『ザ・ギフト』 (2015/アメリカ) ※ラストについて全力でネタバレしています

はなまるこ

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ザ・ギフト


●原題:THE GIFT
●制作、脚本、監督:ジョエル・エドガートン
●出演:ジョエル・エドガートン、ジェイソン・ベイトマン、レベッカ・ホール、アリソン・トルマン、ティム・グリフィン、ビジー・フィリップス 他
●シカゴからカリフォルニア州郊外に引っ越し、新生活をスタートさせた夫婦サイモンとロビン。夫の仕事も順調で幸せいっぱいの2人はある日、サイモンの高校時代の同級生だというゴードと出会う。彼のことなどすっかり忘れていたサイモンだったが、ゴードは旧友との25年ぶりの再会を喜び、さっそく2人にワインのプレゼントを贈る。その後もゴードからの贈り物が次々と届くようになり、次第に彼の真意を測りかねて困惑していくサイモンとロビンだったが・・・。




これまで無意識にチョイスしていたので全く気が付かなかったのですが、最近【ミステリー映画】とか【スリラー映画】を多く観ていることに気がつきました。一見何気ない日常に潜む狂気や、謎が謎を呼ぶスリリングな展開にドキドキさせられて物語に集中しやすいからかもしれません。

でも。
ニンゲンの心の奥底に隠れている"何か"を映画の中で眺めていたつもりが、実は自分の胸の内を覗き込んでいたのではないかなぁ・・・・と思ったり。と、そんなことが心の中にぶわぁっと浮かぶ、心理的・映像的にもとても巧い、そして背筋がゾクゾクっときた映画がこの『ザ・ギフト』でした。







特に親しかったという覚えもない高校時代の同級生ゴードが、贈り物を持って度々サイモンの新居へやってくるようになります。とても親しげに。親切に。時にはギフトを玄関先に置いていったり。

しかし、高校時代にサイモンがゴードのことをからかっていた、ということが少しずつ明るみになってくると、ただでさえ読めないゴードの行動が、観る者の心に不安感と恐怖心を植え付けていきます。ちなみにゴードの本名はゴードン。なのにサイモンは学生時代のあだ名ゴード("Gordo"スペイン語でデブとか太っちょの意味)で呼ぶのです。未だにゴードのことを馬鹿にして、彼を蔑む態度を改めないサイモン。

ゴードは一体何のために贈り物を届けに来るのでしょうか?
過去の復讐のため?
友人として近づきたいため?



サイモンの美しい妻、ロビン。
たおやかな雰囲気を纏い、仕事もでき、美しくて、物事を良い方向に解釈することのできる善意の心を持っているロビンは、ゴードの行動に優しさと理解を示し、彼を庇い、痛みを思い遣ってあげることの出来る人。サイモンの心ないジョークを微笑んで受け流すも、いつもその横顔にはどこか諦めたような、孤独感と寂しさを漂わせます。

ロビンは、外から何もかもが見えてしまうようなガラス張りの豪華な邸宅の中で、いつも一人。かすかな物音が聞こえる部屋。長い廊下の奥。この描写、本当に怖かった・・・・


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原題である英語の名詞Giftは「贈り物」ですが、 ドイツ語のGiftだと「毒物」


英語のgiftは動詞giveが名詞になったもので, 「与えるもの」すなわち「贈り物」の意味になります。ドイツ語も動詞gaben「与える」が名詞のGiftになったので, 「悪いものを与える」ことから「毒物」を指すようになりました。

ドイツ語のGiftにも「贈り物」の意味が残っています。BrautgiftとかMitgiftがそれで, どちらも「持参金」のことです。Braut(独)はbride(英)に相当します。ただし, 中性のdas Giftは「毒」, 女性のdie Giftは「贈り物, お金」と使い分けています。

引用元:医学・医療系学術雑誌【臨床眼科】71巻 10号(2017年10月)より p.1504「ことば・ことば・ことば 予後」


おまけの俗語として男性名詞でder Giftになると「憤怒」という意味もあるのだそう。


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初見時、私はゴードの不気味な行動と不可解な現象、そして自分以外の人間を侮蔑し続けるサイモンへの嫌悪感だけが際立って気がつかなかったのですが、実はゴードンは、初めはただサイモンに心から詫びて欲しかっただけなのかもしれない・・・・・二度目に観た時にそう感じたのです。

