『僕たちのキックオフ』 (2008/イラク・クルディスタン地域、日本)

はなまるこ

はなまるこ


●原題:KICK OFF/A Little Ground for Play
●監督、脚本:シャウキャット・アミン・コルキ
●出演:スワン・アテュフ、ゴワール・アンワル、ロジャン・ハマジャザ 他
●イラク北部の都市キルクーク。家を失ったクルド人たちがスタジアムの中に仮住まいを作って住んでいる。若い娘ヘリンに淡い恋心を抱く青年アスーは、子供たちのために「少年サッカー大会」を開こうと計画する。試合当日、クルド人少年のチームとアラブ人少年のチームのゲームは混戦模様になるが・・・。




まずは、この作品の社会的背景を。

イラクのクルド人は、サッダーム・フセイン政権下(1979~2003)の苛烈な弾圧や虐殺により、土地や財産を奪われ行き場を失いました。

イランと同盟を組んだクルド人勢力により武力闘争が激しかったイラク北部のキルクーク(この映画の舞台)は、フセイン政権時代にアラブ人を外部から移住させてクルド人を追い出した【アラブ化政策】がとられた町です。



同政権の崩壊後にイラク軍はキルクークを放棄したため、イラン国境に近い東部のスレイマニヤなどのクルド人自治区の人々が押し寄せ、前政権下で家を追われたり家族を殺された者たちによる裁判が多数起こされたり、また、アラブ人・クルド人・トルクメン人らの支配権争いによる民族対立から自爆テロも頻発するようになったのです。






この映画は、こうした現実的な背景のほとんどの要素が一体どこまでが映画なのか分からないほどに映し込まれています。モノトーンに近い暗く沈みこんだ独特の色彩感はまるで閉塞感そのもののようで、とても哀しい印象を受けました。



住居を追われたクルド人らが身を寄せて暮らすキルクークの荒廃した競技場。

給水車も決められた日に来ることもなく食糧も配給に頼る不安定な日々。それでも人々は、僅かな水でウドゥー(礼拝前の浄め)を行ったり、恋をしたり、イタズラをして怒られたり、ささやかな日常生活を営んでいます。

そんな中、民族対立の根深いこの地域で、こどもたちによるサッカー大会を開催しようと青年アスーは計画します。職もなく、未来への展望もなく、さらにはサッカー場の住居でさえ役人から立ち退きを迫られる日々。その"キックオフ"こそが、若者や子供たちにとって僅かな光となるはずでした・・・





ドラマチックな展開もなく、また声高に何かを叫ぶことなく終始抑えたトーンで淡々と描かれるこの映画の手法は時にドキュメンタリーにも近いものがあり、監督いわく「"戦後"という似た状況があるからかもしれない」という言葉の通り、イタリア映画で起こった【ネオ・レアリスモ】を彷彿させるものです。

ややもすれば希望も幸福も探すことのできない不条理で悲痛な映画とも捉えられそうですが、これが現実であり、この作品にこれ以上の"何か"を求めることは観る者の勝手な都合でしかないでしょう。

現実の社会問題を真正面から捉えたこの映画は、制作途中に何度も脅迫にあったといいます。この映画の価値は、まずそれらに屈せず完成まで漕ぎつけたという、毅然とした存在感なのだと強く感じ入りました。


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