『エクスポーズ 暗闇の迷宮』 (2015/アメリカ) ※ラストに触れている箇所があります

はなまるこ

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エクスポーズ 暗闇の迷宮 スペシャル・プライス [Blu-ray]


●原題:EXPOSED
●監督:デクラン・デイル
●出演:アナ・デ・アルマス、キアヌ・リーヴス、クリストファー・マクドナルド、ビッグ・ダディ・ケイン、ミラ・ソルヴィノ 他
●ニューヨーク市警の刑事スコッティは、相棒ジョーイを殺されその犯人を追うが、悪い噂のあったジョーイの事件に同僚の協力は得られない。難航を極める捜査の唯一の手掛かりは、ジョーイが撮った写真に写る謎の美女だけだった。一人で捜査を進めようとするスコッティは危険な闇に迷い込む。そして、やっと辿りついた暗闇の先には衝撃の真実が待っていた・・・・。




まずは何と言っても、この『エクスポーズ 暗闇の迷宮』という映画の"悲劇"は、どう考えても物語の焦点がボケてしまっていること。


私はいつも映画を観た後、ここに感想を書く際にもう一度確認しながら観直すのですが、この映画に関しては再鑑賞を躊躇しました。というのも、事件の真相の先にある胸を抉るような痛みが再び襲ってくるのが本当に辛かったから。それくらい、とても重いテーマを扱っているのは手に取るようにわかるのに、一体なぜこれほどまでこの映画に対してバラバラで切れたような印象を持ってしまうのか?

不思議に思って少し調べてみたら、この映画の制作過程を知ってもっと悲しい気持ちになってしまった!これには解説が必要になりますので、以下に書き残しておこうと思います。






この『エクスポース』という映画では"デクラン・デイル(Declan Dale)"という監督名がクレジットされていますが、実際の監督は"ギー・マリク・リントン(Gee Malik Linton)"というお名前なんです。


実はメガホンを取ったギー・マリク・リントン監督が、スタジオ主導で進んだ納得のいかない編集に怒りを覚え、自らの名をクレジットしてほしくないと猛抗議。最終的に、監督名にはデクラン・デイルという仮名が使われることになったという一悶着のあった作品だ。

キアヌ、新作騒動の苦悩を激白…【AXN】


そうですそうです。観ていればすぐわかるんです。

この映画は一見すると、【キアヌ・リーヴスのパート】と【ラテン系米国人コミュニティのパート】の2つのエピソードが絡み合いながら"一つの真実"へと向かっていく構成をとってはいるのですが、これらの織り込まれ方があまりにも不自然なんです。どう見てもキアヌの部分はあまり必要性がないような・・・・というか、物語の根幹をなすのは圧倒的にラティーノ・コミュニティの物語の方だと思うのです。



しかしながら、映画の権利を購入したライオンズゲートは、もともと出演予定だったフィリップ・シーモア・ホフマンのサブ的な役回りだったパートをキアヌ・リーブス"主演"に置き換えて、観客を呼ぶために【キアヌ・リーヴス主演!】のように大幅改変、犯罪スリラー映画として作り変えてしまいました。もともとの原題は「God of Daughter(神の娘)」で、ほぼスペイン語の映画だったのにね。  Exposed (2016)Triviaより


本国アメリカの場合、外国語映画で字幕が出るという作品は観客を遠ざけやすい傾向にありますから、こういった作品がメジャー公開されるのは難しいというオトナの事情もわかるのですが・・・・


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ただやっぱり↑このイギリス版のジャケットを見て私は驚いてしまいましたよ。これ、キアヌの背景には数字や文字の羅列が流れていて、あ!これってマトリックスコード!?って、もう一体何の映画なのやら・・・・。売り出すにあたっての苦肉の策ですかねぇ。


