『1408号室』 (2007/アメリカ) ※ネタバレに注意!!

はなまるこ

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1408号室


●原題:1408
●監督:ミカエル・ハフストローム
●出演:ジョン・キューザック、サミュエル・L・ジャクソン、メアリー・マコーマック 他
●スティーヴン・キングの短編ホラーをジョン・キューザック主演で映画化。主人公マイク・エンズリンは、超常現象を信じないホラースポット専門のオカルト作家。ある日、N.Y.のドルフィン・ホテルにある“1408号室”の存在を知る。ここに宿泊した者は、全員謎の死を遂げているのだという。興味をひかれたエンズリンは迷うことなくNYへと向かうのだったが・・・。



Gyao!映画
オンライン試写会で鑑賞です。Gyaoさんに感謝。





この映画、まるでジョン・キューザックの1人舞台劇を見ているかのようで、面白く見させていただきました。

ただ。
見る前は、「スティーブン・キング原作」ということで、これが吉と出るか凶と出るか!?そんな賭け気分でした。アメリカン"大味"ホラーのビックリドッキリ作品だったらイヤだなぁ~とか、ヤン・デボン監督の『ホーンティング』みたいな特殊効果バンバン物もつまらないだろうなぁ~とか。



ですがこの映画、いい意味で裏切られましたねぇ。

見方次第では・・・というか、見る人によってはなかなか心理的に迫ってくる作品だったのではないでしょうか。というのも、ずいぶんと"宗教色"が強い気がしたんですよね。


さて、この先、当作品に関してかなり!の内容・ネタばれを含んでおります。まだこの作品をご覧になっていない方は映画鑑賞後に読まれることを強~くオススメいたします!また、以下は私個人の見解・見方です。こんな見方もあるもんだねーとあくまでご参考までにドウゾ。




↓↓ 以下 ネタバレ 注意 ↓↓


↓↓ 以下 ネタバレ 注意 ↓↓



この『1408号室』という作品は、冒頭からいきなり「テーマ」を言っているんですね。これってある意味、究極の「ネタバレ」かと思うのですが。覚えていらっしゃるでしょうか?


我々の行く手には、地獄が口を開け待ち構えています
果てしない天罰の炎が、魂を焼き尽くそうとしている
我々は、高潔な人の生き方、そして祈りを知っているのです


これ、『1408号室』の冒頭、エンズリンがカーラジオから聞いていたキリスト教専門のラジオ放送による"説教"の一部です。

さぁ、この作品を最後までご覧になった方、ピンときませんか!?
エンズリンは【あの部屋=1408号室】でどうなったのか? 自ら「俺は神を信じない」と断言し、神を畏れないと言い切っていたエンズリンはどういう結末を迎えたのか?






「神」や「キリスト」が背景にくる、宗教観や信仰がベースになっている映画作品というのは、キリスト教社会ではよく見かけられるテーマの1つでもあります。というよりも、もともと宗教観がバックボーンにあるのは当たり前、とも言うべきなのでしょう。聖書、天国と地獄、天使と悪魔、誘惑、罪と罰、畏れ、報いなどの「言葉」がもともと生活の中に根付いていたり、また口には出さなくとも人生の根幹部分で染み付いていたりする文化圏での教育や環境があるからですね。

ですので、こういった感情がリアルに自分の中に入った人でなければ、それこそ"この類"の映画には置いてけぼり状態になってしまうでしょう。それがたとえ、見た目が娯楽作品であっても。『コンスタンティン』とか『マトリックス』とか『ディアボロス』とか・・・あれ?キアヌ・リーヴスってちょっと面白い作品が多いですね。今気づきました。

とまぁ、ちょっと脱線しましたが。ともかく。心から「神」(一神教としておきましょう)を信じていたり、そういった環境に触れて生きている人にとっては、体を焼かれるということはかなりの恐怖だったりします。だってそれは地獄の炎を連想させるのですから。

因みに、「生きたまま燃やせ!」という落書きが主人公の目に飛び込んでくる、というシーンも劇中一瞬でしたがありました。この宗教観を持たない人にとっては素通りしてしまうような1シーンですが、地獄や煉獄、天罰といった概念を持つ人々からすると精神下に響く恐ろしい言葉として映るでしょう。あるいは、そのホテルへと運んでくれるタクシー内には、十字架のロザリオがぶら下がっていました。これは聖母への祈りの印・・・。




さて、ここからは私の主観なのですが。

エンズリンは「神を畏れない」という態度を取りつつも、実は心の中に沢山の「怖れ」を抱えて生きていたのではないかなぁと思うのです。

思うに人は、何かしらの不安や恐怖からの救いを得たくて神を求めるのでしょうが、エンズリンの場合、過去の経験から神は「救いの手」を伸ばしてはくれなかった、と思っているのでしょう。神を恨み、逆らうことで、自虐的にすら思えるような生き方をしているエンズリン。「俺は何も信じない」と。


それでは、そんな彼が【あの部屋=1408号室】で体験したこととは、一体何なのでしょう。

先行きの見えない恐怖、誰にも気づかれない孤独、次々と蘇る後悔の念、どん底まで味あわされる絶望感・・・それら1つ1つが彼の精神を追い詰めていくわけですが、その山場はいわずと知れた「最愛の娘を失う」ということ。再び腕に抱いた愛しい娘を、一瞬のうちに破壊されること。心の一番奥に閉じ込めていた最大の「恐怖」を追体験させられる【あの部屋=1408号室】は、まさに彼にとっての間違いなく【地獄】そのもの

その【地獄=1408号室】に火を放ち、業火とともに地獄そのものを道連れにするエンズリン。【地獄の炎】は、自らを焼き尽くすかのように見えるのですが・・・・







あの支配人とは、いったい何の支配人なのでしょうか。【1408号室】を支配する者とは・・・?そして、最後のテープを聞くエンズリンの表情は、何を物語っているのでしょう。


残念ながら、私にとっては救われないラストだったように思えます。
エンズリンの肉体は、この世で救われ、生きながらえたことでしょう。しかし、あのテープには父親を求め一緒にいたいと切望する愛しい娘ケーティを「やっとつかまえた!もう離さないよ」と抱きしめた思いが一瞬にして打ち砕かれるという【地獄】が焼きついているのです。


”果てしない天罰の炎が、魂を焼き尽くそうとしている・・・・”


神に背いたエンズリンの魂は「一生救われることはない!」と言わんばかりのラストです。そもそも、どうして彼は【あの部屋】に導かれたのでしょうか。それを考えると、私のような無宗教人間には"ビックリ映画"程度の内容なのですが、キリスト教圏で宗教心から遠ざかっているような人々にとってはちょっと耳の痛い物語として映るのかもしれません。

"神"を否定する悪魔主義的なものを恐れたり、神への冒涜や罰を極端に表すという形で、それは例えコメディ映画であってもアメリカ映画は繰り返し繰り返し(まるで啓蒙キャンペーンの如く)宗教的な脅しをかけた作品を作り続けているように思います。それは、逆に言えば人々が心の奥底で何を怖がっているのか?を的確に示したものでもあり、アメリカ映画を観る上でのキーワードは常に"宗教(多くは聖書に基づいたキリスト教)"なのだと感じるのです。


★ある朝見知らぬ男から「このボタンを押せばあなたは1億円を受け取る。ただし見知らぬ誰かが死ぬ」と箱を手渡される。ノーマとアーサー夫妻の決断とその顛末とは・・・!?
というわけで、『1408号室』と同様にキリスト教文化を色濃く反映させた映画をもう一つご紹介。

キャメロン・ディアス主演『運命のボタン』 (2009/アメリカ)



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