ゴードは初めて招かれたディナーの席でほろ酔いになりながらも、サイモンの親友だったグレッグの名前を出したり

「悪いことがあってこそ、良いことに気づくこともある。正しい心を保ってさえいれば悪い出来事も贈り物になる。俺はそういう風に考えることにしている」

と答えるなど、サイモンが謝罪の言葉を口に出せるよう彼にチャンスを何度も与えていたのです。サイモンは過去のことを詫びてくれるのではないか?向き合ってくれるのではないか?悔いてくれるのではないか?そんな期待を込めて。




自分の過去と何とか折り合いをつけよう、そうやってもがきながら生きてきたであろうゴードは聖書に心の拠り所を求めたのかもしれません。「あれからずっと、過去のことは水に流そうと心から思っていた」という手紙をサイモンへ送った後、彼はサイモンの車に旧約聖書の中の「詩編」から引用した言葉を残していました。


見よ。彼は悪意を宿し、害毒をはらみ、偽りを生む。彼は穴を掘って、それを深くし、おのれの作った穴に落ち込む。

旧約聖書 詩篇 第七篇 14~15節

イスラエルの王ダビデは、いわれのない理不尽な誹謗中傷に苦しめられました。ダビデは主に対し、神の赦しと憐れみを受けて無実の自分をどうか弁護してほしいと望み、悪意を持った者への正しく厳しい裁きを求め祈りました。

中傷と悪意。苦悩と怒り。そして、復讐と裁き。

悲惨な過去に呪われ続けてきたゴード。それでも「過去のことは水に流したい」そう思っていられたのは、「怒りや復讐心は神に委ねよう」「悪を行う者に対して腹を立てるべきではない」そうやってダビデが生き抜いたことを自分に言い聞かせ、勇気と慰めを得て己の姿に重ねていたからかもしれません。







ところが、そんなゴードの心を打ち砕く決定的な出来事が起こりました。それは恐らく、ゴードの"自宅"で放ったサイモンの無神経で卑劣な言葉。

サイモンは自分の行いを完全に棚に上げ、ゴードの人生と人格さえも侮辱し、僅かに残っていたであろう彼の自尊心を大きく傷つけたのです。彼を復讐へと突き動かすのには十分すぎるほどの尊大な態度で。

サイモンに謝ってほしかった。自分にしたことへの過ちを悔いてほしかった。「あの時、本当は何もなかった」ずっとその言葉だけが欲しかった。もしかしたら、自分のいない所でロビンに懺悔し、"成功"した自分を見て謝罪や後悔の言葉を口にしてくれるかもしれない。

それなのに、サイモンの態度がゴードを異常な行動へと駆り立て、復讐せずにはいられないほどにまで彼を突き動かしてしまった。ゴードの心は、ここで限界点を突破してしまった。私はそう思うのです。






『ザ・ギフト』のラストの展開を解き明かすための重要な【キーワード】が、この映画のセリフの中にあります。

It's all in the eyes, you see.
You see what happens when you poison other people's mind with ideas?


"目を見ればわかる。わかったか?
人に気持ちを弄ばれるってのが、どういうことか。"

このセリフを耳にした時、私はハッとしました。生まれたばかりの時の我が子の瞳を思い出したからです。



※以下は『ザ・ギフト』のネタバレ、ラストの内容に深く関わります。
未見の方やこれからこの映画を観よう!と思われる方はお控えいただくことを強くオススメいたします。






↓  ネタバレ注意  ↓





↓  ネタバレ注意  ↓





"(赤ん坊の)目を見ればわかる。わかったか?人に気持ちを弄ばれるってのが、どういうことか。"
It's all in the eyes, you see. You see what happens when you poison other people's mind with ideas?


偽りなどすぐに見透かしてしまうような、赤ん坊の無垢な瞳。

ゴードは「目の"色"を見ろ」と言ったのではないのです。
きっとサイモンは「目の色を見れば、赤ちゃんの実の父親が自分なのかゴードなのか、判別出来るのでは・・・・」そう思ってまた病院へと走ったのでしょう。この考えは、観る者の頭にも一瞬過ぎるものです。が、私は赤ん坊を見つめるサイモンの表情を見ているうちに違う思いが湧き上がってきました。


新生児の目には圧倒される、力強い何かがあります。
私は生まれたばかりの我が子を胸に抱いて初めて瞳をのぞきこんだ時に「あぁ、この子には絶対嘘は言えない。絶対に、絶対に、この子に対しては正直でいなければいけない。誤魔化したりは出来ない」と強く強く思ったものです。この時の強烈な体験を忘れたことはありません。

自分だけを信頼して身を預けてくる、頼りなげな小さな身体。そこに宿る、真っ直ぐに見返してくる愛おしい瞳。その中には無垢な信頼と一緒に、もう一つ映るものがるのです。

それは、ありのままの"自分自身の姿"



