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『顔のないスパイ』 (2011/アメリカ)

   ↑  2012/11/19 (月)  カテゴリー: サスペンス、ミステリー





顔のないスパイ【Blu-ray】 [ リチャード・ギア ]


●原題:THE DOUBLE
●監督、脚本:マイケル・ブラント
●出演:リチャード・ギア、トファー・グレイス、スティーヴン・モイヤー、オデット・ユーストマン、スタナ・カティック、クリス・マークエット、テイマー・ハッサン、マーティン・シーン 他
●ある日、ワシントンで上院議員が何者かに殺され、その手口からすでに死んだとされていたソ連の伝説のスパイ「カシウス」の名前が浮上してくる。そこでCIA長官ハイランドは、かつてカシウスの追跡に実績を残した元CIAエージェントのポール・シェファーソンを呼び戻し、大学でカシウスの研究をしていたFBIの新人捜査官ベン・ギアリーと組ませて捜査に当たらせることに。カシウスに魅せられ「彼が殺しを復活させた」と信じるベンに対し、「カシウスは死んでおり事件は模倣犯の仕業」と一蹴するポールだったが・・・。





実は、勘違いして観てしまった映画だった・・・・
予告編を見てからタイトルを確認し、ウキウキしながら『寒い国から帰ったスパイ』や『裏切りのサーカス』といったスパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレ原作のような本格派スパイものかぁ!と物凄く期待して借りてきたら・・・アレレ??大味なサスペンス映画といった感じでした。ま、ちょっと拍子抜けはしてしまったものの、バートレット大統領、いやCIA長官としてあのマーティン・シーンもドドンと出演。タイトにまとまったハリウッドの娯楽映画として十分楽しめました。

ただですね【100%予測不可能な罠!!】【クライマックスに潜む罠を、あなたは見破れるか!?】なんていうあの煽り文句。もういい加減止めていただきたいです。「ハイハイもういいよ、わかったよ、ムリムリわかんないからごめんなさいね」と映画自体も流したくなってしまいますもん。こういう宣伝の仕方って、鑑賞前に映画から面白さを削ぎ落としてしまっていることに配給会社、宣伝担当の方はいい加減気付いてほしいものです。ってドサクサに紛れてちょっと文句言ってみました。


【書籍】寒い国から帰ってきたスパイ 【書籍】ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ
で、どうして"本格派スパイドラマ"として勘違いしてしまったかと考えてみたら・・・
MFS(旧東ドイツの諜報機関、通称シュタージ)で実在した伝説のスパイ・マスターの呼び名を持つマルクス・ヴォルフ(Markus Johannes "Mischa" Wolf)という人物が「顔のない男(The Man Without a Face)」と言われていたんですね。『顔のないスパイ』の原題こそ『THE DOUBLE』という、いかにも二重スパイを思わせるようなタイトルですが、これも先述したル・カレの小説を思い起こさせますし、しかもマルクス・ヴォルフは敵役のモデルとされていたとも言われるほど、スパイ小説をそのまま地でいくような存在でした。この『顔のないスパイ』という邦題を見てしまったら、ね、やっぱり混同しますよ。私だけなのかな!?






で、気を取り直してこの『顔のないスパイ』の話に戻りますが・・・
予告編でも展開されている通り、映画開始ちょうど30分で最初のネタバレがあっさりとやってきます。この流れがあまりにもスケバン刑事すぎてちょっと笑ってしまうんですが。しかもこの後は、リチャード・ギア様の面白演技にやられっぱなしでした。いや、ご本人はきっと全力で本気なのでしょうが。


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正直、リチャード・ギアという俳優さんは演技派といわれる存在でもなく、その小さな目と表情の乏しさで一体何を考えているのか!?と私はいつも読めないんですが、それが毎回本当にうまく使われているなーと逆に感心してしまうんです。失礼な話ですよねスミマセン。でもこの映画で一番の衝撃だったのは、最後にバチーンとくるどんでん返しなどではなくて、この物語の要でもある過去を振り返るシーン、遠い目をして復讐に燃えるギア様の爬虫類みたいな無表情の顔!!!あれには身震いするほど衝撃(笑撃か!?)が走りました。あんな顔ができるんだ!!演技というか「悩んでいる顔、オレ、やってみた!!」というような力技。これを見られただけでも価値ありかと(笑)。

