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『アフリカの女王』 (1951/イギリス)

   ↑  2013/01/18 (金)  カテゴリー: ロマンス、ドラマ
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アフリカの女王 [ ハンフリー・ボガート ]


●原題:THE AFRICAN QUEEN
●監督:ジョン・ヒューストン
●出演:ハンフリー・ボガート、キャサリン・ヘプバーン、ロバート・モーレイ、ピーター・ブル 他
●1914年、ヨーロッパで第一次世界大戦が起った頃、アフリカのドイツ領コンゴでは、ドイツ軍が村の掠奪を行い、宣教師はそのショックで死んでしまった。彼の妹ローズは天涯孤独の身となってしまったが、村々に食糧や郵便をくばる川蒸気船「アフリカの女王」号を操るチャーりーという男が船にのせてくれることに。しかし、彼らの行く手には激流や大瀑布、そしてドイツの戦艦が待ち受けていた・・・!




『アフリカの女王』という映画のタイトルを聞いて絶対に思い出すのが、カンカンに頭にきたヘプバーンが酒瓶からドボドボとジンを流してしまうシーンと、意気投合し始めたお二人が熱烈にキスするシーン。

一般的にボガートは「煙草の煙」「襟を立てたトレンチコート」「不敵な笑み」といったハードボイルド映画によるイメージが大きいわけですが、でも絶対に彼はこの作品のような、人間味丸出しのモジモジ&ニタニタしたおっちゃん役が似合っている!!と私は思うのです。私は、この映画のボロボロよたよたで人間味温かなボガートが一番好き。




この映画は、この作品自体のことよりも、撮影途中にジョン・ヒューストン監督が象狩りに夢中になってしまってスタッフみんなが焦りまくったという逸話(『ホワイトハンター ブラックハート』でクリント・イーストウッドが監督・製作・出演して描いている)や、ボガートの酔っ払い振りは演技じゃなくて本当に飲んだくれていたんだ、というようなエピソードの方が有名すぎるんですよね。そして、この作品は当時アメリカを吹き荒れていた"赤狩り"の窮屈さから飛び出し、本物の自由と闘った彼らのパワーがあります。


学生時代に図書館で一気に読んだ『「アフリカの女王」とわたし』。キャサリン・ヘプバーンが記したこの著書が本当に面白かったのです。この内容については、ぜひまたこのブログでも書いてみたいなぁ。この映画は、映画製作に携わる人々の情熱やバイタリティに満ち溢れているのですから。

アフリカの女王@映画生活






■追記:2013年1月
え~、突然ですが、毎年行っている「健康診断」に先日行って参りまして。
待っている時間には、毎年のことなので本を一冊携えていくのですが、今年はこの「『アフリカの女王』とわたし」を持っていきました。読んでいたら映画のことも懐かしくなって、この映画またまた再見してみました。



お堅い女性宣教師と飲んだくれの船長が、二人でアフリカのジャングルの中を流れる川をナチスドイツの攻撃をかわしながら蒸気船で下る!という、いわばこの映画は冒険アクション&ロマンティックコメディ。首元までキッチリ服を着込む女性が過酷な環境の中で次第にオープンになり、やがては熱烈な恋をしてしまうというその過程が、ほぼ全編泥だらけ&汗まみれにもかかわらず、キャサリン・ヘプバーンの茶目っ気のある演技によって輝いて見えます。


映画『アフリカの女王』のほとんどのシーンは、当時はまだベルギー領だったコンゴとウガンダで撮影されました。
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8週間にも及ぶこのアフリカ奥地での撮影は「『アフリカの女王』とわたし」を読まずとも、1951年という時代のことを考えればその大混乱ぶりは難なく想像できてしまうところですが、製作時のクルーたちの年齢も凄いんです。彼らの年齢やステータスを考えると、そのバイタリティに敬服してしまいます。

●監督:ジョン・ヒューストン 45歳
●製作者:サム・スピーゲル 48歳
●主演:ハンフリー・ボガート 52歳
●主演:キャサリン・ヘプバーン 45歳

≪私はなにも、その土地の動植物をテクニカラーで撮りたくてアフリカまで出かけたわけではない。ある種の環境におかれた俳優たちがある種の生活を体験すると、それがかならず彼らの演技に表れてくるのだ。そこにさまざまな困難がともなうというまでもないが、映画ができあがってみると、その困難が役柄を豊かにしていることはとてもよくわかる≫アフリカで撮影した理由を問われてヒューストンはこう語っている。
「アフリカの女王」とわたし 訳者あとがき(p.229)



そして、これと同時に『アフリカの女王』という映画を思う時に無視できないのは、当時のアメリカ社会を覆っていた重く暗い影・・・「赤狩り」についてです。以下は2010年11月30日 NHK-BShiで放映された『永遠のヒロイン その愛と素顔(第2回)私が愛される理由 ~キャサリン・ヘップバーン~』という番組から、『アフリカの女王』製作当時についての内容です。少し長くなりますが抜粋してみます。

