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『誓いの休暇』 (1959/ソ連)

   ↑  2015/11/03 (火)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ



誓いの休暇【デジタル完全復元盤】 [DVD]



●原題:БАЛЛАДА О СОЛДАТЕ/ BALLADA O SOLDATE / BALLAD OF A SOLDIER
●監督:グリゴーリ・チュフライ
●出演:ウラジミール・イワショフ、ジャンナ・プロホレンコ、アントニーナ・マクシーモア ニコライ・クリュチコフ 他
●ナチスがロシアに攻めこみ、戦争がもっとも苦しかった頃。19歳のアリョーシャは戦場で2台の敵戦車を炎上させた勲功により、6日間の休暇をもらった。アリョーシャの心は故郷へとはやるが、戦火の道中は一層長い。途中、空襲にあったり、妻のもとに復員する傷病兵を助けたりしているうちに休暇はまたたく間に過ぎ去っていく。そしてやっと乗り継いだ軍用貨物列車のなかで、アリョーシャは少女シューラと出会った。




先月、シネマヴェーラ渋谷で「映画は旅である ロード・ムーヴィーの世界」特集の一作品として、この『誓いの休暇』がリバイバル上映されました。行けなかったけれど、一度でいいからこの作品をスクリーンで観たかったなぁ。

最近コメントをいただいたので、ちょうど良い機会と思い再見してみましたが、本当にまたひとりで泣いてしまった。「反戦映画」とも言われるこの作品ですが、観終わった後は悲しみというよりももっと温かなものを感じて・・・今思い出してもまた泣けてしまいます。。。

それが初恋だと気づく間もないまま別れの時が迫るアリョーシャとシューラの出会いや、戦禍の中でも優しさや思いやりを忘れない人々。古い映画で傑作!と言われる作品だとどうしても腰が引けてくるものですが、この映画がどれほど多くの人々の心を惹きつけて止まなかったか、改めて胸に残りました。本当に、いい映画です。






※この記事は、2011年のレビュー記事を再見・加筆→再投稿したものです。

昔、映画館で観たことのあった父が「もう一度だけ観たいなぁ」と言っていたのを聞いて、DVDをプレゼントしたのがこの映画を観るきっかけでした。

きっと良い作品に違いない!と思ったので。




デジタルリマスター版のDVDには、監督が当時を振り返るインタビュー映像や、ソ連時代の1941年に赤の広場で行われた軍事パレードのドキュメント・フィルムも収録されているのですが、あわせてソ連史などの資料も見てみました。

制作当時の社会的背景や国家事情、歴史などを考えると染み込むように深い印象を残す映画に出会うことがあります。この『誓いの休暇』もそういった作品のひとつだなぁと思ったのです。この映画を思い返すたび、淡く美しい映像とともに、胸が締め付けられるような哀しくて切ない思いに駆られるのです。




『誓いの休暇』が制作されたのは、イデオロギーの対立から核戦争への恐怖で東西に緊張が走っていく戦後の時代でした。

アメリカと強硬対立していたソ連では、反体制的人物には粛清を行うような強力なプロパガンダのもと最高指導者(=独裁者)としてスターリンが国内を恐怖によって支配していました。芸術家たちにとっても非常に厳しい時代でした。

しかしスターリンが死去した1953年から始まって、フルシチョフの「スターリン批判演説」があった1956年以降は、東西関係のみならず、ソ連邦内でも緩やかながらも文化的緊張緩和がもたらされた【雪解けの時代】が到来するのです(それでもその後のアメリカ/ケネディ政権期においては、ベルリンの壁建設やキューバ危機など、再び冷戦の緊張感は最高レベルにまで達してしまうのですが) 。






『誓いの休暇』のグリゴーリ・チュフライ監督は、このような激動の時代において世界各国、数々の映画祭で高い評価を受けた作品を残した【ロシア映画界の巨匠】と言われる人物です。

ですが、それだけにソ連邦内で映画を作るということの苦しみや葛藤も並々ならぬものがあったことを、雑誌におけるインタビューなどからも強烈に窺い知ることができます。

■59年、監督がかってスターリングラードの戦場で構想を得たという19才の少年兵の淡い青春を描く「誓いの体暇」を撮り、カンヌ他 海外の多数の国際映画祭で受賞、国内でも主人公に表現された若いソビエト兵士の資質こそ新しいモラルと高い評価を受け、チュフライ監督の名は内外に知れ渡った。

