『ヴァルハラ・ライジング』 (2009/デンマーク、イギリス) ※レフン監督の解説とネタバレ部分があります

はなまるこ

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ヴァルハラ・ライジング


●原題:VALHALLA RISING
●監督、脚本:ニコラス・ウィンディング・レフン
●出演:マッツ・ミケルセン、マールテン・スティーヴンソン、ゲイリー・ルイス、ジェイミー・シーヴェス 他
●11世紀のスコットランド。超人的な殺戮本能を備えた独眼の奴隷戦士【ワン・アイ】は、蛮行な部族に捕らえられ、賭け試合で闘犬のごとく死闘を強いられてきた。憎悪が頂点に達した彼は、自分をさげすんだ部族に逆襲。オノを振るい、腹ワタをつかみ出し、情け容赦なく処刑する。そして自由を手に入れた【ワン・アイ】は、果てない旅へと出発するのだが・・・・。





2018年最初の映画がこの作品だったことをね、私はもう絶対忘れないと思いますよ。開始5分!ここで後悔です。「おめでたい年始に、なんでまたこんな映画を選んでしまったんだぁぁぁ」って。唐突に始まるバイオレンス→さらに続くバイオレンス→セリフもないまま○○は吹っ飛び→泥まみれ&腸まみれ・・・・

↑こんなのを見てニヤニヤしている場合じゃなかった私。



この映画を観ようぜ!と思う人は、きっと【マッツ・ミケルセン様】もしくは【ニコラス・ウィンディング・レフン監督】のファンくらいなのでしょうか。
私なんて私なんて【レフン監督】に関しては、昨年末『ドライヴ』と『ネオン・デーモン』を観てウヒャー!と思いながらも気になってしまい、ついついこの映画に手を伸ばしてしまっただけの"通りすがり"みたいな者なんです。免疫は、まだあまり付いていないんです。それなのに、遂にこの映画まで辿り着いてしまった・・・・・



ニコラス・レフン監督ってね、知れば知るほど本当に興味深い人なんです。

レフン監督が色盲であること=中間色が見えないため、映画の色付けが非常に独特で個性的になることは『ドライヴ』のインタビューで知ったのですが、今回もう一つ新たな事実が。彼は"ディスクレシア"(識字障害)でもあるんですね。つまり、文字の読み書きが不得手なのです。

しかも、8歳でアメリカへ来た当時あまり英語を話せなかったレフン監督にとって、"言葉"を理解できない世界でコミュニケートできる方法は限られたはず。つまり、レフン監督にとって物事を理解したり自分を表現する方法=視覚による"映像"が唯一のコミュニケーション手段だったのです。


I came to America when I was eight years old, and spent ten years of my life in New York. I'm dyslexic, which means I have trouble reading and writing. So images really speak to me. I didn't speak any English when I came to America, so visuals were the only way for me to really communicate for a long time.

"ART IS AN ACT OF VIOLENCE." AN INTERVIEW WITH NICOLAS WINDING REFN 【RogerEbert.com】


こういった他にはない独特の感性がこのような本人の特性によって育まれた面も大きいのでしょうが、なんとレフン監督には、プラス"環境"という要因もあったようなのです。

というのも、レフン監督の父親Anders Refnはラース・フォン・トリアー監督の『ドッグヴィル』などで助監督を務めたことのある映画監督でもあり(よりによってトリアー監督というのがまた・・・・)、母親のVibeke Windingは撮影監督、レフン監督にとっては異父家族も皆作曲家や編集、女優などをされているという、いわばアーティストの家系だったのですねぇ。


独創性ってこういう中で生まれるんでしょうねぇ。じゃなければ、↑こんな映画を撮ろうとはまず思わない(笑)。


いうわけで。
今年の改訂版の広辞苑じゃありませんが「こ、この映画は絶対ヤバイ・・・・」という言葉しか浮かばなかったくらいなので今回は感想のupをスルーしようかとも思いました。が、勇気を出して再チャレンジしてみたところ、ナンノコッチャサッパリだった映像に血が通い、俄然興味深い作品へと変貌を遂げたのでした。