母親となったロビンが抱く赤ん坊の目の中に映っていたのは、他者を貶めた結果何もかもを失い、傲慢で、不誠実で、非難されるべき卑しい人間の姿。子どもの誕生という最も美しい日に、我が子の目を見て「誰が本当の父親なのか?」そんなことを確かめに来なければならない哀れな自分。

何よりも愛おしいはずの我が子が、人の心を散々に弄んできた自分、そして今度はその憎しみによって翻弄され右往左往している哀れな自分をじっと見返してくるのです。人生で、これほど恐ろしいことがあるでしょうか。







「これまで起こったことについて、本当にすまなかった」ゴードはそう手紙で述べましたが、"これまで起こったこと"とは、ボージャングルを誘拐(?)したことでしょうか。池の鯉が死んだことでしょうか。映画の中では明確な答えは描かれていません。

しかし、ゴードが手紙の中で「すまなかった」と述べていることは、一方的にギフトを贈り、少し異常に見えるくらい夫婦二人に付きまとっていたことではないか、と私は思うのです。

彼は、ロビンが言うように人との付き合い方や場の空気を読むことが苦手な人なのでしょう。それらを彼の不気味な行動として、この映画は描いています。しかし実際のところ、ゴードはサイモンを赦そうと努力し、和解しようと彼なりの方法で務めていたのではないかと思うのです。家宅侵入してビデオを作成しことは決して許されることではありません。しかし、我慢の限界を超えてしまった彼が最後に行おうと決意したことは、復讐の種を蒔くこと。その後の審判、つまり決定的な裁きは自らの手では行わなかったはずです。

サイモンの嘘に苦しめられてきたゴード。
彼に唯一できたのは、罪悪感を抱くことのなかった(或いはそうしてこなかった)サイモンの人生と、最も大切なものに一生忘れることのできない苦しみを贈ることでした。


The Gift
再会当初、ゴードは心からの"ギフト"を贈ったつもりでした。にもかかわらず、サイモンはそんな彼の心を踏みにじり、自分の非を認めることはありませんでした。妻のロビンは何よりも大切な、守るべき存在の我が子という"贈り物"を得て自分の存在意義を確信し、その結果サイモンは絶望というギフトを手にしてこの映画は幕を閉じるのです。



この映画の中で最も恐ろしいのは、理不尽な悪意に晒されて怪しげな行動をとるゴードの姿などではありません。
強さと無責任を履き違え、自分以外の他者を平気で貶め、見下し、追い詰め、自信を喪失させようとするサイモンの卑劣で毒気に満ちた心と、大切な人たちと自分自身を顧みることのなかった人間が辿る哀れな末路なのです。


「君が過去を忘れても、過去は君を忘れない」


悪は報いを受けて自滅する。
ゴードはサイモンに暴力を振るわれても、最後まで反撃することはありませんでした。二度の従軍経験があるほどの体躯を持ちえているにもかかわらず。

旧約聖書の「詩編」をサイモンに贈ったゴードは、自分が直接手を下さずとも、いつの日かサイモンに裁きが下るということをずっと知っていたのかもしれません。





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ラストに含みを持たせた『ザ・ギフト』のような映画に対して、主演&監督のジョエル・エドガートンのインタビュー記事から彼の発言を引用するというのは、究極のネタバレであり"禁じ手"のような気もしますが、念のため彼の言葉を要約しておこうと思います。

  ↓    ↓    ↓

「赤ちゃんの本当の父親は誰か?」「ロビンは襲われたのか?」ブログや掲示板などで話題となったこの映画ですが、オンライン投票の結果にエドガートンや編集者たちはほっとしたと言います。68%の人は、サイモン(ジェイソン・ベイトマン)が父親だと回答。17%の人はゴード(ジョエル・エドガートン)。10%の人は不確かであり、残り3%の人は"その他の男性"と回答!これはラストをあいまいにした効果なのでしょうね。エドガートンは以下のように言っています。「私はレイプ映画を作りたかったわけではありません」「手がかりはあるのです」


The provocative climax – involving the suggested, but not confirmed, rape of a principal character, and an ensuing paternity question – has been a major talking point on blogs and message-boards. Edgerton says he and his editor were reassured with the result of one online poll. “68% say it’s [Jason Bateman’s] baby. 17% think it’s mine. 10% aren’t sure. And 3% ticked the box that says, it’s some other dude’s baby!”. This carve-up is proof that his ambiguous closing gambit paid off. “I didn’t want to make a rape movie,” Edgerton admits. “And there are clues.”

【THE TELEGRAPH】Joel Edgerton: 'I wasn't pretty enough for Neighbours'

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