61年には、独軍の捕虜となったもとソビエト兵士を暖かい共感のなかで描いたセルゲイ・ボングルチュク監督の「人間の運命」(59)のテーマをさらに深めたと言われる「晴れた空」を完成、スターリン体制下、故郷に生還したもと捕虜の兵士を襲った政治的・社会的差別を暴くと同時に、ここでもそうした試練にさらされた高遇で純粋な愛を描いて、モスクフ国際映画祭グランプリ他を受賞するが、人間としての社会的モラルにかかわるテーマを追究した「おじいさんとおばあさんが住んでいました」以降は、この監督もまた、いわゆる映画官僚との軋轢に悩まされ、それがその後の創作活動に影を落とすことになる。・・・[解説より]

■・・・「"ためになる良い映画"ばかりを作ってきた人々にとって、我々の作品は危険と映ったのです。芸術作品を絶対的に評価することがいかに危険であるかを私はこの時知りました。(中略)『誓いの休暇』が原因で私が党を除名された時、群集は一斉に私を踏みつけにかかりました」・・・[インタビューより]
※(株)日本海『グリゴーリー・チュフライの世界』より一部抜粋


この映画は、脚本の段階から党の芸術委員会から批判されるなど企画は難航し、許可が下りて撮影が始まってからも監督が入院するほどの大きな事故が起こったり、撮影再開後には委員会に承認された主演キャストの変更を監督の強い要望で決行したり、はたまた照明器具による事故が起こるなど・・・とにかく驚くほどありとあらゆる"災難"が頻発していました。

しかも作品完成後においては、党中央委員会から「反ソ的、反人民的で軍を批判している」とされ、チュフライ監督は党から除名されてしまいます。

もちろん映画も公開禁止となるのですが、どういうわけか1ヶ月後には委員会から許可が下りて(ソ連・各共和国の首都、大都市での公開が禁止という条件付き)農村部などで公開され、さらに再び委員会からの命令で今度はカンヌ映画祭へ出品、1960年の「ユース賞(海外作品)」「ベスト・セレクション」を獲得するという快挙を成し遂げることになるのです。






数奇な運命を辿った映画作品とも言えますが、このチュフライ監督が全身全霊を捧げた固い決意が成し遂げた結果でもありました。

しかし、それではなぜ監督は、あのソ連時代の自身の地位すらも危うくなるような環境の中、ここまでして『誓いの休暇』を作りたかったのでしょうか?何が監督をそこまで突き動かしたのでしょうか?


「この映画は、男女の出会いと別れを描いた幼稚なテーマだと委員会から批判された」と監督は述べていましたが、その底辺に流れているのは、戦争によって引き裂かれる親子や夫婦、恋人たちといった様々な人々に起こる悲劇と、そしてそれでも決して消えることのない優しさや強さでした。


「勲章を貰うよりも母親の元に帰って屋根を修理してあげたい」というまだ幼さの残るアリョーシャに対し、親子ほど年の離れた将軍は2日、4日では無理だろうと6日間の休暇を与えてくれました。軍事物資用の輸送車にコッソリと乗り込んだアリョーシャは、偶然乗り込んできた少女のシューラを守るため哨兵から追い出されそうになるのですが上官の中尉が事情を察して見逃してくれました。

また、配給で貴重だった石鹸を「家に残る妻にプレゼントしたい」と見知らぬ兵士に頼まれたアリョーシャは、シューラと共に道中寄るのですが、その奥さんに"裏切られた"ため避難所に暮らす兵士の父親に渡しに行くことにします。そこでアリョーシャはその父親に"優しい嘘"をついて、兵士の帰りを待つ人々を安堵させてあげるのです。

戦争に翻弄される人々との出会いの中で、アリョーシャは労を惜しまず人々に手を差し伸べ、また助けられながら故郷へと向かいます。

ささやかな幸せな時間をシューラと分かち合うアリョーシャでしたが、それが初恋だと気付く幸福を噛み締める時間もないまま、彼女との別れも迫っていきます。出会った人々のために多くの時間を費やしたアリョーシャには、故郷で母親と過ごすことのできる時間は僅かしかありませんでした。それでも彼は、それが生きている証だというかのように全力で母親の元へ走り続けるのです。






チュフライ監督は、この映画への思いをこのように述べていました。
「私の人生に関わるものだから、撮らなくてはならない。戦争中に亡くなった私の友人達に纏わる本当の話なのだから。彼らについて物語る映画を 撮る義務が私にはあるのだ」