レフン監督による『ヴァルハラ・ライジング』の解説インタビューも幾つか読みましたので、これらを拾いつつ私なりの解釈等も一緒に残しておこうかなと思います。






映画の誕生、構成

それは、アメリカのデラウェア州で発見された【ルーン石碑】に関する話が最初のきっかけだったといいます。16歳の時にラジオ番組でこの話を聴いたレフン監督は、それまでバイキングの最初の居留地として知られていた場所はカナダのニューファンドランド州だったため、更にその南方のデラウェアで発見されたということに驚いたのだそう。

そして、それから20年の時を経て、このアメリカ大陸の地を踏んだであろう北欧人たちの物語が『ヴァルハラ・ライジング』のまさかの(ラストの)アイディアへと繋る、ということになるのです。おぉ、運命ですねぇ。


また、『ヴァルハラ・ライジング』は以下のように各章ごとにテーマを示しています。

第一章:憤怒(WRATH)
第二章:沈黙の戦士(SILENT WARRIOR)
第三章:神の民(MEN OF GOD)
第四章:聖地(THE HOLY LAND)
第五章:地獄(HELL)
第六章:犠牲(THE SACRIFICE)


これは、映画『2001年宇宙の旅』のチャプター(「THE DAWN OF MAN(人類の夜明け)、JUPITER MISSION(木星使節)、JUPITER AND BEYOND THE INFINITE(木星そして無限の彼方へ)」)をモデルにしたのだそうです。章ごとにテーマが掲げられることでストーリーが具体的になり、説得力がより増しますもんね。私のようにすぐ「???」となる鑑賞者にとっては非常にアリガタイ構成でした。

You break the film into chapters. Was this devised from the start?
"No, the chapters came later when we were editing the film. I felt it would be more … it would benefit from being divided up in sections. Actually, I stole that from 2001 (1968). It made the dramatic storytelling a little more concrete and compelling, you know. Once you set the stage you’re able to create more in it."

How did your idea for Valhalla Rising develop?
Refn: I don’t have a “thing” for Vikings, I’m not a Viking fanatic, but the original story that got me hooked was when I was a sixteen. There was a radio programme on about a runestone that was found in Delaware. That was a very big puzzlement because that’s way south of Newfoundland, where the first settlements were that we know of. For many years people tried to study it and how it could possibly have happened. One of the conclusions is that a Viking ship had sailed much further and got into America and maybe got lost or something. The runestone is a warning that it was a dangerous territory and at sixteen, I thought ‘Wow’. And little did I know that twenty years later I would be using it as the basis of a science fiction film.

Interview: Nicolas Winding Refn on Valhalla Rising【Horror Fflickers】


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ワン・アイ

【ワン・アイ】がどこから現れたのか?何者なのか?誰も知ることはありません。"One eye"というのも少年が独眼の彼を呼ぶために付けた名であり、「海の向こうの地獄から来た」ということだけしか分かりません。

言葉を発することもなく、肉体一つだけで"所有者"たちが金を得るだけのために闘ってきた一人の奴隷。その彼が水の中で初めて自分の"所有物"=武器を得るシーン。彼はおずおずとそれを手にし、口の中に入れ、手を切って血が流れるのを確認し、そっと岩の中に隠していました。


彼は、この水の情景を真っ赤なイメージで予知していましたね。それはまるで、血で染まる自分の運命を知っているかのようなフラッシュフォワード。

レフン監督は、この神秘的な力を持つ【ワン・アイ】のことを「過去も現在のないモノリスのように突然現れ、宗教的混乱の時代に現れた人物」とインタビューで語っています。



『ヴァルハラ・ライジング』は、キリスト教が急ヨーロッパ中を急速に広がっていき、原始的な異教徒崇拝の文化から組織化された宗教へと移行していった12世紀を時代背景として描かれています。