しかし、短いカットを繋ぎ合わせたアクションシーンを見ているとプリティウーマンのギア様もやっぱり年をとられたんだなぁと思いました。1949年生まれ、もう60代ですもんね。「格闘シーンが多いから、撮影に入る何ヶ月も前から、肉体作りを含めた本格的なトレーニングを開始したんだ」と仰っていたギア様ですが、やっぱり格闘シーンで肩を脱臼してしまって撮影も一時中断してしまったのだそう(リチャード・ギア インタビューより)。せ、切ない・・・・・・



※ここはネタバレに少しだけ触れます※

ラストのマーティン・シーンの「CIAに来る気はないか?」という言葉。
あれは事件の顛末をあまり信用していないような長官の表情を見ていると、実は"全て"を悟った上で逆に"使える人物"としてCIAに引き込もうと思ったのではないか!?とまさかの想像してみたくなります。"彼"がアメリカ合衆国の国旗がかけられた家族の待つ家に戻るというエンディングは、ロシアのスパイを描きながらもアメリカの映画として終わったのだなぁと感じました。







それからこれだけは書いておかなくちゃ。こういった作品で定番の"おもしろ同僚役"として登場したクリス・マークエット。僅かな出演シーンながら『ファンボーイズ』のアホ可愛らしさと同様、いい味出してました。

ただですね「カシウスは◯◯◯である」と結びつける理論の意味が、私は本当にさっぱり解かりませんでした。その理論を用いたという、あんな写真を見るだけの方法も。あんな強引な導き出し方でホホ~ゥ!と納得できるものなんだろうか・・・。ま、逆にそのあまりに雑な展開にはほんとビックリでしたけれど。彼が出ていてくれてこの映画でちょこっと和むことができました(笑)。



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  2012/11/19 | Comment (3) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『あしたのパスタはアルデンテ』 (2010/イタリア)

   ↑  2012/11/18 (日)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ



あしたのパスタはアルデンテ [ リッカルド・スカルマチョ ]


●原題:MINE VAGANTI
●監督:フェルザン・オズペテク
●出演:リッカルド・スカマルチョ、ニコール・グリマウド、アレッサンドロ・プレツィオージ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ルネッタ・サヴィーノ、イラリア・オッキーニ、ビアンカ・ナッピ、エレナ・ソフィア・リッチ、ジョルジョ・マルケージ 他
●ローマに暮らす作家志望の青年トンマーゾ。実家の老舗パスタ会社を継ぐ兄アントニオの社長就任を祝う晩餐会に出席するため、南イタリアのレッチェに帰郷する。彼は晩餐会で「家業を継ぐ気はなく小説家を目指していること、そして自分がゲイだ」ということを告白しようとするのだが、なんと兄が「自分はゲイだ」と宣言してしまう。父は怒りのあまりアントニオを勘当して卒倒してしまい、図らずもトンマーゾが共同経営者の娘で奔放な美女アルバと協力してパスタ工場の運営に当たるはめになるのだが・・・。




『あしたのパスタはアルデンテ』のイタリア語原題"MINE VAGANTI"の意味は「浮遊機雷」「歩く地雷」・・・・つまり「危険分子」のたとえ。そう、それは「時にはすべてを打ち壊すことも必要よ」と教えてくれたおばあちゃんのこと!!邦題で使われた"アルデンテ"よりも、ずっとずっと過激なタイトルでこの映画のテーマを教えてくれている気がします。

邦題から連想するような軽めの"ハートフルコメディドラマ"かと思いきや、意外と酸味やら苦味が効いていて、美味しいフード系映画なんかじゃありません。楽しくてシリアスで、笑えて泣けてくる、そんな映画でした。