「私にとって、この映画は現代のものだと私は言った。戦場で受けた私の傷はまだ完治していない。夫や子を失った女たちの涙は、まだ乾いていないのだ」
※DVD『誓いの休暇』当時を語る 監督グリゴリー・チュフライより




この映画に出てくるのは、戦争を経験した名もなき人々の姿そのものだったのでしょう。

本来なら瑞々しい青春を謳歌したり、家族と笑いあったり、赤ん坊を抱き締めたり、老いた親の背をさすり、その手を握って生きていたであろう人々です。

反政府的立場となる危険をも恐れず、委員会からの激しい抗議にも一歩も引くことなく、この映画の存在意義を固く信じたチュフライ監督がいたからこそ、反戦をテーマにロシア映画史上最も美しくヒューマニズムに溢れた映画といわれる作品――『誓いの休暇』がここに出来上がったのです。






天地が一転する自在なカメラワークや、走る人物のスピード感を画面いっぱいに捉える躍動感など技巧を凝らした各ショットは、今見ても素晴らしいものです(撮影中に何度も怪我人が出ただけあります・・・)。

また映画の構成においても、映画をいったん観終わった後にもう一度冒頭のシーンを見直すと、年老いた母親が見つめる先にある一本道と、カットが変わり若い頃の母親が見つめる先に"何が"あるものかわかった時には不覚にも涙がこぼれそうになりました。

やはり、多くの人の心の奥深いところにずっと刻まれていると言われる、本当に素晴らしい作品だと思います。私も、父がもう一度観たかったという気持ちがよくわかりました。このレビューを書いている今でも、アリョーシャの経験を通じて描き出された戦時下の悲しみだけでなく、彼の青春の柔らかく眩しい一時が心のどこかに焼きついて離れることがありません。






■追記
この映画の制作時代を思うと、外国映画のリメイクとはいえ『ニュースメーカーズ』のような、警察批判を表立って皮肉ることができるような時代がくるなんて、当時では考えられなかったことでしょう!


■続・追記
前ブログ掲載時に、ブログ【畑ニ居リマス・田舎暮らしPHOTO日記】様より畑のカエル様からいただいたコメントで、「ソ連映画「人間の運命」(1959年)・ソロコフとワーニャ」という記事をご紹介いただきました。←当記事は[旧ブログ]からの転載のため、以前いただいたコメントが消えております。旧ソ連の時代背景など大変参考になり勉強させていただきました。私にとっても大切な記事となりましたので、ここにリンクさせていただきます。



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■この記事に関連する映画制作国、地域 : ロシア・旧ソ連映画 

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  2015/11/03 | Comment (4) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

Comment


冒頭の道のシーン、数人の娘たちが語らいながら画面をよぎって遠ざかる華やいだ明るさと対照的に一人の女が道に立ち止まり空を見上げる…。ブドウキン監督の名作(母)を思わせるシャープな映像!回想なので、ラストは予想されるが、青年兵士の息子の明るさと人の良さと短い人生の輝きに心打たれる…。黒澤明監督始め多くの日本の映画人にも大きな影響を与えたソビエト映画の金字塔だろう!!

PineWood |  2015/10/27 (火) 06:08 [ 編集 ] No.384


はなまるこより

PineWood様、はじめまして。
この映画は私にとっても忘れられない大切な作品の一つでしたので、
コメントをいただきとても嬉しかったです。

>ブドウキン監督の名作(母)を思わせるシャープな映像!回想なので、ラストは予想されるが、青年兵士の息子の明るさと人の良さと短い人生の輝きに心打たれる…
そうなんですよね、主人公の青年の優しさや人の良さが、戦争という悲劇と対照的になって哀しみがぐっと増しました。

>黒澤明監督始め多くの日本の映画人にも大きな影響を与えたソビエト映画の金字塔だろう!!
黒澤監督も影響を受けた作品だったのですね!存じませんでした。躍動感のある大胆な構図などで映像的にも惹き付けられる中、淡い恋心や青年の誠実な人柄を思うと切ない気持ちでいっぱいになります。