第二次世界大戦後の米ソ対立の最中、マッカーシー率いる「非米活動委員会」がハリウッドに思想調査に入り、政府の方針に批判的な映画製作者の洗い出しを始めたのです。キャサリンが共に映画を作っていた監督や脚本家が次々と非愛国的思想の持ち主として名指しされ、仕事が続けられない状況に陥りました。政府は、調査に反対する俳優に対するの圧力を強め、次第にハリウッド全体に自由な言論が許されない状況になっていきました。


そんな中、言論の自由を求める有名俳優を中心とした【言論自由の会】が組織され、ハンフリー・ボガートやローレン・バコールらとともにキャサリンも名を連ねました。

非愛国者のブラックリストにキャサリンの名も挙げられ、彼女の映画を上映しないという映画館も現れました。次第に仕事もやりづらくなっていく彼女の窮地を救おうと、スペンサー・トレイシーは映画の企画を準備していました。愛国心とは何か?を問いかける作品でした。スペンサーが演じたのは、選挙キャンペーンにあけくれる大統領候補。キャサリンは、彼に本当の愛国心を気付かせる妻の役でした。
(フランク・キャプラ監督:1948年『愛の立候補宣言』)

しかし、キャサリンへの逆風はおさまりませんでした。

1950年。彼女はアフリカにいました。【言論自由の会】の仲間たちとともにハリウッドを飛び出し、前例のないアフリカ長期ロケに挑んだのです。不当な侵略と闘うために命がけでアフリカの川を下る女性宣教師の姿は、アメリカで自由を求め孤高を貫くキャサリンの姿と重なり、多くの共感を呼びました。


この解説にあるとおり『アフリカの女王』とマッカーシズムの影響とを切り離すことはできないでしょう。しかし、不思議なことにキャサリン・ヘプバーンは『「アフリカの女王」とわたし』の中で"マッカーシズムへの反発"については何一つ触れていないのです。ハリウッドでの映画製作が危うくなりかけていたことも、自身が"非愛国者ブラックリスト"に名を連ねられていたことも。


Bacall, Bogie, and Hepburn fly to Africa

私は「『アフリカの女王』とわたし」を再読しながら、そして再度この映画を観ながらとても強く感じたことがあります。ヘプバーンは赤狩りの影響によってハリウッドの友人たちや自分自身までもが窮地に立たされたことも、逆風に晒されていたことも、それらを何一つ理由にはせず、そんなハリウッドからは飛び出してどんな圧力からも邪魔されず、やりたいこと、好きな事を大胆不敵にもやってのけたという、漲る自信とこの作品に携わったことへの誇りとを。


目標を定め、臆することなくドイツ軍艦に立ち向かっていった映画の中のの堂々たる彼女の姿が、それを証明しているかのようです。





ハリウッドに吹き荒れたマッカーシズムについてのメモ

ハリウッド・ブラックリスト(Hollywood Blacklist)
1940年代後半から1950年代中ごろ、マッカーシズムによる赤狩り旋風が吹き荒れる中、その中心的機関であった非米活動調査委員会(House Un-American Activities Committee:HUAC)が取調べを行なうため、ハリウッドを中心とする娯楽産業で活躍していた映画監督、脚本家や映画俳優などの芸能人の中で人生のある時期に共産党と関連があったとして列挙した人物のこと。


ハリウッド・テン(Hollywood Ten)
HUACの召還や証言を拒否して議会侮辱罪で有罪判決を受けた主要な10人。
アルヴァ・ベッシー (脚本家)
ハーバート・ビーバーマン (映画監督・脚本家)
レスター・コール (脚本家)
エドワード・ドミトリク (映画監督)
リング・ラードナー・ジュニア (ジャーナリスト・脚本家)
ジョン・ハワード・ローソン (作家・脚本家)
アルバート・マルツ (作家・脚本家)
サミュエル・オーニッツ (脚本家)
エイドリアン・スコット (脚本家・プロデューサー)
ダルトン・トランボ (脚本家・映画監督)


言論自由の会(The Committee for the First Amendment:憲法修正第一条のための会)
アメリカ合衆国憲法修正第1条(the First Amendment)では「言論の自由・表現の自由」が保障されている。ハリウッド・テンの彼らにその権利と保護を与えるべきと、ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール、ウィリアム・ワイラー、ジョン・ヒューストン、ジーン・ケリーなどによって形成された。HUAC公聴会で抗議するためワシントンを訪れた。


Frame By Frame: Hollywood Blacklisting

University of Nebraska-Lincoln(ネブラスカ大学リンカーン校)の映画学 Wheeler Winston Dixon教授による、ハリウッドのブラックリストの原因と影響についての解説。
※英語字幕が付いているのでリスニングに弱い私でも大丈夫だった!!(笑)


