『スポットライト 世紀のスクープ』 (2015/アメリカ)

はなまるこ

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スポットライト 世紀のスクープ


●原題:SPOTLIGHT
●監督:トム・マッカーシー
●出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュレイバー、ジョン・スラッテリー、ブライアン・ダーシー・ジェームズ、ビリー・クラダップ、スタンリー・トゥッチ、ジェイミー・シェリダン、ポール・ギルフォイル、レン・キャリオー、ニール・ハフ 他
●カトリック教会が長年隠蔽してきた児童虐待スキャンダルを暴き出し、ピュリツァー賞に輝いた調査報道チームを巡る感動の実話を基に、巨大な権力に立ち向かっていった新聞記者たちのジャーナリズム魂と不屈の執念を描いた実録サスペンス。2002年、ウォルターやマイクたちのチームは「The Boston Globe」で連載コーナーを担当していた。ある日、彼らはこれまでうやむやにされてきた、神父による児童への性的虐待の真相について調査を開始する。カトリック教徒が多いボストンでは彼らの行為はタブーだったが・・・。





トム・マッカーシー監督


トム・マッカーシーという名を聞くと、私の頭に真っ先に浮かぶのは、彼の監督作品2作目にあたる2007年のアメリカ映画『扉をたたく人』という映画です。

この作品は「感動に包まれました!」「素晴らしい!」「必見です!」という大変評判良いものなのですが、どうも私には「友情、愛情、自分探し、法律、移民問題、いくらなんでも内容を盛り込みすぎだとしか・・・」「でも、丁寧な映画作りには好感が持てるから、他の作品も観てみますけど・・・」という、何故か上から目線の何様ですかというレビューしか書けなかった苦い思い出が・・・。それはコチラ


ところが、結構な文句を言った割には、丁寧かつ控えめな描写を重ねていくことで登場人物たち心の揺れをさり気なーく映し出していく・・・そんなマッカーシー監督のスタイルが忘れられなくて、続けて観てみたのが『The Station Agent』(2003年アメリカ)という日本未公開の映画でした。観終わった後、心のなかにふんわりと温もりが広がっていくような、小さな町に起こる小さなお話でしたが、とても素敵な作品だったのです。

登場人物たちの魅力を繊細に、瑞々しく描写していくマッカーシー監督の手腕は本物なのだなぁと。そして、映画に対する誠実さが感じられ、とても好感の持てる監督・脚本家なのだなぁと思ってきました。



そして。
最近やっと今年に入ってから、2016年のアカデミー賞作品賞を獲得したこの『スポットライト 世紀のスクープ』を観ることができました。

実は、扱う内容が社会問題・・・カトリック教会が長年隠蔽してきた児童虐待スキャンダルを暴いたジャーナリストたちの話、と聞いて以来、その内容のデリケートさと問題のあまりの大きさ、そしてジャーナリズムを扱う際に懸念される"過度にヒロイックな映画的な展開"などから「またあの盛り込みすぎ!が起きてしまうのではないか!?」という勝手な懸念を抱いていたため尻ごみし、鑑賞がかなり後回しになっていた作品だったのです。


でも。
心配ご無用でした。



取材元へ出向き、根気強く家々をまわっては証言をとり、ぶ厚い資料の中から定規を使って一つ一つ証拠を探し出してはウラをとっていく・・・そんな地道な調査を続けることで、報道の義務と真実に向き合おうとする「スポットライト・チーム」の姿を丹念に描き、そしてまた、紙ベースの資料倉庫から過去の記事の切り抜きや写真を集め、古い新聞記事をマイクロフィルムで検索をかけ、コピーをとり、ファイリングし、電話番をするといった人々の社内での仕事ぶりも映し出す・・・

トム・マッカーシー監督のスタイルは、ここでも確実に貫かれていました。



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ボストン

この映画の特徴として感じたこと。
それは、いつでも、どこからでも、教会の存在が感じられる【ボストン】という街の風景を随所に挟むことによって、事件の起きた環境の身近さを、そしてそれを隠ぺいしてきた街そのものも【主役】として映し出している点でした。

ユダヤ系のバロン新局長が一人座るカフェで耳にする鐘の音は、たくさんの人々で溢れる教会から。記者サーシャは祖母とともに信仰深い人々で埋まる教会のミサへ。調査中、ある"事実"に気づき夜の自宅を飛び出したのは調査記者のマットでした。信じたくもなかった"事実"はすぐ近くに存在し、自分たちの生活と決して無関係などではなかったのだと訴えるかのように、駆けていく彼の後姿をカメラはワンカットで追っていきます。そして観る者は彼と共に走り、衝撃を受けるのです。そのあまりの"身近さ"を目撃することによって。




