ヒョンソの救出へと向かうのだった・・・!



韓国映画は、このブログでは初登場となるわけですが、私がこれまでに観た韓国映画というのも、やはり僅かしかありません。

『シュリ』(1999)は公開当時「韓国映画がキタ!!!」というド派手な宣伝があり、迷わず映画館へ足を運んだ覚えが。それ以外はすべてDVD鑑賞ですが『JSA』(2000)、『殺人の追憶』(2003)、『シルミド』(2003)、『親切なクムジャさん』(2005)・・・あれ、本当にこれしかないです。韓国ドラマですと、NHKで『宮廷女官チャングムの誓い』を全話見て号泣していました。イ・ヨンエ率が高いのは偶然のようです。韓国体験、少ないなぁ。

韓国には【スクリーンクォータ制度】というのがあって、ハリウッド映画に圧されて国産の映画が廃れることのないよう、映画を「自国文化」として保護しようという考えが強い国なんですね(スペイン、ブラジル、ギリシャ、フランスなども同様)。因みに【ブロードキャストクォータ】というものもフランスにはあって、他国のTV番組を全体の何%以上放送してはいけません、という制度が義務付けられていたりします。

規制か?自由競争か?どちらが「文化保護」に繋がるかは複雑な問題かもしれませんが、ただ、日本もBSで韓国ドラマばかり放映している現状、制作者側はきちんと考えなければならない問題だと思います。





あら。話が逸れましたが、今日はこの『グエムル』のレビューでした!

まず思ったのは、反米感情の勢いが溢れんばかりの映画だなぁということ。
これ、あまりに露骨な反米路線に、ポン・ジュノ監督へのメディア取材の中でアルジャジーラの記者が『あの怪物はアメリカを象徴しているのですよね?』としつこく意見を押しつけてきた(映画.comより)そうで、監督もちょっと苦笑いの様子でした。しかし、実際に非常に厳しい"反米視点"で作られたことは事実のようです。

この映画と同様の【在韓米軍による漢江毒物無断放流事件】というものが、2000年に韓国で実際に起こっていました。龍山(ヨンサン)米第8軍基地の霊安室で、毒性の発癌物質であるホルムアルデヒドを無断で漢江に放流したという事件でした。しかも、これ対する処罰が米軍側には実質的になされなかったため、韓国国民の反米感情を高めさせたといわれています。このような思いもあってか、『グエムル』ではアメリカに対する社会風刺の手を最後まで緩めることはありませんでした。厳しい視点です。

ただ、一方で監督自身が上記インタビュー記事の中でハッキリと仰っていたのは
「私が今回描きたかったのは、グエムルという怪獣そのものではなく、グエムルという怪獣が登場したことがきっかけとなって起こる、人々の反応だったのです。だから、グエムルが特定の何かを象徴しているということではないんです。」
ということなんですね。



なぜ怪物が現れたのか?や、怪物の正体は何なのか?といった辺りには全く言及せず、その代り怪物にさらわれた娘ヒョンソを必死に救おうとする一家の行動だけをフォーカスして描かれています。ヒーローなどではない"小市民"である普通の一家。しかも、ここぞ!という時にスっ転んだり、◯◯がなかったり、やること為すこと空回りでメチャクチャ情けない一家として描かれています。

そして、この映画事自体もそれを表すかのように物語の弾みを外しまくっていきます。
シリアスなのかと思いきやいきなりギャグを入れてきたり、ちゃりらりら~♪なんて気の抜けた音楽を入れてきたり、融通の利かない軍や警察もどうしようもなく無能だったり・・・。実際こんなトンデモ事件が発生したら人間このくらいのことしか出来ない非力な存在で、傍から冷静に見たら滑稽なものなのかもしれませんね・・・。そんな状況だからこそ、人間クサイ部分が一層浮き彫りにされるため家族の固い繋がりが強く感じられるのでしょう。ヒョンソの叔父、叔母らが命がけとなって救出に向かうことも、韓国での一族の結びつきの強さを感じさせる映画でした。




最後に、韓国のサイトで『グエムル -漢江の怪物-』に関する面白い裏話が載っていましたのでご紹介したいと思います。抜粋すると・・・

■怪物がヒョンソを尻尾に巻いて漢江に入るシーンでは、ヒョンソ役のコ・アソンは寒い10月の時期に尻尾に代わる線に巻かれ、実際に漢江の水に落ちながら撮影をした。しかも、もともとこのシーンはCG処理するだろうと言われていたため、実際の撮影1日前に急きょコ・アソンに連絡がいったとのこと。(彼女は監督を恨んでいるそうです笑)

■合同焼香所のシーンを撮った時は暑い夏だった。 さらに、撮影現場だった大学体育館内部の空調設備が故障していたため、撮影チームは「怪物」ではなく「暑さ」と死闘を繰り広げながら撮らなくてはならなかった。

■ヒョンソ役のコ・アソンが怪物と死闘を繰り広げるシーンは撮影所で撮られたのだが、あまりに汚い扮装をして歩く彼女を見て「放送局に奇妙な子供がいる」と通報が入ったこともあるという。




韓国人にとって、漢江とはどんな川なのか、家族という繋がりがどんなものなのか、政府への信頼感、在韓米軍への思いはどんなものなのか。こういった社会的背景や国民感情が掬い取れないと、外国映画はなかなか読み解きづらいものがあります。が、そこがかえって興味深かったりもしますよね。近くて遠い国、韓国。強烈で濃厚な作品も多いですが、また韓国映画も少しずつ観ていきたいなぁと思います。