いやぁ、それにしても!
生真面目な印象のあったフェルザン・オズペテク監督が、まさかの爆笑シーンを撮っていたとは本当に意外!!オズペテク監督の作品だとも知らずに観ていたので、後で知って余計にビックリ。ローマからの珍客で、あの"ゲイゲイしいお友達"のくだりにはやられました。映画を観てこれだけ盛大に吹いたのも久々かもしれない(笑)。

イタリアのまだ非常に伝統的な文化では「息子の同性愛」という発見が"悲劇"だったりする部分をあえて飛び抜けたユーモアを交えて描いたことで、同性愛だけでなく登場人物たち各々が抱えている問題・・・自分を偽ることの滑稽さや"普通である"という枠から抜け出せないことの愚かしさを一層色濃く浮かび上がらせていました。大笑いしたりジーンときたり、コメディとシリアスのバランスが本当に巧い!!



「記憶」と「現在」を交錯させ、どこか悲しげでミステリアスな伏線を張りながらも、すべてを詳らかに説明したりせず、観る側の想像に任せる部分を残してくれているエンドロールには最後まで釘付けでした。安易なハッピーエンドを持ってくることなく、ほんの少しの苦味と、ほんの少しの解放感を感じさせてくれること。ラストのガーデンパーティで、トンマーゾが送る視線の先、彼がこの後どんな人生を選択して歩んでいくのかな・・・・なんて想像を広げると少し優しい気持ちになれる不思議な余韻が残り、中盤のコメディパートと上手くバランスをとりながら、人間の持つ業や生きていくことの生々しさを感じさせてくれる物語で、私はとても好きでした。





 向かいの窓



実はこの『あしたのパスタはアルデンテ』を観た後ですが、私は同監督作品で以前イタリア映画祭で観た濃厚なメロドラマ『向かいの窓』という映画のことを思い出し、何かストンと胸に落ちてくるものを感じました。


フェルザン・オズペテク(Ferzan Özpetek)監督はイタリアを拠点に活躍しているトルコ人監督(イタリアの市民権も持っている)で、自身がゲイであることを公言している人物です。

そのルーツは様々な形で彼の作品に映し出されています家族、思い通りにならない人生、叶わなかった恋、同性愛、甘く美しい魅惑的なお菓子の数々・・・・『向かいの窓』でも描かれたオズペテク監督の視点や彼自身の思いが『あしたのパスタはアルデンテ』の中でもしっかりと息づいています。『あしたの・・・』で描かれるラブシーン(それがほんの数秒の抱擁くらいであっても)に、愛情の濃密さや愛おしさを迸るほどに表せたのはオズペテク監督作品だったからこそでしょう。


 
また、彼の作品における曲の使い方も彼のルーツを色濃く感じさせるもので独特です。「Sorry, I'm A Lady」や「50mila lacrime」など各シーンでも忘れがたいインパクトを与えてくれましたが、その力が遺憾なく発揮されていたのはやはりエンディングでした。

映画的に非常に特徴的・象徴的なシーンがこの映画のラストを飾るのですが、ここで流れてくる音楽が急にアラブ風に変わりトルコ語の歌になるのです。トルコミュージック界の大御所セゼン・アクス(Sezen Aksu) の歌う「Kutlama(祝賀会」。トルコ語が聴こえてきたことで、ここでやっとオズペテク監督の作品であることに初めて気が付いたというわけですが・・・


 
サントラにも収録されているRadiodervishの歌う「Yara」も、アラビア音楽独特の節回しを使って異国情緒あふれる雰囲気を醸し出しています。Yaraはトルコ語で"傷"の意味ですが、その歌詞はイタリア語を中心に浮遊感のある言語を混ぜているため、まるで『シチリア!シチリア!』でジュゼッペ・トルナトーレ監督が描いたような南イタリア独特の空気感を一気に纏うのです。ギリシャ風・アラブ風のエキゾチックな空気を漂わせることで、時代を超え、あらゆる人間関係を超えた絆や力強さ、人間の懐の深さを強く感じさせてくれます。

― 私は、イタリアとトルコとの間で分断されているという気はしません。これらの2つの国の間で生きることができるという事実は、最高に素晴らしいことなのです―
"Non mi sento diviso tra Italia e Turchia - continua il regista - Il fatto che posso vivere tra questi due paesi è bellissimo"
フェルザン・オズペテク監督インタビューより


