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『ワンス・ウォリアーズ』 (1994/ニュージーランド)

   ↑  2010/07/30 (金)  カテゴリー: シリアス、社会派





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●原題:ONCE WERE WARRIORS
●監督: リー・タマホリ
●出演:レナ・オーウェン、テムエラ・モリソン、ジュリアン・アラハンガ、マヌエンガロア・カーベル 他
●ニュージーランドの都市部スラム街に居住する「マオリ族」について、ある一家の物語を通して国内でもタブーとされてきた様々な現実問題を炙り出した人間ドラマ。マオリ族の血を引くアラン・ダフの同名小説を、やはり同じ血を引くリー・タマホリが初監督した映画作品。



「マオリ族」はニュージーランド国民の約15%ほどを占めており、この映画は彼らの抱える問題(教育・貧困・失業・犯罪の連鎖)をリアルに描いたとして、当時はかなりの反響を呼んだとのこと。


この作品の視点は非常にリアルです。
観る側に、主人公一家たちから目を背けることを決して許さない強靱さがあり、それが私にはとても辛かった点でもありました。恐らくこの映画が描きたかったのは、彼らが受けている社会的差別の現状や、それに抑圧されて自尊心を失ってしまった若者たちが起こす犯罪、失業からくる荒んだ生活等だとは思うのですが、私が見ていた一点、それはそれら全てを負った男が起こす家庭内での「暴力」の凄惨さでした。

抑圧された民族や人種の出身者には、それを他者へ怒りとして暴発させる人間もいることを私は身近に知っていました。決して彼らを正当化するものではないのですが。窒息すると顔が別人のように腫れることも、それでも逃げられない日常生活があることも。まるでその場へ手が届くようにそれらを赤裸々に描写し、そして吐き気がするほどその根底にある両者の叫びを轟かせ続けるのが、この映画が映像として見せる凄まじいまでの力です。

現実がそうであるように、この映画もいつしか惨たらしい現実の幕が引かれる時がやってきます。暴力を受けることと家庭を守ることがイコールとなる矛盾が、最終的に家族の悲劇を引き起こしてしまうこの物語の結末は、あまりに悲しく惨いものがあります。もちろん、拳の力を本当の力だと思い込んでいた男の哀れな末路を描くことも忘れてはいません。


自分達のルーツを持て余していた息子達が母親と家族を守り、それぞれに問題を乗り越えて頼もしく成長したことを感じさせるラストは、観るものに安堵感を与える唯一のシーンかもしれません。

かつて「戦士」だった者たちが直面している現実を、この映画は直球で私達に投げかけてくるのです。私個人にとってはあまりにも辛い映画だったこともあり、恐らくもう二度と観ることはないだろうとは思うのですが、映画の持つ威厳、気迫、気高さをきっと忘れることはないだろうと強く感じました。




最後に映画的な側面についても、少し触れておくことにしましょう。

ニュージーランドの映画産業自体が小規模で歴史も浅かったこともあり、この映画が製作された1994年は年間でなんと3本しか作られていなかったというから驚きです。しかし、ジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』(1993年)が4つのオスカーを受賞して以降、国家をあげて映画産業に力を入れている模様。最近ではNZ出身のピーター・ジャクソン監督の目覚しい活躍もあり(ラッセル・クロウも実はNZ出身→オーストラリアに移住だそう)、また、自然環境が素晴らしい土地柄でもあるためハリウッド映画のロケ地としても近年有名になってきていますね。

映画の中で出てくるマオリの若者たちによるハカの1シーン。

「出陣の踊り(ハカ)で一番大切なのは最初の動きだ。先祖の魂に手を伸ばし、体の中に引き込むんだ。蝶々を捕まえるわけじゃないんだぞ。目を覚ませ!」
マオリ族の多い少年院で指導され、問題行動の多かった彼らは本来の自分達のルーツに目を向けていく・・・




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