そして、この時代に現れたのが【ワン・アイ】でした。

この映画での彼は「信仰を表すような存在」だとレフン監督は語っています。エルサレムを目指すキリスト教徒たちとの旅の間、彼は初め獣や奴隷という存在からやがて戦士となり、周りの人々のための神となり、最終的には一人の人間となるのだと。


One Eye is a mysterious figure. How would you explain him, or do you even want to?
One Eye is a character who suddenly appears like a monolith with no past or present, and who appears at times of religious turmoil. Back then Christianity was spreading through Europe very rapidly. They were going from a very primitive pagan-worshipping culture to an organised religion. So the idea that One Eye appears and travels with these people to their destiny. It’s almost like he represents faith. During the travels there is an evolution starting as an animal … as a slave … then he becomes a warrior and then he becomes a God for the people around him and at the end he becomes a man.

Interview: Nicolas Winding Refn on Valhalla Rising【Horror Fflickers】


When exactly does the film take place and what’s One Eye’s relationship to that?
The movie takes place in the 12th century, when Christianity was spreading very rapidly. There was a great turmoil in belief. People were moving from paganism, which is a crude form of religion, to an organized, one-god scenario. And One Eye appears in these moments.

The rise and death of mythology【Cineuropa】



旅を共にするキリスト教徒たちは、彼を"救世主"とみなす一方で"悪魔"だと言う者もいました。自分たちの都合の良いように解釈し、利益となるように【ワン・アイ】を利用するのです。まるで宗教のように。


そう、『ヴァルハラ・ライジング』では、前半は【ワン・アイ】のあまりに圧倒的・非人間的な残虐性だけが際立つのですが、物語が進むにつれ、次第にその残酷性はむしろキリスト教徒たちの独善的な言動の方なのだということに気づかされるのです。

当初、観る者の感情さえも挟むことを許さないほどの憎悪の塊、まるで獣のようだった【ワン・アイ】。彼は終盤に近づくにつれ、少年を背負って丘を登ったり、故郷を目指して喜ぶ少年へ優しい眼差しを見せるいう、朧ろげながらも感情を持った一人の人間として描かれているように感じました。

一方で、この映画はキリストの愛に感謝しその教義を広めようとしながらも、排他的で暴力的・差別的な人間としてのクリスチャンたちの存在感を強烈に焙り出していきます。

「始まりには、人と自然のみが存在した」
「やがて十字架を背負った者たちが現れ、異教徒を地の果てへと追放した」




やがて辿り着いた土地が目指していた目的地エルサレムではないと知ったクリスチャンたち。彼らのリーダーは「ここを新しいエルサレムの地としよう」「この土地を奪おう」「お前が新しい神聖なる存在になれ」と勝手言い放題。多くの部族や異教徒たちを追い込み、殺戮していった彼らの姿は、異教徒たちの言葉で以下のように言い表わされています。


「残忍な番人どもめ。キリスト教徒は皆蛮人だ」
「かつて旅人が言った。奴らは神を食い殺すと。神の血肉をむさぼる。忌まわしい」
「奴らは我々も滅ぼす気だ。神々にご加護を祈る」



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これ以降は『ヴァルハラ・ライジング』のラストに関する記述があります。まだご覧になっていない方、これから鑑賞予定の方はご注意ください。


犠牲と祈り

酒かドラッグかを口にしてトリップ状態になった時【ワン・アイ】は川岸に石を積んでいました。崩れても崩れても諦めることなく、必死になって石を積んでいました。これはきっと"ホルグ"(hörgr、複数形:hörgar)なのでしょう。

ゲルマン人の信仰や北欧神話における「祭壇、神殿」を表すもの。石を積んだだけの簡素な祈りの場。そして「犠牲の石塚」という意味も。【PDF資料】北欧文化圏に伝承される超自然的存在“トロル"像の変遷―ノルウェーとアイスランドの民間説話を中心に― 粉川光葉、東北大学 207頁