グエムル/漢江〈ハンガン〉の怪物@映画生活



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  2011/06/15 | Comment (3) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『やわらかい手』 (2007年/ベルギー、ルクセンブルク、イギリス、ドイツ、フランス)

   ↑  2011/06/11 (土)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ


【送料無料】やわらかい手 スペシャル・エディション/マリアンヌ・フェイスフル[DVD]


●原題:IRINA PALM
●監督:サム・ガルバルスキ
●出演:マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロヴィッチ、ケヴィン・ビショップ、シヴォーン・ヒューレット、ドルカ・グリルシュ、ジェニー・アガター、コーリー・バーク 他
●ロンドン郊外で平凡な人生を送ってきた主婦マギーは、最愛の孫の手術費用の工面に奔走していた。ローンも借りられず、仕事も見つからない。絶望の中ふらふらと迷い込んだのは歓楽街のソーホー地区。偶然目にした「接客係募集・高給」の貼り紙に思わず飛びついて面接に行ったものの、なんとそこは性風俗店だった。驚きあわてて逃げ出すマギー。だが、残された道はない。覚悟を決めたマギーは「手」を使う仕事を始めることになるのだが・・・。



手というのは、その人自身をよく表すものかもしれません。
ゴツゴツとした働き者の手、手指に構っていられなくてパサパサした味気ない手、仕事で使う薬品にまけてしまった手、料理や水仕事を避けた生活をしている手、美容や化粧品は気にかけても年齢は誤魔化せない手。


映画の冒頭でマギーの息子やそのお嫁さんと上手くいっていない様子がアリアリと伝わってくるものの、それを耐えて難病に苦しむ孫のために懸命に尽くす姿などはまるで一昔前の日本女性のようでもあり、そんな彼女の生き方に切ない思いがしました。だからこそ、夫を亡くした後も慎ましく暮らしてきたマギーが「やわらかい手」をしていたのは、きっと彼女が自分自身にも周囲の人にも、丁寧に丁寧に生きてきたからなんだろうなぁ・・・。

セクシュアリティから最も遠い存在のような"おばあちゃん"の手が「ゴッドハンド」に変身して、性風俗店のナンバー1の売れっ子になってしまう・・・・こんなプロットだけを見ると、一歩間違えればどぎついブラックジョークか滑稽な(あるいは悲愴な)話になりそうなものですが、それが一人の女性の「心の旅」を映し出す、しっとりと優しく温かなヒューマンドラマに仕上がっているところが何とも言えず味わい深いのです。


「仕事場」に、家から持ってきた小さな額縁の絵を飾って少しでも和んでみたり、お弁当と水筒を持ってくる堅実なマギー。泣かせるやら笑っていいのやら・・・懸命に「仕事」をこなす彼女の誠実な人となりに惹かれるところでもあります。



そして、息子夫婦や孫に対する献身的、自己犠牲的ともいえる決死の思いで始めたマギーのこの「仕事」は、だんだんと彼女の「手」の人気が高まるに連れて彼女自身にも少しずつ新たな変化をもたらし始めるのです。


ひとつは、この店の店長ミキとの淡い心の通い合い。
ミキは東欧からの移民でもあり、忍び寄る老いや孤独の影を持つ二人は次第に距離を縮めていきます。はじめは孫息子の手術資金を工面ができたら仕事をやめる約束でしたが、ゆっくりと、ゆっくりとしたマギーの歩調のように、仕事の内容とは対照的に互いを思いやるようなプラトニックな(・・・まぁ"お試し"はあるんですが 笑)関係へと・・・。この映画の内容にして、ハートフルなラブロマンスとは・・・素敵です!

そして、もう一つは周囲の不躾な詮索にめげることのないマギーの姿勢。
噂もすぐ広まるような小さなコミュニティで、自分たちの価値観と合わない人間を徹底的に攻撃して排除しようとする女性たちを相手に、堂々と振舞うラストの彼女の姿には胸のすく思いがします。あらゆることを内に秘め、じっと耐えて生きてきたマギーが切る啖呵は、何よりも真実味がある強烈なパンチなのですから。そして、この開き直ったオンナの強さは、息子のお嫁さんにもきちんと通じるもの。つまり、この映画で最も甲斐性がなくて情けないマギーの息子が、一番悲惨な思いをするのです。良い映画だなぁ(笑)。まぁ、男の人にとってはやはり"衝撃の体験"ですもんね。




で、おばあちゃん、おばあちゃんと書いてしまいましたが、おばあちゃんだって若い頃はこんなに美しかったわけで。ミック・ジャガーの恋人として世の男性たちを魅了し、アラン・ドロンの『あの胸にもういちど』では儚げでセクシーなバイカーを演じて人々の目を釘付けにし、ヤク中・アル中・自殺未遂と波乱万丈の人生を送ったおばあちゃんは、あのマリアンヌ・フェイスフルだったわけで。

この映画が、どこか心の深いところにある女性の繊細な思いを映し出すことに成功しているのならば、それはきっと、彼女がこれまで背負ってきた人生の重みや痛み、或いは失ったものまでもを表現してくれているからかもしれません。マリアンヌ・フェイスフルだったからこそ完結できた映画なのかもしれません。すごいことですね。

やわらかい手@映画生活



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  2011/06/11 | Comment (1) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit