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【中東映画】を観る時に思うこと、思い出すこと。※『1票のラブレター』(2001/イラン、イタリア)より

   ↑  2016/06/16 (木)  カテゴリー: 映画いろいろ・・・







『1票のラブレター』というイラン、イタリア制作映画を再見しました。
静かなユーモアに包まれた映画なので、なんだか久々に落ち着いた時間を過ごせました。

この映画の遠く広い空を見ていたら、なんだか色々なことを思い出してしまった・・・・

というわけで、今日はちょっといつもと趣向を変えて書いてみようと思います。ただ感想を書くだけなのも、なんだかちょっと飽きたのもあるんですけどね(笑)。







10年くらい前のことです。私は、日に5回「アザーン(اذان)」の声に包まれる町に住んでいました。



アザーンというのは、イスラム教の礼拝時間を知らせるモスクからの呼びかけ。とても美しいんですよ。

私は広い意味では「仏教徒」で、いやほとんど無宗教で、それに「無神論者」なんだと思っています。それでも、特にモスクで聴くアザーンには心落ち着くものを感じました。仏教のお経と響きが似ていると思うんですよね。


日本に戻ってきてからは、時々聞こえてくる「たぁ~けやぁー、さお~だけぇぇぇー」のスピーカー音を聞いて「あらーもうそんな時間?」なんて思うことも。あの遠くから聞こえるスピーカー音の伸ばし加減が・・・似ている気がするんだ!







それ以前はというと・・・・私はイタリアのナポリで伊語を勉強していました。この理由もまたスゴカッタのですが(笑)、でも思い立ったら絶対に行動せずにはいられない私は仕事をしながら独学で猛勉強(半年間)→イタリア語学校とプライベートレッスン(半年間)の後、そのままさっさとイタリアへ行ってしまった

で、肩やらオヘソやら出ていても全然気にしない「好きな服を着てるだけー、悪いことしてないよ~」のPRINCESS PRINCESSみたいな(古くてスミマセン笑)生活から、なぜかこれも運命だったのか、今度は肌も髪も露出しないイスラムの国へ。この行動力と適応力は「無謀」と言うのかな?「若さ」だったのかな?・・・いや、今でもやっちゃうかな(笑)。







地平線のずっと向こうまで、オリーブ畑が広がる国。
ここで私は、地元の人たちと同じように生活することになりました。


 
朝は新鮮な玉子や野菜、ヨーグルトで料理して、子どもたちには出来立てのゴマパンをパン屋さんへ買いに行ってもらい、いつもいつも淹れたての熱い紅茶を飲んで、時々モスクでアラビア語のクルアーンを教えてもらって、その後には甘~いお菓子をちゃっかりご馳走になっちゃったり。

断食(ラマダン)にも挑戦しましたよ。
約1ヶ月のラマダン中は、毎日日が暮れた後に断食がとけるので、夕食は家族みんなが集まって特別なご馳走(イフタール)をワイワイ食べるのです。毎晩、お祝いみたいな日々でした。







都会から遠く離れた地方では、大人の女性は髪をヒジャブ(スカーフ)で覆う人がほとんどでした。本当に時々、真っ黒な布で目だけを出しているアバヤ姿の人を見かける時もありましたが、ほとんどがスカーフ姿。もちろん私もずっとスカーフ着用。

ヒジャブってね、材質や柄はもちろんですが、巻き方や留め方、覆い方にも様々なバリエーションがあって、特に都会では毎年のトレンドもあったりして流行色もどんどん変わるんです。「今年はオレンジ系が流行るらしいわよ~」なんて女性どうしで情報交換も。


だから、男性陣が家を空けた時などは皆でスカーフを外して大ファッション大会!

 
普段は絶対見せないけれど、女性たちのスカーフの下はね、皆すごく素敵な髪飾りでヘアセットしていたり、とってもキレイなブロンドだったり。見えないオシャレは、ご主人だけに見せる美しさなんですね。「このカラー、どこでやってもらったの?」とか「あそこの靴屋さんの態度が悪いのよー!」とか。いわゆる【女子会】のノリ全開です(笑)。


確かに、宗教という名のもと"慣習"や"しきたり"として男性たちにスタイルを強要されたり教育を制限されている地域も残念ながら存在しますが、少なくとも私の住んでいた地域の女性たちは「私たちはムスリマである!」という堂々たるプライドを持った確固たるライフスタイルを貫いていました。迷う必要のない彼女たちの人生はすごく強い


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それにとても強かで、実は「カカァ天下」(笑)。
一見夫を立てているように見えるのですが、実のところ本当に家庭を動かしているのは女性たちだったりして。かあちゃんは強いな!







そして、忘れられない思い出。
とある観光地のモスクに行った時のことです。


礼拝前に手などを洗ってお浄めするウドゥ(الوضوء)の洗い場で、待ち合わせをして立っていた私にあるお婆さんが声をかけてこられました。

あ、これは本当によくあることだったのですが、私がモスクに行くと、明らかに「平たい顔族」の人間なので(笑)どこに行っても必ず「あなた中国人?日本人?」と興味津々で話し掛けられました。

で、私は日本から来たこと、イスラム教やクルアーンについて少しずつ教えてもらっていることを話し、「でもイスラム教徒ではないんですよ」とも伝えました。少し申し訳ない気持ちで。すると、そのお婆さんはとても穏やかな表情で「あなたは優しい子なのね」と仰ったんです。そして「あなたが日本人でも仏教徒でも、私たちは何も変わらないのよ。きっと神様もあなたを見ていて、守ってくださいますよ」と。

私は、言葉に詰まりました。

すごい衝撃だったんです。たぶん、親鸞聖人に「悪人正機説」を説かれて回心した盗人とか、銀食器を盗んでも許されたジャンバルジャンみたいな気持ち。オ、オレも救っていただけますのかー!という(笑)。

いや、正直なところ私は神さまに救っていただかなくても結構なのですが、でも私が驚いたのは"排他的""攻撃的"な面を持ちやすい宗教というものが、個人の捉え方によってはとてもつもない包容力を持つのだな、と。解釈の違いなのか、個人の心の持ち様なのか。

『運動靴と赤い金魚』 でも書きましたが、私には宗教心というものがないので彼らと同じ生き方はできません。でも、彼らの持つ信仰心から教えられ、気付かされたことは本当に沢山ありました。現在、私が暮らしていた場所はISとの戦闘地域に接しているため一家はヨーロッパへと移住し、私ももう訪れることはできません。だからこそなお一層、彼らと共に暮らしていた日々が、今の私の中で生き続けているのだと思います。






『1票のラブレター』は、イスラムの伝統的な島を舞台に、民主主義の実現のため健気に投票を促す選挙管理委員の女の子とそのお供をすることになった呑気な警備兵との1日を、シュールでユーモラスに綴ったイラン映画です。


選挙管理委員の女の子が呑気な警備兵の男の子とジープに乗って口喧嘩になったり、それでも一緒に手を洗ってゴハンを食べたり、途中コンパクトミラーを出して身だしなみを整えたり。

「中東映画」という枠で見れば確かに"遠い国の話"でしかないのですが、でもこれは、どこにでもある不器用な恋の物語なんですね。ラストの警備兵くんの台詞なんて、音楽に日本の琴の音を使っていることもあって、その淡い恋心に"胸キュン"すること必至です。



本来、この映画が発しているメッセージというのは、"米国が推し進めてきたような政治文化"を持たない地域(宗教や信仰などが絡みに絡んだ場所)で民主的プロセスを持つ選挙制度を適用しようとすることの困難さや懐疑性など・・・なのかもしれません。イランの映画ですので。

でも、何よりも、まず私の心に真っ直ぐ飛び込んでくるのは「人が人を想う気持ちはどこの国でも同じこと」という単純なことなのです。本当に当たり前のことなんだけれど私が【中東映画】を観る時には、いつもそんな"懐かしさ"がぐっと込み上げてくるのです。



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