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『天空の草原のナンサ』 (2005/ドイツ)

   ↑  2011/08/06 (土)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ




天空の草原のナンサ デラックス版 / 洋画


●原題:DIE HÖHLE DES GELBEN HUNDES / 英題:THE CAVE OF THE YELLOW DOG
●監督:ビャンバスレン・ダヴァー
●出演:ナンサル・バットチュルーン、ウルジンドルジ・バットチュルーン、バヤンドラム・ダラムダッディ・バットチュルーン、ツェレンプンツァグ・イシ、ナンサルマー・バットチュルーン、バトバヤー・バットチュルーン
●モンゴルの草原で暮らす遊牧民一家の長女ナンサは6歳。ある日、ナンサは洞窟でかわいい小犬を見つけ連れて帰るが、父親に飼うことを反対されてしまう。父が町へ行っている間に手放すよう言われるが、ナンサは父の代わりに手伝っていた放牧中に小犬とはぐれてしまい・・・。



ドイツ映画ではありますが、モンゴルの遊牧民一家のお話。すべてモンゴル語です。

犬と子供が出てくる映画ということで、小さな者の可愛らしさだとか都会の文化から離れた場所に生きる人々の"ナチュラルさ"などをゴリ押しにしてくる映画だったらイヤだな、と少し穿った気持ちで観始めた部分もあったのですが。いやいや。空の青、山の影、白い雲、大地の緑がクッキリと画面を分けるモンゴルの雄大、荘厳な景色。これらを目にしただけでも、どーんと心が広がっていくような気がしました。一度訪れてみたい国の一つです。



自然が相手の生活には余計な物、余る物というのがないのですね。家畜のフンは燃料やおもちゃにまでなってしまうし、風や草木は子供の遊び相手にもなります。ただこれは、大自然が美しくて羨ましいとか癒されるとか心豊かになるとかいう単純な話ではなくて、自然と共に生きる人間は、自分の力・人間の力というものには限界があるという"畏れ"を感じつつ、同時にそこに生きることがどれほど尊いものかを彼らは知っているのだなぁと感じました。それがきっと、『天空の草原のナンサ』に出演しているバットチュルーン一家や遊牧生活を、力強く美しく見せているのだろうと思います。




チベット仏教の教えのひとつ「輪廻転生(一時的に肉体は滅びても、魂は滅びることなく永遠に継続される)」の話が、映画冒頭以外にも何度か出てきます。中でも印象的なのが、悪天候の中、道に迷ったナンサを招き入れてくれたお年寄りのお話でした。命というのは何度でも自由に人間に生まれ変われるというものではなく、この世に人間として生を受けたことは、落ちてくる米の粒が針の先に刺さる確率と同じくらい難しく、そして尊いものなのだということ。また、犬が欲しいのに飼えないと言うナンサに対しても「手の平を噛んでみようとしてもうまく噛めない」という例え話によって「目の前にあっても手に入らない物がある」ということを優しく話してくれるのです。

自然界から離れ、何でもコントロールすることが可能だと思っている物質文化の世界にどっぷり浸かって生きていると、大概のものは手に入れることが出来るという錯覚に陥ります。手に入らないもの、届かないものがあることを忘れ、今自分のいる人工的な世界が無限だと感じるような日常を、私はこの映画を観ながらクラクラと眩暈がするように思い返していました。私のように傲慢な人間は、確実にチベット仏教の世界においては人間には生まれ変われず虫になるのだろうなぁと恥入りつつ・・・。


遊牧民として移動するために解体する家(ゲル)の形状や、赤ちゃんをすっぽり入れるとスリングにもなる民族衣装のデールなど、その実用的な物のシンプルさ、機能性などにうーん!と感心してしまいました。飼っている山羊の乳からチーズを作ったり、ナンサが着るデールをお母さんが手作りしていたり、風車でわずかな電気をおこしたり。そういった何気ない一つひとつの生活の場面は何の主張もしてはいないものの、忘れてはいけない大事なことのように感じるのです。

だからなのでしょうか、お父さんが町から買ってきてくれたオモチャの犬や柄杓のプラスチックのカラーが、妙に毒々しく不釣り合いに映りました。ドキュメンタリー"風"の作品であるため、その部分はやはり町と草原で暮らす人々の生活感の差を演出したものだったのかもしれませんが、その一方で「生活するためには遊牧だけではやっていけない、町で仕事を探す方がいいかなぁ」と話すお父さんの言葉も、ある意味現代社会で生きていくことの難しさについて考えさせられるものでした。



そういえば、モンゴルの遊牧民というのは大家族で住んでいるのかとばかり思っていたのですが、この映画のバットチュルーン一家は「核家族」でした。お母さんは食材作りや食事の準備、家事などをしつつ、夫が不在の間は家畜の世話、移動の時はその準備など、小さな子供たちと一緒に過ごす時間もなかなかありません。電化製品で家事が簡略化されているわけではないので当然と言えば当然なのですが、子どもを野外で一人で遊ばせておくんだな!とか、6歳のナンサに家畜の放牧を任せるんだな!とか正直ドキドキものでした。子供って一直線過ぎて何をするか解らなくて怖いのは、どこの国でも同じことですね。それを優しく、厳しく見守るお母さんの姿が印象的でした。



最後に、この映画の原題でもある「洞窟の黄色い犬」の伝説について・・・
『むかしむかし、お金持ちの家族が住んでいました。ある日、その家のとても美しい娘が重い病気になってしまいました。どんな薬を飲んでも治りません。そこで父親は賢者に相談に行きました。すると賢者は「黄色い犬を飼っているだろう? その犬を追い払わなくてはならない」と言うのです。でも父親は、家族や家畜を守ってくれている犬を殺すことなんてできません。そこで、犬をほら穴に入れて出られなくしました。父親は毎日エサを持っていきましたが、ある日、犬はいなくなってしまいました。すると娘は本当に治ったのです。でも娘が元気になったのには、ほかに理由がありました。娘はある若者に恋をしていたのです。黄色い犬がいなくなり、2人は何者にも邪魔されずに会えるようになったのでした・・・』。
『天空の草原のナンサ』ビャンバスレン・ダバー来日会見【All About】より一部抜粋

この黄色い犬がその後どうなったのか、ナンサはおばあさんに尋ねます。その答えは、果てしなく広がるモンゴルの地に生きる遊牧民たちの、そしてチベット仏教の「輪廻転生」の世界観を優しくナンサに教えてくれるものでした。


良い映画を観た後って、清々しい気持ちを感じますよね。この映画はそんな風を久々に味わえた作品で、なんだかとても嬉しくなりました。観ることが出来て本当に良かったです。

天空の草原のナンサ@映画生活




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