はなまるこ

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ランダム 存在の確率 [DVD]


●原題:COHERENCE
●原案、脚本、監督:ジェームズ・ウォード・バーキット
●出演:エミリー・フォクスラー、モーリー・スターリング、ニコラス・ブレンドン、エリザベス・グレイセン、アレックス・マヌジャン、ローレン・マハー、ヒューゴ・アームストロング、ローリーン・スカファリア
●エムは、友人リーとマイクのホームパーティーに、恋人のケヴィンと一緒に参加する。おいしいお酒や料理に舌鼓を打ちながら、久々に顔を合わせた男女8人は不思議な彗星についての話題で盛り上がっていた。そんな中、突如として停電となり8人はパニック状態に陥る。エムたちは不安な気持ちを抑えられず、隣家の様子を見に行くことにするのだが、そこにいたのは全く同じ家にいる全く同じ自分たち8人の姿だった。次々と引き起こされる不可思議な現象に疑心暗鬼になる彼らだったのだが・・・・。数々の国際映画祭を席巻、多くの賞を受賞した話題作。監督はアニメ映画「ランゴ」の原案を手がけたジェームズ・ウォード・バーキット。





"88分"でサクっと観られる、パラレルワールドを軸とした【SFサスペンス】!

日常の中に潜む捻じれや、何気ないところに見え隠れする非現実感が観ているうちにじわ~っと襲ってきて、この謎解きに夢中になってしまいました。仕事に疲れた心身や勉強の息抜きなどに丁度良いかもしれません。



独創性に飛んだ映画製作者たちが、ごく僅かなもので多くを作り出せるという証だ」とロジャー・イーバートのサイトでも言われたように、この映画、チャレンジングです。

ちょっと変わった作りの映画なんですよ。

ただですね、私も「これぞ傑作!!」と強気に言い切れないところもありまして、ま、それは総勢8名という登場人物たちの特徴がこの短時間で存分に活かしきれていなかったからかもしれません。というか、私の頭では整理が追い付かなかったよ。

ま、この部分の受取り方次第では、観ているあなたの「世界線」もここで分岐していくかもしれませんけどね!ウフフ








『ランダム 存在の確率』という映画では、量子力学でいうところの「シュレディンガーの猫」の例(50%の確率で生死が分かれる箱の中の猫は、箱を開けるまでその生死は確定していない)がちょこっと出てきますが、物語のベースはきっとここにあるのでしょう。


「観測されていない物質は、あらゆる可能性として複数の場所に同時に存在している」


つまり、その晩の彼ら8人は「箱の中の猫」というワケなんですね。
色々な可能性を持った"8人"が同時に無数に存在し、さらに彼らの行動・選択が互いに干渉し合ってしまうのです。

実は初見の際、私は「まーありがちなラストかなー」なんてポヤ~っと考えていたのですが、何かがオカシイ????と気になって久々に再見した時・・・・・ゾッとしました・・・・

coherence04.jpg
自分が見続けていたものも信用できない物語です。『ランダム 存在の確率』という映画は"観測者"が存在しない(できない)映画なもかもしれません。



因みに物語のヒントとなる"手がかり"は、この映画を何度か観直しているうちに劇中沢山散りばめられていることに気が付くのですが、これはジェームズ・ウォード・バーキット監督と共に原案を練り上げたアレックス・マヌジャン(アミール役)二人だけしか知らなかったのだそう。

つまり、俳優たちは何も知らずに"ヒント"を演じていたというわけなんです。このあたり、完全なネタバレになってしまいますのでそれはまた後ほど・・・・・








ではでは、ここで少しこの映画の特徴について書いておくことにしましょう!


アイディア勝負の映画を撮りたかった

『ランゴ』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』のショートフィルムなど製作費が高額となるメジャー作品に携わってきたジェームズ・ウォード・バーキット監督は、リソースを低く抑えられる映画作りをしたかったのだとか。そこで、1年かけてパズルのようになっているこの物語をチャート化したり登場人物の動きをまとめたりしたのだそうです。で、予算もですがスケジュールもタイトで、撮影期間はなんと僅か5日間!
因みに撮影場所は監督のご自宅です。お金かかりませんもんね!
A Super-Spoilery Interview With the Director of 'Coherence,' the Twistiest Movie of the Year 【YAHOO!MOVIE】


とにかく揺れる!&ブレる!
タブレットで観るぶんにはそれほどでもなかったのですが、再見時にテレビ画面で観たらちょっと"映像酔い"しましたよ。実はこれ、様式的に狙っていたわけではなくて、俳優たちは次に何が起こるか分らない状態のまま演じていたため、彼らの予測できない動きに対して柔軟に対応していた結果なのだとか。でもさ、私のSONYのホームビデオカメラだってこれほどブレないですわよ。
Coherence (2013) Trivia【IMDb】


あまりに自然な演技
そう、これは見物です。
彼らが雑談しながら笑い声を上げたり、ハプニングに対して悲鳴を上げたり口論を始めたり。まるで自然なんですね。それが時にグダグダにも映るのですが(笑)。

実は、彼らには完璧な台本は渡されておらず、毎日少しずつ別々のメモが渡されていただけなのだそうです。


例えば、ケヴィンには「外に出て確かめて来ようとする」というメモが渡されているにもかかわらず、エムには「彼を外に出してはいけない」と書かれていたそうで、つまりこのシーンの二人の小競り合いは本気だった!というわけなんですねー。
At one point Maury [Sterling]'s notes told him he's going to go leave to check out.Then Emily's note was “Don't let him leave.” So they got these two conflicting pieces of direction.Maury's going to leave. Emily has to make him stop.
Fantastic Fest 2013: James Ward Byrkit & Emily Foxler on Coherence




それと、これは結構衝撃だったのですが・・・・彼らは「箱の中」に何があるのか知らなかったのだそう。 グロースティックライトも何を意味するのかを知らず、いつケンカが勃発するかも知らなかった、と。
I would say just about everything. They didn’t know what was in the box; they didn’t know what the glow sticks meant; they didn’t know when a fight was going to break out.
A Super-Spoilery Interview With the Director of 'Coherence,' the Twistiest Movie of the Year



この映画では、人が何かを選択したり意思決定することでタイムラインが変化し分岐していくということになっていましたが、実際の映画撮影の際にも、この"人は物事に対してどのように反応し、行動を選択するのか?"というものをリアルに見せてくれたのではないかと思います。







※それでは以下は『ランダム 存在の確率』のネタバレ・内容に深く関わります。
未見の方やこれからこの映画を観よう!と思われる方はお控えいただくことを強くオススメいたします。





    ↓ ネタバレ注意 ↓



    ↓ ネタバレ注意 ↓




噛み合わない会話
『ランダム』という映画の中では、登場人物たちの何気ない会話の中にどこか噛み合っていない描写が多数散りばめられています。このあまりの何気なさは「あ、俺の勘違いか」とか「あれ、何言ってるのかな」「まぁそういえばそうだったかな」程度にうまく流されていて、気に留めるほどでもないように描写されています。


Blackout cuts=暗転の意味
そしてもう一つ重要なのが、この映画独特の編集方法。暗転です。
この真っ暗なシーンが突然挿入されるたび、各シーンが瞬時に断ち切られたようにも感じられるのです。それらのシークエンスは、一見繋がっているようにも見えるのですが「現実がどこかでシャッフルされているのではないか?」という不安な気持ちにもさせるのです。まるで、今いる現実からランダムに飛ばされてしまう"あの暗闇"の中を通ったかのような・・・・