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  2012/11/18 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『ボクの熱気球』 (2005/オランダ、ドイツ、イギリス)

   ↑  2012/11/12 (月)  カテゴリー: コメディ
【DVD】ボクの熱気球
●原題:LEPEL
●監督:ウィレム・ファン・デ・サンデ・バックハウゼン(Willem van de Sande Bakhuyzen)※"ヴァン・デ・サンド・バッキホイズン"表記もあり
●脚本・原案:ミーケ・デ・ヨング(Mieke de Jong)
●出演:ユープ・トラーエン、ネールチャ・ド・ヴレー、ルース・リュカ、カリス・ファン・ハウテン、バリー・アツマ、ケース・ヒュルスト 他
●冒険家の両親が乗った気球が行方知れずになり、9歳のレーポルは邪険に扱われながら祖母に育てられている。祖母が営むボタン屋さんのためにデパートの服売場からボタンを盗む手伝いをさせられているのだが、そんなある日、デパートに住む少女・プルーンや店員のマックスと友達になる。レーポルは彼らと一緒に両親探しに乗り出すことにするのだが・・・。世界各国で数々の映画賞を受賞した心温まるファンタジー。




 [Lepel]Auteur: A.M. de Jong,Co-auteur: Akke Holsteijn 【bol.com】
てっきり児童書か何かの映画化かと思いきや、探してみた書籍版は逆にこの映画のシナリオに基づいて書かれたものなんだそう。オリジナルだったのですね。Gyaoでの評価が良かったので軽い気持ちで観てみましたが、なんて可愛いお話なんだ~

デパートに住んでいる女の子とか、それに全く気付かないデパートのセキュリティだとか、『ボクの熱気球』という映画はオトナとしては突っ込みどころ満載なのだけれど、だからと言って子供じみた幼稚さなどは微塵もないところが素敵!





主人公のレーポル(オランダ語で"スプーン"という意味のヘンな名前を付けられている)は、まるでシンデレラ姫のように意地悪なおばあさんにこき使われる日々から飛び出して、デパートに住むプルーンと一緒に自分たちで意思決定をするのです。誰にも騙されないぞ!!というのがカッコいい。冒険好きな子どもなら、主人公たちの行動力にグングン引き寄せられ、共感し、夢中になってしまうだろうなぁ。



それに、こういった子ども映画でありがちな「リアリズムがないから入り込めない」という心配もご無用です。何しろ全編に渡って彩られるカラフルでポップなデザインや、レトロ感あふれる"緑"がアクセントになった映像の数々。それらの色使いの柔らかさには、オトナの疲れ気味の目も癒されてしまいます。

コドモ映画でこのデザイン力、クオリティの高さはさすがオランダ、ミッフィーちゃんを生んだ国!「ファミリー映画」としての評価も高く、各国様々な映画祭で国際的な存在感を放っている作品でもあります。

因みにオランダ映画界では10万枚のチケット(つまり10万人の観客動員数)販売時には「ゴールデン映画賞」というものを授与しているのだそう。40万人で「Platina Film」、100万人だと「Diamanten Film」が。『ボクの熱気球』も公開2週間半で10万人の観客動員を果たして「Gouden Film」を受賞しています。国産映画を支援するという意味で面白い制度ですね。

※子ども映画のレビューでこんな話もなんですが、エログロバイオレンスで悪趣味と言われるポール・バーホーベン監督(私は大好きだ!!)が久々に母国で撮った『ブラックブック(原題ZWARTBOEK)』もゴールデン映画賞を受賞しています。





Willem van de Sande Bakhuyzen overleden【ELSEVIER】
この映画を観終わった後、日本のサイトではあまり詳細がわからなかったのでオランダ語で少し調べていたのですが、そんな中、実はウィレム・ファン・デ・サンデ・バックハウゼン監督が2005年に47歳の若さで逝去されていたこともわかりました。監督最後の作品『Leef!』公開前日に亡くなられたとのこと。タイトルの意味は"Stay alive!" や"Live!"。

何かものを創り出す人たちにも共通していますが、映画監督がこの世を去っても彼らが生み出した作品は、ずっとずっと観た人の心に生き続けます。『Leef!』というタイトルのように。

2004年に癌だと診断されたというファン・デ・サンデ・バックハウゼン監督は、恐らく『ボクの熱気球』撮影時には自身の状態をわかっていたのでしょう。「子どもたちを幸せにしたい!」と願っているオトナが作った素敵な映画でした。出会えて本当によかった!