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ただ、ですね。ここでどうしても一つだけ絶対に申し上げておきたいのが、"主演"となってしまったキアヌ・リーヴスのことなんです。彼は、この作品を望んでこのような形にしたわけではないのです。というか、するわけがないじゃないですか。【ぼっちご飯】で有名、金儲け主義ではない善人だということは、映画ファンでなくとも知られているキアヌですもん。彼は、この映画を守ろうとしていました。


「この映画で僕はあまりいいプロデューサーではなかったと思う。残念ながらね。がんばったんだけど。監督をどうにか手助けしようとがんばったんだけどね。資金集めをしたり、ロビン・ガーランドっていう他のプロデューサーがいたんだけど、その人が監督に近い人で。だから僕はもっとアウトサイダーに近かったんだけど、ただただ監督を手伝いたかったんだ」
 (中略)
渦中のキアヌは「とても厳しい状況だった。資金に関する契約の関係で、スペイン語のセリフを取り除かなくてはいけなくなった。そのせいで、時間と予算を使い切ってしまって。できる限りのことをしたけど、最終的に監督をがっかりさせてしまった。彼は本当に失望して、この映画に携わったことにしてほしくなかったんだ」と板ばさみになった状況を包み隠さず語った。

キアヌ、新作騒動の苦悩を激白…【AXN】



元々がこの映画、文化的・宗教的な面で複雑さや繊細さを併せ持っているため、キアヌの後押しがあったからこそ世に出ることが実現出来たのでしょう。しかし、その結果、多文化的で超現実的な部分が削ぎ取られ過ぎてしまって本当に表現したかった"世界観"が伝わりづらくなったのだと思います。

アメリカに住んだこともない私などからすると、ホント難しい点が多かったですよ。
ヒスパニック系(ドミニカ系)とアフリカ系の区別がつきませんからごっちゃになってしまって、コミュニティの相関関係や背景がよく解らない。英語とスペイン語が混在したまま同時に話される点もちょっとわからない。

それに宗教的な"奇蹟"としてのアルビノ風の男性や、全身真っ白の女性も含め、彼らの出現の意味も最初わからなかったです。怪しいコスプレ人形とか宇宙人なんかにしか見えなくて、本当に「???」な気持ちで見ていました。イザベルを含め、皆さんとても信仰心の篤い人なのに、聖母マリアのように子を宿す、ということに関しては手のひら返しで急に現実的になるのだなぁ、とか。






≪※ここより以下はネタバレ注意です≫


皆、ダメージを受けていて、そしてそれをずっと偽っているんですね。

スコッティは過去に妻を亡くし、離れて暮らすしかない子どもへの想いから心を閉ざしたまま。一方、悪徳警官の夫ジョーイを亡くした妻は、夫の非道ぶりに気づきつつも幸福を装い、その耐え難い怒りと憎しみを歪んだ形でスコッティに向けるんですね。脇役にもかかわらず、このド迫力のミラ・ソルヴィーノの存在感には圧倒されました。全然違う映画で別に一本撮れそうですよ・・・・



そして、イザベル。
過去のトラウマ、事件、そして夫の死が追い打ちをかけ、遂に心のバランスを失ってしまったのでしょう。それが例の"全身真っ白女性"として現れるんですね。初めこそ真っ白でしたが、"警告"として赤ドレスに変わり、心の奥深くに眠っていた真実と向き合うラストでは"真っ暗な闇"のようなドレスを纏っていました。イザベルはずっとずっと"小さな少女"を守りたかったのでしょうね。誰にも言えず、彼女が抱えてきた絶望や恐怖を思うと心が張り裂けそうです。



脚本を読んで心動かされ、自分が関わることで資金調達の面で手伝える部 分があるのではないか、この作品がつくられることに貢献できればと感じた、という本当に"善き人"だったキアヌ・リーヴス。映画の構成云々はメチャクチャになってしまったものの、彼が伝えたかったものはその端々から感じ取ることができます。今の時代だからこそ必要とされる映画ではないでしょうか。

ディレクターズカットがあるのなら、私はぜひそちらを観てみたいなと思います。


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