例えば、マイクとローリーの会話は映画冒頭のディナーの時から既に食い違っていました。

ローリーは大ファンだったという米国ドラマ『ロズウェル』のレギュラー出演者だったマイクの顔を覚えておらず、マイクは「ヨガのインストラクター」だと記憶していたはずのローリーに否定されました(それでも後に「1週間もヨガをしなければならなかったのよ」なんてローリーはケヴィンに話していましたが)。

単なる記憶違いなのか。それともローリーとマイクは別々のタイムラインにいたのでは?という可能性を暗示させるものだとしたら・・・・。もしそうであれば、あの家に到着した時点(もしくはエムの携帯が壊れた時点)で世界線のズレが既に生じていたのかもしれません。

そう考えると、エムとケヴィンの会話も車中の電話での内容と彼が到着してからとで少し異なるのです。あの家に到着したケヴィンは、エムの知るケヴィンとは異なる人なのでしょうか。






この"ズレ"は、幾つかのシーンで確認することができます。


ベスとがリーが「ギャラクシー」で購入したという小さな花瓶の話を2回します。観る者はエムと行動を共にしているように映画は構成されていますから、ここにいるベスとリーは、元いた家の二人ではないことになります。



家に戻るといつの間にかグラスが割れていました。恐らく別のタイムラインの家に入ってしまったためでしょう。更に、その後には割れたはずのグラスをリーが洗っているシーンもありました。



"印"のために箱に入れたアイテムとして、エムが最初に目にしたものは「卓球のラケット」でしたが、"別の世界線"から来たヒューとアミールが箱に閉まっていたのは「オーブンミット」でした。



最初に見つけた箱に入っていたアミールの写真(左)。終盤、自分たちで箱を作るためアミールは写真撮影をし「これで違うポーズになった」と言いますが、それに対して「同じだろ」という反応も。



同じような会話の流れ。
友人たちのいつもと変わらない笑顔。


でも、その中で誰かが何かの意思決定した時点で、世界は次々に分岐し、新たなタイムラインを生んでいたのです。目を閉じ、暗闇の中から再び目を開けるその時、そこにいるのは果たして自分の知っている"その人"なのでしょうか。




"If you look at Nicholas Brendon's buttons on his shirt, he's got it buttoned a different way."








かつて選択しなかった世界に住む"自分"に嫉妬し、"自分"の中にある邪悪さを恐れ、それを破壊してまで乗り替わろうとする暴力的な"自分"。



「この世界のあなたは、どの世界のあなたよりも私に愛されているもの」


無償の愛を与えてくれる人がこんな近くにいるのに、そんな"自分"を知らずに殺してしまおうとする"自分"が存在する悲劇。そして、シュレディンガーの箱の中で「死んでしまう方の猫」を自ら選択するという、この皮肉。


どのタイムラインにいても、そんな自分は永遠に変わらないのでしょうか。
どんな選択肢があってもそれを選ぶ"自分"はずっと同じで、行きつく先は同じなのでしょうか。









もし、どの世界線にいても"自分"というのもが変わらないのならば・・・・
最後のエムの行動がどうしても私は気になりました。



エム


彗星の影響を受けていない、何もかもが幸せに満ちた世界の"エム"に成り替わろうとするのは、果たしてずっと映画の中で観続けてきたエム1人だったのでしょうか?

灯りの付いた家に侵入するのは「バットを手に持つエム」と「ケタミンを手にするエム」。そして、The "door to nowhere"=どこにも行けないドアから入って皆に「彗星を見ていた」と報告するエムは「カーディガン」を羽織り、彗星の分裂と停電の後、バスルームで凶行に及ぼうとする彼女は「ノースリーブ姿」に変わっているのです。

更に、バスルームの中では映像は激しく点滅します。
まるで、あの"暗転"が起こっているかように。
何度も何度も"切り替わる"かのように。



もし。
どの世界のエムも同じことを考えていたのなら。自分を変えることなんて出来ないのだとしたら。彼女もまた「死んだ猫」を選んでしまう悲劇からは逃れられないのかもしれません。



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