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  2012/11/12 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

『リセット』 (2010/アメリカ)

   ↑  2012/11/05 (月)  カテゴリー: サスペンス、ミステリー
VANISHING ON 7TH STREET


リセット【Blu-ray】 [ ヘイデン・クリステンセン ]


●原題:VANISHING ON 7TH STREET
●監督:ブラッド・アンダーソン
●出演:ヘイデン・クリステンセン、タンディ・ニュートン、ジョン・レグイザモ、ジェイコブ・ラティモア、テイラー・グルーサイス、ジョーダン・トロヴィリォン 他
●ある晩、映写技師のポールが突然の停電に驚いて映写室から飛び出すと、そこは一瞬のうちに無人になっていた。同じころ、理学療法士のローズマリーは、抜け殻のような白衣の山が残された病院を助けを求めてさまよい歩く。その翌日、テレビレポーターのルークが部屋で目を覚ますと恋人の姿はなく、外には無人の街が広がっていた・・・。





旧約聖書「創世記」1~6章では「白い色は光・昼・人・善を表し、黒い色は闇・夜・獣・悪」を表しているのだけれど、この映画、終末論的思想が濃いなぁと思いました。ま、『リセット』という邦題が先走り過ぎ、というかあまりにそのまんまな気がしてコレはコレでどうなんだ、とも思うわけですが・・・

【ルーク(ルカ)】【ポール(パウロ)】【ジェームズ(ヤコブ)】という、キリスト教を強く意識させる登場人物たちの名前。唯一の女性【ローズマリー】も「聖母マリアのバラ」と言われるほどキリスト教に関する伝承が多い名前(原語の由来としてはRosmarinus(ラテン語でロスマリヌス)という"海のしずく"の意があるけれど)。彼らの内訳は、白人男性、アフリカ系男児、南米系男性、アフリカ系女性(本人はバイレイシャル?)、途中から現れるのは白人の少女。


 
やはり「キリスト教的世界観」をモチーフとしているからなんでしょうね。
ラストシーンの「アダムとイヴ」の連想を持ち出すまでもなく、映画内での演出として、神を冒涜すると灯りが点滅して不安定になったり、13という数字をアップにしてみせたり。主な舞台となる原題「VANISHING ON 7TH STREET」にも7が使われていますしね。





だからと言ってキリスト教圏でのこの映画に対する評価が高いなんてことは全くないようで、日本で言われているそれとほぼ大差ないのに安心しました←「なんだよこのラストは!」「期待外れだ!」「消えた俺の時間を返せ!」などなどネット上の感想は万国共通のようで(笑)。ほんと、こういう雰囲気の映画、盛り上げておいてまたこんなラストなのかー!と毎回ガックリくる私です・・・・



"闇"に襲われて忽然と姿を消す、ということ自体に「闇がコワイ!!」という気持ちはあっても、そこから恐怖や痛みも感じさせられないわけで。どちらかと言うと「ローズマリーが赤ちゃんを探している」と設定の方がちょっと怖いんじゃないかと。思わせ振りなことをバンバンやっておいてゴーストのような影が追ってくるだけ。何が理由なのかも不明で、何も解明されないという設定であれば『ハプニング』や『CUBE』なんていう映画は、それこそ本当に良くできていたんだなぁ、と今更ながら思いました。

ただ、宗教に縛られることがほとんどない日本で無宗教の人生を送っているような自分にとっては、こういった形で異文化や宗教的思想を感じ取れるという意味では、「何も得るものがなーい」とただガッカリすることなく、また前向きに映画と向き合っていけるかも。次こそは面白い映画を観たいですけどね。


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  2012/11/05 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit