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『天使の分け前』 (2012/イギリス、フランス、ベルギー、イタリア)

   ↑  2014/01/07 (火)  カテゴリー: コメディ


天使の分け前[ポール・ブラニガン]


●原題:THE ANGELS' SHARE
●監督:ケン・ローチ
●出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショウ、ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン、ジャスミン・リギンズ、ロジャー・アラム、シヴォーン・ライリー、チャーリー・マクリーン 他
●長引く不況で若者たちの多くが仕事にあぶれるスコットランドの中心都市グラスゴー。教育もままならない環境に育ち、親の代から続く敵対勢力との凄惨な抗争が日常と化した日々を送る青年ロビー。しかし、恋人との間にできた子どもがそろそろ出産時期を迎えることに免じ、刑務所送りの代わりに社会奉仕活動(community service)をすることになる。まともな生活を送ろうと改心した過程で親身に接してくれるハリーからウイスキーの奥深さを学び、興味を持つようになる。そして、ひょんなことから“テイスティング”の才能に目覚めるロビーだったが・・・。



明けましておめでとうございます。本年も宜しく願いいたします。
・・・で、さっそくなのですが、映画を観た後に「モヤモヤ~」っとしたものが残る作品に久々に出くわしてしまいました。あーこれが新年一本目だというのが余計にツライっす。なぜ「モヤモヤ」が発生してしまったのか。理由は以下の通り。


※この先、映画の内容について触れています。
 予告編でもわかる範囲の内容ですが、未見の方はご注意ください。
     ↓       ↓       ↓



「爽やか!」「痛快!」と宣伝されていた映画でしたが、"盗み"で人生逆転劇だなんて、うーん、これは明らかに更正の道としては間違っているでしょう。情状酌量の余地ありと何とか実刑を免れたのに、彼の行動は愛しい我が子と彼女を裏切ることにはならないのかな、と。


しかも、物語途中に挟まれる、かつて主人公ロビーから凄惨な暴力を受け、身体だけでなく人生も心もボロボロに傷付けられた被害者青年の話。私は彼や彼の家族のことを思うと、あまりに重く圧し掛かってくるものを感じて、その後の展開に心温まるどころじゃなくなってしまった・・・。『天使の分け前』という映画はアメリカの「ワシントン・ポスト」のレビューでも同じように「ロビーは応援するには難しい主役」「心から彼に成功してほしいと思えるでしょうか?」と言われています。


  ケス


レディバード、レディバード


マイ・ネーム・イズ・ジョー


SWEET SIXTEEN



かつてのケン・ローチ監督なら、過酷な環境に育ちながらも何とか這い上がろうとする登場人物に対しても、憎しみの連鎖、理不尽な暴力、荒れ果てた家庭環境、実の子を奪われて希望のない未来・・・といった絶望に近い痛みを課したはず。だから余計に、この映画の"不良青年の更生によるサクセスストーリー"に対して「希望はあるんだよ」とか「人生のやり直しはきくんだよ」とか、そういった単純な話として受け取っていいのか?とかなり戸惑ったのです。






それでモヤモヤを抱えてしまった私はローチ監督の意図が知りたくて、彼のインタビュー記事を読んでいくことにしました。そして少しずつですが『天使の分け前』という映画に対する印象も変わってきました。脚本家ポール・ラヴァティが本作のためのリサーチ過程で出会い、最終的に演技の経験がないにもかかわらず主役に抜擢されたというポール・ブラニガンの存在が大きかったように思います。ブラニガンはこの映画の主人公ロビーと同様に、何代にも続くファミリー間の武力抗争がもとで服役、頬の傷は本物、両親はヘロイン中毒という、グラスゴーにおけるリアルな負のスパイラルの中で生きてきた青年でした。

この映画のエンディングに希望を感じてくれる人がいるけれど、僕にとってはOnly hope is jobなんだ。仕事を持つことで人は自分に誇りを持つことが出来る。これだけの失業者を生み出した今の社会を見るとき、僕は、僕ら年長者の世代が、若者を裏切った気がしている。
    (中略)
ロビーは、父親になろう、親になろう、家族を養うために何か仕事を見付けようともがいている真っ只中で、だけど手始めにどうすればいいかも分からず、そのための道も全く見えていないんだ。アカデミックなプロセスがロビーを素通りしてしまったのは一目瞭然だ。なぜなら彼はついこの前までティーンエイジャーの不良で、しかもそれが当たり前の世界にずっと身を置いていたから。だとすると、どうやってこの世界から抜け出せばいい?ロビーは本気だと言っているが、もし彼のような世界に属し、そこがすべてだとしたら、足を洗うことはとても難しいんだ。
「仕事こそが希望、仕事を持つことで人は自分に誇りを持つことが出来るんだ」ケン・ローチ監督インタビュー【Web DICE】


スコッチ・ウィスキーの故郷であるにもかかわらず、低所得者層の若者は高級ウィスキーなんて飲んだこともない。まるでギャグのように登場するけれど、彼らが反逆と闘いとプライドの象徴であるキルトスカートを「穿いて行こう!」なんて発言するその無邪気さ、たとえ他人様から失敬してきたウィスキーでも、それしか恩人に渡せるものがない、思いつくのは盗みしかない、それしか出来ないという現実。こちらが勝手に期待した「人との出会い&テイスティングの技で未来を切り開くサクセス・ストーリー」は、この映画にはただのファンダジーでしかないわけです。



再度観た時には、彼らが自分たちのことですら「クズだ」「バカだ」「社会奉仕中のチンピラだ」と言うセリフにちょっと涙が滲んでしまいました。自分たちに何かが出来るとは思ってもいない、彼が酷い暴力で若者を傷つけた過去は、あのシーンだけが『天使の分け前』の中で浮くほどヘビーだけれど、実際に彼らを取り巻く悲痛な現実そのままの姿なのだと。そして人を傷つける行為だけは絶対に許されるべきではないと、ロビーにハッキリと向き合わせたものなのだと思います。




リッチな人間が多く住むコネティカットからやって来たアメリカ人が、レッドソックスの野球帽なんかを被って億単位のお金でウィスキーをポンと落札。

カネにもの言わせる奴らを痛い目にあわせてやろう!という映画ではないので、"常識的"に考えればロビーたちの行動に対して最初の「モヤモヤ」が消えることはないのだけれど。けれど、これはグラスゴーの無職で暴力に明け暮れる若者たちの話なのです。高級ウィスキーの"美味の極致"とは対極にある場所。「彼は反省も更生もしていない」「やっていることは以前と同じ」色々と言えることは幾らでもあるけれど、ロビーはこうやってしがらみから抜け出し、家族を守り、仕事を得るしかなかったのだと思う(しかない)。それを日本の生活の中から「爽やかな感動に包まれました!」「痛快な話!」「元気をもらいました!」という著名人の宣伝コメントはちょっと的外れなような気もしました。

「おそらくケン・ローチ監督の論旨は、グラスゴーの過酷な路上生活で生き残るには、中産階級のウイスキースノッブから盗むことは大したことがない、ということでしょう」という身も蓋もないイギリス「サンデータイムズ」のレビューには苦笑するしかないんですけれど、でもそれはそれで酷い現実(幸せを掴むには多少の窃盗は問題ない)を逆説的に見せつけた、新手のケン・ローチ的映画(←観終わった後にどーんと暗い気持ちになる)かもしれませんね(笑)。

本来なら映画だけから全てを感じ取れればいいのかもしれませんが、今回はモヤモヤが発生したおかげでスコットランドのグラスゴーにおける若者の失業率だとか子どもの貧困問題、世代を越えたギャング抗争などを知ることが出来たのでヨカッタと思うことにします。

参考:イギリスの社会的包摂政策:成功と失敗【季刊・社会保障研究】DavidGordon
     Glasgow East by-election: Stark social problems, poverty【World Socialist Web Site】





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ロビーたちが住むグラスゴーのカータイン(Carntyne)から、物語後半の舞台となる北ハイランドのドーノック(Dornoch)にあるバルブレア蒸留所(Balblair Distillery)。彼らにとっては大きな旅だったんだろうなぁ。



分断された格差社会から弾かれ、見放され、報われない者たちの叫びを常に代弁し続けてきたローチ監督。サッチャー元首相が亡くなった時の彼の発言を。
マーガレット・サッチャーは、現代において分断と破壊を引き起こした首相でした。大規模な失業、工場の閉鎖、破壊されていった地域社会、これらは彼女の残した遺産です。
(中略) 彼女の告別式を民営化しましょう。入札を行い一番安い見積もりでやりましょう。それこそ彼女が望んだものなのですから。
Ken Loach wants Thatcher's funeral privatised【YAHOO MOVIES】


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