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『パラダイス・ナウ』 (2005/フランス、ドイツ、オランダ、パレスチナ)

   ↑  2010/10/06 (水)  カテゴリー: シリアス、社会派
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★DVD/洋画/パラダイス・ナウ/ULD-369





イスラエル占領地ナブルス。
ヨルダン川西岸地区の北に位置するそこは、周囲を隔離壁で囲まれ、イスラエル軍の監視下のもと人々は自由に外へ出ることはできない地域。水源もイスラエルにおさえられつつある貧困の中、まるで世界から見放されたように夢も希望も持てず、ロケット弾が飛び交い、銃撃戦の音が鳴り響き、閉塞感と絶望に押し殺されたような町。




この占領下で生まれ育ち、「外」へ出ることも許されず、ただこの現実に耐えて生きてきたパレスチナ青年サイードとハーレドは、ある日自爆攻撃(suicide attack)の遂行者として選ばれます。決行は明日。パレスチナ人組織の指導者らは「価値のある死だ」「英雄になれる」「天国が待っている」と何度も繰り返し、サイードらも「光栄です」と受け入れ、それぞれは静かに最期の夜を迎えるのでした。



この青年たちは、狂信的な人間なのだろうか?と私は幾度も幾度も思うのです。
冷酷無比で、本当に死を恐れず、この自爆攻撃がナブルスの町やパレスチナの人々を救うと心から信じているのだろうか、と。

彼らは心の奥底ではきっと知っているはずなのです。「命」に対して、躊躇もしているはずなのです。しかし、これをジハード(聖戦)だと思い込まなければならない状況下にあることが、彼らを「死」へと一歩進めてしまうのではないかと私は思うのです。


桁外れの軍事力を誇るイスラエル軍に対して、もはや抵抗力を失うほど追い詰められた人間の手に残された最後の力は、自らを武器に憎むべき相手を道連れにした自殺しかないのかもしれません。人間としての尊厳を奪われ、大切な家族を奪われ、生きる希望もない現在(now)なら、せめて天国(paradise)へ行けると信じられなければ、自爆などできはしないでしょう。

巻き込む相手にも大切な家族や友人がいることに想像が及ばぬほど、生き抜く手段をもはや選択できないところまできているというギリギリの現実。初めて自分の存在意義を肯定し、正当化し、神のもとに行けるのだと信じきること・・・それだけが唯一持てる「希望」だとして。




「死ねば天国へ行ける」と喜んでいたハーレドが、決行当日、フェンスを越える際にはぐれてしまったサイードを探して車で町中を走り回り、前日にサイードが知り合った女性スーハを乗車させるシーンがあります。彼女は自爆攻撃の事実を知り、彼を思い止まらせようと懸命に説得します。スーハは「外部」の目を持つ唯一の人間。そんな彼女に対して、絶望感しか知らずに育ったハーレドは初めて生きるという選択肢の力を見たはずです。

「頭の中にしか天国はないのよ!」と言い切るスーハの、ムスリムにとっては恐れるほど強烈な言葉がこのシーンにはあります。ここまで言い切った映画を私はこれまで見たことがありません。このセリフを入れることが、イスラム世界においてどれだけ大きな反響を呼ぶのか、私にはとても想像できません。しかしこの言葉が、自爆攻撃を考える人間たちすべてに向けて叫んでいるかのように私には聞こえてなりませんでした。どうか、生きて欲しいと。どうか、踏みとどまってほしいと。

初めて死なずに"生きる"という道を探す可能性を感じた彼は、そこで初めて自爆攻撃に対する死の恐怖、問題は解決しないという事実を自ら掴み取り、そして全力で生きる道を模索し始めるのです。

その頃。
僅かながらも自爆攻撃に対して疑問を抱いていたサイードは、"処刑"された自分の父親のことを思い返していました。サイードが決断する道とは・・・。
組織の代表に自らの決意を語るサイードの目を、私は忘れられません。





彼らに、生きる道を諦めるなと願うのは酷なのでしょうか。

自爆攻撃は、決して「解決」ではなく「復讐」にしかならないことは明白です。たとえ「復讐」をその手で終えたとしても相手からの抑圧・締め付けは一層強まり、残された者たちの苦しみは果てしなく続くのです。自爆は解決などにはならず、相手に対して更なる攻撃の理由を与えることに繋がるだけなのです。決して、解決にはならないのです。



そして自爆遂行者たちも、二度と家族や母親のもと、愛する人たちのもとに戻ってくることはありません。

イスラム教には有名な伝承で、ムスリムが大切にしている言葉があります。天国は母親の足元にあると。彼らはそんな母親を残して旅立ってしまうのです。

尊い命を巻き添えにしていった彼らの目に、天国は見えたのでしょうか。



●原題:PARADISE NOW /الجنّة الآن‎ 
●監督:ハニ・アブ・アサド
●出演:カイス・ネシフ、アリ・スリマン、ルブナ・アザバル、アメル・レヘル、ヒアム・アッバス 他
●パレスチナの幼馴染みの二人の若者が自爆攻撃に向かう48時間の葛藤と友情を描いた物語。各国で賛否を巡って活発な議論を呼び起こした。パレスチナ映画としては初めてアカデミー外国語映画賞にノミネートされたが、実際に起きた事件の犠牲となった若者の家族が「犠牲者の痛みを無視し、世界にさらなるテロを誘発する」として本作品を抗議、イスラエルの人々による大々的な反対運動が起るなど様々な物議を醸した。監督はパレスチナ人のハニ・アブ・アサド。また、共同プロデューサーの中にはイスラエル人プロデューサーも名を連ねている。なお、撮影は映画の舞台ナブルスにて実際に行われた。映画撮影時より状況はさらにひどくなり、ロケット弾が飛び交い、市民が射撃され、市民の移動の自由もなく、人間としての尊厳が保てない状であるという。「隔離壁を作り続けているイスラエルは"民族浄化(ethnic cleansing)"を行っている」とアサド監督はインタビューで訴えている。



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  2010/10/06 | Comment (1) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

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特攻

イスラエルで自爆テロ未遂で捕まった者に、インタビューした.
『あなたが仕掛けた爆弾によって、女性、幼い子どもなど、なんの罪のない人達が犠牲になることをどう思うか』
『私は神の教えに従って爆弾を仕掛けるだけである.その結果、誰が生き、誰が死ぬことになるかは神が決めることである』

自爆攻撃を行う人間には自らの意思で行う者と、他人に洗脳、強要されて行う者と二種類ある.
日本の特攻隊は、強要されて、嫌と言えないように追い込まれて行った者が大半である.
で、日本人がパレスチナ人に自爆攻撃を非難する意見を言ったところ、『何を言うのだ、自分たちは日本人が行った特攻を参考にしたのだ』、こんな答えが返ってきたらしい.
これに対しては、はっきりと反論をすることが出来る.(しなくてはいけない)
日本が特攻を行った対象は、もっぱら戦艦、および空母で、軍事目標以外には全く行っていない.
どこまで自分の意思かは別にして、死にたい奴が死ぬことと、全く無実と言ってよい者が犠牲になることとは別の問題である.

日本の特攻というと、飛行機で敵の軍艦に特攻することだと思っている人が大半でしょうが.
ソ連が侵攻してきたとき、満州の国境近くで食い止めようと、肉弾攻撃を行いました.
蛸壺という穴を掘って、10kgの爆薬を背負った兵士が穴に隠れていて、戦車が近づいて来たら穴から飛び出して、体当たりして爆薬を破裂させる.
偵察を命じられて丘の上から見ていた人の話では、人間の体は粉々になって吹っ飛ぶけれど、戦車はびくともせず進んでいった.
全員が肉弾攻撃を行ったわけではないと思いますが、八百五十名の兵士が参加し七百五十名が犠牲になったと言われています.
こんな話を聞けば、誰も真似しようとは思わないのではないか.....

rumichan |  2016/08/06 (土) 23:36 [ 編集 ] No.440

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