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『泳ぐひと』 (1968/アメリカ)

   ↑  2013/02/18 (月)  カテゴリー: シリアス、社会派




泳ぐひと [DVD]


●原題:THE SWIMMER
●監督:フランク・ペリー、シドニー・ポラック 
●出演:バート・ランカスター、マージ・チャンピオン、キム・ハンター 他
●高級住宅街に現れた会社員・ネッドが、近所の自家用プールを泳ぎながら我が家へと帰っていく。その過程での友人たちとの交流を描いていく。ジョン・チーバーの短編小説を基に、F・ペリーが映画化したアメリカン・ニューシネマの名作の1つ。



※この記事は、2008年以前のレビュー記事より映画を再見→再投稿したものです。

ストーリーはごくごく簡単なのに、どのジャンルにも当てはまらないのがこの作品。2005年のレビュー時が初見でしたが、私にとっては"トラウマ映画"のひとつかも・・・・・。


主人公ネッドが高級住宅街にある友人たちの家庭用プールを泳ぎつつ、様々な人々と出会いながら自分の家へと帰っていく・・・。たったこれだけの話なのに、物語がラストにさしかかる頃にはプールの水で濡れている彼の体が、まるで自分のそれのようにヒンヤリ冷たく感じられて思わず身震いをしてしまう。信じている物や思い込んでいるものが引っ繰り返るその瞬間。人間とはここまで哀しいものなのか・・・

そんな強烈な思いが突きつけられた、忘れられないコワイ映画となっていたのでした。



真夏の日曜の午後。キラキラと輝く太陽のもとで歓迎してくれる友人達との楽しげな交流と思えたものが、4軒、5軒と進んでいくうちに次第に日は陰りだし、友人達の対応は徐々に冷淡なものへと変わっていきます。

彼らがおかしいのか?いや、考えてみれば肉体美を誇る主人公ネッドにも、どこか少し異常で不安定な感じがしてくるのです。何かがおかしい。そしてラストには、彼の無残な現実の姿がさらけ出されるのです。






映画『泳ぐひと』は、いわゆる「アメリカン・ニューシネマ」初期の傑作として知られていて、これを踏まえた映画評としてストレートに思い浮かぶのは「当時のアメリカ社会の"挫折感"や"敗北感"そのものを主人公ネッドが象徴している」というもの。

映画製作当時の1960年代の政治的、社会的背景といえば、キューバ危機、ケネディ大統領暗殺、ベトナム戦争への本格的介入、反戦運動、人種差別問題等の公民権運動、そしてキング牧師暗殺。世界におけるアメリカの確固たる強さが内側から揺らぎ始め、信じるべき方向性や希望さえも見失い始めていた時期と言われていますから。


ところが最近、この映画の原作短編小説で1964年雑誌「ニューヨーカー」で発表されたジョン・チーバー(John Cheever)の「The Swimmer」を翻訳で読む機会に恵まれ、この物語に対して別の側面からの捉え方を教わった気がしました。

それは、チーヴァーが「サバービア(suburbia=郊外住宅地)」を舞台とした短編小説を多く編んでいる作家であった、ということから見えてきます。

チーヴァーが手懸けた「塗り固められた見せかけの幸福の下にある不安定要素、それが暴かれる恐怖」というものが何故この時代の人々の心を捉え、注目されたのだろう?人々がそれほどまでに怖がっていたものはなんだったのだろう?ということに私は興味を持ちました。


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60年代アメリカ―希望と怒りの日々


そこで、当時の社会的背景を具体的に知るために「60年代アメリカ 希望と怒りの日々」というトッド・ギトリン(当時学生運動のリーダーでニュー・レフトを代表する社会学者)の著書を参考にしてみました。

ギトリンは「平穏で自足していたと考えられる50年代が不穏な60年代によって引き継がれた」と捉え、「まず推測されることは、この世代は豊かさにひたりながら、反面では喪失、崩壊、失敗の恐れで極端に悲痛な緊張感の中で人格形成がなされた」と考えています。

当時、住宅建設ブームがあり、地方から都会へ、都心から郊外へ、南部から北部へという大移動現象によって、何百万というアメリカ人が全く新しい居住空間を獲得していました。そこから都市郊外に移り住んだ人々の特徴をこの書から少し引用してみます。
 中産階級の親たちは、50年代の慣用語で言えば「不確実」の思いに苦しんだ。それは感じること自体が後ろめたいとされたものだった。なぜなそれは「不適合」を意味していたから。しかし消費への渇望を癒すためにローンを積み重ね、自分たちの犠牲的努力がいのあるものだったと納得するために、そして清教徒主義の心理的重圧から逃れるためいかに空間と物質の獲得に熱中しても、彼等は今いる快適な消費者の楽園がこのまま続くと思ってばかりはいられなかった。(中略)
 多くの兆候が、アメリカ人がこのエデンの園で必ずしも居心地のよい思いをしていなかったことを示している。この兆候は文化の広い領域に散在していたため異なる解釈をされることがあるが、その全体を総合すれば相当なものになる。たとえば、アメリカ人が収入の次第に大きな部分を生命保険に投入するという顕著な傾向が一つある。1950年から69年の間に、一家の収入のうち日常の支出に回される部分は49%の上昇をみたが、個人の生命保険契約の伸びは保険金高に換算して200%に達した。(中略)1940年から64年の間に、精神分析医の数が6倍近くになったことも注目に値する。

そう、人々は心の奥深くで「作り上げた幸福」の脆さを知っていて、それを薄々感じつつ覆い隠していたのでしょう。生命保険に入り、精神科医に頼ることで。

こんな例もあります。
パットナムの『孤独なボウリング』(*注)によると、1960年代にアメリカはその歴史上最もコミュニティ活動の盛んな時期を迎えていたという。1964年の『ライフ』誌が「米国人は今や、過剰な余暇に直面する」と宣言しているように、ポーカークラブや地域のボーリングリーグ、バーの飲み友だちと野球仲間とのつきあい、隣人とのピクニックやパーティ、教会活動など「過剰なまでの入会好き(ジョイナー)」として積極的に隣人との関与を求めていた。このようなアメリカ人のコミュニティ感覚とは、「偶然、一時的に、共に暮らすことのなった人々のあいだで絶えず生み出され続ける結びつきの感覚」なのである。そして、そのようなコミュニティ感覚を醸成するのに最もふさわしい「器」となったのが、郊外のコモンを有する住宅地であった。

*注 ロバート・D・パットナム『孤独なボウリング 米国コミュニティの崩壊と再生』柏書房、2006
住宅生産振興財団により年2回刊行される総合機関誌「家とまちなみ」№64より
まちなみ研究【郊外住宅地の成熟過程】第5回 ユートピアとしてのアメリカ郊外 (著:九州大学大学院助教 柴田建)



【Suburbia】 by Bill Owens


作り上げたコミュニティやステイタスから滑り落ちる怖さ。

『泳ぐひと』の舞台は高級住宅街であり主人公ネッドもハイクラスという設定ですが、中産階級という当時アメリカ人の最も多い層の人々にとって、この物語は他人事ではなかったのかもしれません。心のどこかで、一瞬ですべて失った大不況という一世代前の記憶が刷り込まれていたのかもしれない、という考え方も興味深いものがあります。

チーヴァーの他小説のように、消費に追い立てられて心の余裕や平静を失っていく人々の言動は、十分今の時代にも通じ合うものがあり、どこか狂的で危ういヒヤリとした怖さを感じてしまうのです。






 
夏の午後だったはずの熱気を感じる空気は、秋を感じさせる冷たい空気に変わり、赤や黄色に染まったカエデが風に吹き飛ばされる光景を目にし、ネッドは夏の星座の出ていない冬の夜空を見上げ泣きだしてしまう・・・・

小説の中では、彼が泳いでいく午後の時間が季節も含め、異常なスピードでグングンと進んでいることが明確に描写されていることにも気がつきました。

原作小説ではプールづたいに家に帰ろうと思いついた主人公ネッドは明らかに友人たちと一緒にいたわけですが、思い出してみれば映画版の冒頭では、彼は突然友人たちの前に現れるのです。水泳パンツ一枚で。いったい彼はどこから現れたのだろう?

このような不条理な設定のなかで、徐々に暴かれていく人間の脆さや隠しておきたい愚かしさ。この物語は、たとえ自覚がなくとも深層心理のうちに人々の心を大いに揺さ振り、また"見せかけの繁栄"へ批判的視点を持つ人々からも支持されたものだったのではないでしょうか。






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  2013/02/18 | Comment (2) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ | edit

Comment


早朝のスター・チャンネルで初めて見ました。バートランカスターの脚を引きずる海水パンツ姿が印象的。青春劇から浮気心や中年家庭の偽善性や中流意識の危機感や幻影がカフカの不条理な迷宮として炙り出されています。ラストの雨のシーンの寒々しさは救い難いが、衝撃的だった。

PineWood |  2017/01/04 (水) 08:31 [ 編集 ] No.458


はなまるこより

この映画、スターチャンネルで放映されていたのですね!

>青春劇から浮気心や中年家庭の偽善性や中流意識の危機感や幻影がカフカの不条理な迷宮として炙り出されています。
確かにカフカのような不条理的要素が強く感じられますね。こういった表現力を持つ映画は、観る者にも不安感を抱かせてより印象的になるような気がします。私が観たのはもう4年前になるのですが、ラストシーンは今でもハッキリ思い出せるほど衝撃でした。

コメントを残していただきましてありがとうございました。

PineWoodさんへ★ |  2017/01/04 (水) 21:32 [ 編集 ] No.460

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