レフン監督は【ワン・アイ】のことを"過去も現在もなく、宗教も持たない存在"と言っていましたが、彼の心の奥底には信仰心なるものがあったのでしょうか。神々に救いを求めていたのでしょうか。

・・・・それとも。
彼自身を犠牲とする"供儀"だったのかもしれない。私はそんな風に感じました。



というのも、ラストでネイティブ・アメリカンたちが【ワン・アイ】を打ちのめし、カメラがこの祭壇(ホルグ)の向こうへと沈みゆく彼を映した後、不思議なことに彼が故郷を見るかのように遠く海の彼方へと視線を向けるこのカットは、少年が【ワン・アイ】を失って海を向く後姿と全く同じように重なるからです。



このカットのみ、レフン監督は印象的なブルーを使っていました。

「赤」が未来を表していたため「青」は過去なのだろうか?と一瞬思ったのですが、きっとそうではなく、【ワン・アイ】が元いた場所へと帰っていった"帰郷"を表しているのかもしれません。血の「赤」が警告を表していたのならば、この「青」は深い霧に包まれたあの山々、生命の源とも思えるようなあの水面の揺らぎ。彼の生まれたルーツへの旅。

そして。
少年が【ワン・アイ】の魂を受け継いだようにも思えました。





【ワン・アイ】の魂が少年を守り、実体が消えていったのだと。私にはそう感じたのです。



レフン監督は、ワン・アイが魂へと戻ることでこの映画は終わると述べています。 そしてラストについて以下のように語っています。

"彼は元来た場所へと帰ったのです。 そして、彼は再び現れるでしょう。 なぜなら【ワン・アイ】は、宗教的混乱の時代に現れるエンティティ(実体、存在)だからです。『ヴァルハラ・ライジング』は神話の登場であるとともに、神話の死でもあります。 なぜなら、キリスト教は神話に基づく昔からの信仰のシステムを全て打ち砕いてしまうからです。"


The movie ends with One Eye’s returning to his spirit - to the mountains, to the stone. He comes back to where he came from. And he will begin again, because One Eye is an entity that appears during religious turmoil. Valhalla Rising is the rising of mythology, and at the same time it’s also the death of mythology. Because Christianity will crush everything of the old belief system which is based on myths.

The rise and death of mythology【Cineuropa】




北欧神話における最高神【オーディン】は独眼(One eye)であり、世界の終末ラグナロクを悟るという予見能力もありました。世界の終りを回避するため、オーディンに仕える女神の軍隊ヴァルキリーが戦場で勇敢な死を遂げた戦士たちを集め導いた場所、それが映画のタイトルである【ヴァルハラ】でした。

【ワン・アイ】は北欧神話における最高神【オーディン】であると受け取ることが出来ますが、一方で、クリスチャンたちがあれほど憧れていたキリストの"自己犠牲の愛"を遂げたとも考えられるのです。もしかしたらレフン監督は、宗教や信仰といったものを超越したところにある"魂の姿"をここに描いたのかもしれませんね。



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※というわけで、2018年の最初にこの映画を観終わった時に思ったのは、最初に感じたのとは別の意味で「この映画のことは決して忘れないだろうな」というものでした。

デンマーク語の他に、スウェーデン語、ドイツ語、英語、ロシア語、フランス語も話せるにもかかわらず、今回はセリフが一つもなかったマッツ・ミケルセン。それこそ脳天に一撃くらうほどの圧倒的存在感を放っていました。誰にでもオススメできる類の作品ではありませんが、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の独特の映像美、マッツ・ミケルセンの演技の底力を確かめてみたい!そんな勇者の皆さんは『ヴァルハラ・ライジング』ぜひお試しください。

【その他のマッツ作品はコチラ】
『ザ・ドア 交差する世界』 (2009/ドイツ)
『アフター・ウェディング』 (2006/デンマーク、スウェーデン)


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