『我が家の楽園』 (1938/アメリカ)
  『我が家の楽園』 (1938/アメリカ)
イタリア移民として映画界で成功を収めたフランク・キャプラ監督は、第二次世界大戦中は米国陸軍通信部隊として従軍し、プロパガンダ映画『我々はなぜ戦うのか(Why We Fight)』シリーズ等を製作し愛国心を示す。しかし赤狩り旋風時には非米活動調査委員会から容共的人物とみなされ、戦後の映画製作活動は失速していく。1948年の『愛の立候補宣言』で主演したキャサリン・ヘプバーンの言葉が印象深い。
「彼は本物の"古き良きアメリカ人"でした。特定の支持政党を持たない、フェアな人間であり、自由を愛する人でした。アメリカ生まれの私たちには当然のことでも、移民の彼にはその真の価値がわかっていたのでしょう。彼の政治的信条は、言うなれば"アメリカに住む喜び"だったのです。」「素晴らしき哉、フランク・キャプラ」第6章「赤狩り」より引用 /集英社新書 井上篤夫・著


『グッドナイト&グッドラック』 (2005/アメリカ)
  『グッドナイト&グッドラック』 (2005/アメリカ)
アメリカ中のあらゆるマスコミが、自分自身が赤狩りの標的になることを恐れてマッカーシーに対する批判を控えていた時代。人気キャスターのエドワード・R・マローは自らがホストをつとめるCBSの番組「See it Now」で、言葉だけを武器に「共産主義の脅威と戦い自由を守る」との言葉を盾にして強引かつ違法な手法で個人攻撃を行うマッカーシーのやり方を公然と批判し、赤狩りによって社会に蔓延した"恐怖"へと立ち向かっていった。




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  2013/01/18 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

Comment


>私は、この映画のボロボロよたよたで人間味温かなボガートが一番好き。

ですよね~!
わたしもスーツで気障な彼より、こういうだらしなくて男くさい彼の方が好きです。
撮影中、本当に酔っ払っていたんですか(笑)

この作品を何も知らずまっさらな状態で楽しんだ後、「ホワイトハンター ブラックハート」と出会って「あの作品のことか!」と嬉しくなったのを覚えてます。
でも、赤狩りの背景についてはあまり詳しくなかったので、はなまるこさんの記事を読んで勉強になりました!

ストーリーは王道だし、登場人物も少なく、今のアドベンチャー映画と比べると安っぽいところもあるのに、なんだか妙に惹きつけるものがあったのは、制作者たちの情熱と信念があったからなんですね~。
この前、チャップリンの「ニューヨークの王様」を観て、面白いところもあるんだけども、あまりに直接的にアメリカ批判をしていて、彼の境遇や怒りが伝わってきてしまってあまり笑えなかったです。
色んなやり方があるんだなぁと考えさせられました。

宵乃 |  2013/06/27 (木) 11:24 [ 編集 ] No.131


はなまるこより

宵乃さん、こんばんは♪
アフリカの女王のボガートのこと、宵乃さんもお好きだったとは!嬉しいです~(*^_^*)ヤッター
タフガイとしてクールに決めたボガートも確かに渋くて良いですが、でもやっぱり、あのちょっと隙っ歯の顔でモジモジしながらニーッと笑ってはキャサリン・ヘプバーンに振り回されているオジサン役、魅力的ですよねー!!この映画でオスカーを獲ったという事実は、彼の魅力を象徴している出来事だなーと思います^^

>ストーリーは王道だし、登場人物も少なく、今のアドベンチャー映画と比べると安っぽいところもあるのに、なんだか妙に惹きつけるものがあったのは、制作者たちの情熱と信念があったからなんですね~。

私も確かに安っぽい感じ!(笑)しましたしましたi-237
でもやっぱり、アメリカを飛び出してアフリカで撮影した!というとんでもないパワーが端々から伝わってくるんですよね!スタジオの中でライティングを気にしながら気取った俳優を使って撮影したものとは違って、実際にアフリカに乗り込んでいける、そんな人間の魅力そのものが映っているんだろうなと思いました。ボガートに同行したローレン・バコール、この人も単なる美人というわけでなく、ただ者じゃないなーと思います(笑)。

>この前、チャップリンの「ニューヨークの王様」を観て、面白いところもあるんだけども、あまりに直接的にアメリカ批判をしていて、彼の境遇や怒りが伝わってきてしまってあまり笑えなかったです。
色んなやり方があるんだなぁと考えさせられました。


チャップリンも赤狩りによって映画人生を大きく左右された方ですよね。「ニューヨークの王様」観たことがないのですが、そうかあまり直球過ぎると、批判や風刺とエンタテイメント性のバランスが難しくなるんですね。なるほどなるほど~、映画って受け取り手あってこそ、ですね。宵乃さん、いつも素敵なコメントくださって本当にありがとうございます!勉強になりますi-190

宵乃さんへ★ |  2013/06/27 (木) 23:43 [ 編集 ] No.132

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