PineWood様のコメントを拝読させていただき、改めてこの映画を再見したくなりました。コメントを残していただき、本当にありがとうございました。

PineWoodさんへ★ |  2015/10/27 (火) 21:30 [ 編集 ] No.385


真実を語る勇気

町へ続く道
村から出て行く者も、村へ再び帰ってくる者も、誰もがこの道を通る.
彼女もまっていたが、息子のアリョーシャは、ついに戦場から戻らなかった.
ロシアの名さえ持たぬ、遠い異国の地に葬られて、
春先には見知らぬ人々が、花を供えにやって来る.
彼はロシア開放の英雄と呼ばれているが、彼女にはただの息子.
生まれたときから見守ってきた我が子だ.
この道を通って戦場へ行ってしまう日までは・・・
---------------------------------
母親は、息子のアリョーシャが、何時、何処で、どんな風に死んだのか、何も事実、真実を知らない、知ることが出来ないでいると思われる.
アリョーシャが石鹸を持ってお爺さんを尋ねた時、息子の様子を聞かれたアリョーシャは、知りもしない事を、綺麗事の言葉を並べ立てて嘘をついたが、おそらく、この母親も、皆から綺麗事を並べた言葉を聞かされ、そして英雄として賛美されたのであろう.
が、そんな言葉は、母親にとってなんの意味を成さない言葉だった.
母親は、帰らぬ息子を、ただ、ひたすら待ち続けていた.

シューラとアリョーシャ
シューラは出会った最初に、「入院している婚約者に会いに行く」と、嘘をついてしまった.その嘘がアリョーシャの心に壁をつくり、別れの時まで尾を引いてしまったと言ってよい.

『こんな時ぐらい嘘をつけよ』とアリョーシャは言った.アリョーシャは自分の外套を着せ、二人は何とか軍用列車に乗ることができた.やがて列車は、シューラの目的地に着く.

「お別れね」
「うん、僕を忘れないで」
「怒らないで聞いて.私、嘘をついてたの」
「どんな?」
「婚約者なんていないの.伯母の家へ・・・」
「怒らないで.バカみたいね」

別れ際になって、やっと本当のことを言うことが出来たシューラだった.
そして、アリョーシャもまた、自分の気持ちを伝えたかったのだけど.
けれども、会話はそこまでで、列車は発車してしまう.

『婚約者はいないって、愛の告白のつもりだったのに』、列車を見送ったシューラ.そして、
『君に打ち明けたい』、そう言って列車を降りようとしたアリョーシャだったのだが.
二人の思いを他所に、列車は遠ざかって行く.そして、二人の愛は戦争で引き裂かれる事になり、この時の別れが永遠の別れとなってしまった.

なぜ、シューラはもっと早く本当の事を言えなかったのだろうか.二人が愛を確かめ合っていれば.....伝えることが出来なかった二人の想いが、二人の別れの悲しみを、より深いものにしているのは間違いないであろう.
『バカみたいね』、シューラは自分が嘘をついていたことに対して、最後にこう言った.
もっと早く本当のことを言えばよかった、言わなければならなかった.....

戦争とは、嘘によって成り立つものである.
戦争によって、皆が嘘つきになってしまう.
あたかも嘘を言うことが正しいことのように、嘘を言わなければならないように思い込んでしまうのが戦争である.

今一度書けば、
戦争は嘘によって成り立ち、憎悪の感情によって行われるものである.
こう考えれば、真実のの心を語る勇気と、その心によって成り立つ愛は、戦争を止める力になるはず.

ただひたすら、帰らぬ息子を待ち続ける母親
生きて帰ってくれさえすれば.....ひたすら夫の帰りを待ちわびていた片足の男の妻
もう一度会いたい、もう一度会って、自分の気持ちを伝えたい、そう願った、シューラとアリョーシャ
彼らの姿から、真実を語る勇気を学べば、その勇気は戦争を止める力になるはずだ.

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【天地が一転する自在なカメラワークや】
戦争で手柄を立てた奴は、悪いやつである.
悪いやつを、悪い方法で撮影した.....そう言う表現に過ぎないと思いますが.

rumichan |  2016/04/24 (日) 06:48 [ 編集 ] No.426


はなまるこより

rumichan様、私の稚拙な感想以上の素晴らしい解説をいただき、ありがとうございました。
私個人にとっても、心に残る好きな映画です。

私などには付け加えることなど何もないのですが、
>戦争とは、嘘によって成り立つものである.
>戦争によって、皆が嘘つきになってしまう.

仰られる通りですね。この嘘から生まれるのは悲しみばかりですね。
シューラとアリョーシャの恋、母親が息子を思う気持ち。
思い出すだけで胸が締め付けられます。

rumichan様★ |  2016/05/02 (月) 09:27 [ 編集 ] No.429

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