ガラス張りの美しいカフェテリアや、町の一角にある教会前の公園も同様でした。

人々が語らい、こどもたちが遊び、ブランコに乗せた子の背中を押す父親や、ベビーカーを押す母親らとすれ違うような、一見どこにでもある日常の風景。その中に、時に相手の記者を気遣って微笑みさえも交えながら、幼い頃に受けた性的虐待の様子を話す"Survivors"の男性がいるのです。そして彼のように人生を引き裂かれた被害者らは、生き延びることができたぶんだけ"幸運"なのだと、この映画は言うのです。

こんなにもありふれた日常、こんなにも平和な町の中。それなのに、これほど痛ましいことがこの街にずっと埋もれてきたなんて。過酷な環境の中を生き抜いて、それでもずっとずっと苦しみ続けている彼らの痛みや苦悩がそのありふれた景色とのギャップから伝わってくる気がして、打ちのめされるようなショックを受けました。




そんな"ムラ社会"の街ボストンにやってきたのは、マイアミから赴任してきたユダヤ系のバロン新局長でした。決して感情を露わにせず、チームに対しては明確な方向性を示していくリーダーとしての貫録。そして、野球嫌いで未婚でユダヤ系という、この街では完全にアウトサイダーな存在。

"You want to sue the Church?"(教会を訴えるのか?)というセリフが何度も繰り返される中、彼の静かなる佇まいからはこの映画に込められた決意が感じられ、映画全体のトーンを完璧に決定づけていたようにも感じられました。この物語に強固な柱があるのだとすれば、それは間違いなくリーヴ・シュレイバーが演じたこのバロン局長の揺るぎない信念とその存在感でしょう。


※「Code of Silence(沈黙の掟)」という名で犯罪が覆い隠されてしまう【ボストン】については、2015年のジョニー・デップ主演映画『ブラック・スキャンダル』のレビューでも触れています。詳細はコチラ

ブラック・スキャンダル

因みに、ボストンを舞台にした『ブラック・スキャンダル』『スポットライト 世紀のスクープ』とも撮影監督は日本人のマサノブ・タカヤナギさんです。


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俳優の布陣

それからもう一つ、この『スポットライト 世紀のスクープ』という映画で興味深く感じたこと。それは、登場人物がとても多く、アメリカ映画界、TVドラマ界からの燻銀名脇役たちが勢揃いしているにもかかわらず、そのアンサンブル演技の中で誰一人として突出して見える人がいない、という点でした。


左:『MADMEN』では広告代理店の共同経営者ロジャー・スターリング役のジョン・スラッテリー。
中:『CSI:科学捜査班』のオリジナルキャストとして長年愛されてきたジム・ブラス警部役のポール・ギルフォイル。
右:『LAW & ORDER クリミナル・インテント』では黒眼帯もした上司ディーキンズ警部役のジェイミー・シェリダン。

出るわ出るわ、有名アメリカドラマから出演する"頼れる大物上司"たち。

各ジャンル、夫々のドラマの中で世の中の善も悪も、表も裏も、酸いも甘いも噛み分けてきた彼らの静かなる存在感。それは、まるでクロスオーバー・エピソードかと思うほど!(正直、役職・立場がドラマの立場とこんがらがって何度も混乱しそうになりましたが。) そして、それがまるで【オールアメリカ】の様相を呈しているようにも見えたのです。これはボストンという地区限定の特異な話なのではない、自分たちが今観ているものはもっと大きな問題なのだ、というように。




そう、"誰も突出していない"と書きましたが、マーク・ラファロ演じる記者マイクの存在だけはほんの少し例外かもしれません。目をクルクルさせ、頭をぼりぼり掻き、立ちはだかる権力の壁に立ち向かい、証拠を得るために奔走するマイク。

彼は事件の悲惨さへの怒りと、報道への情熱と使命感から苛立ちを露わにし、唯一感情を爆発させる人物として描かれています。

カトリック教会が組織的に児童虐待を組織的に隠ぺいしていたなんて、信者でなくとも許せることではないですよね。悲しみ、そして怒りを覚えるはずです。マイクは、是が非でも証拠を掴み、真実を暴露したい。傷つけられている子どもたちを今すぐにでも助けたい。一刻でも早く記事を世に出したい。恐らくそれは、観る者からすれば最も近い目線、一番共感を覚える立場なのだと思うのです。

だからと言って、この映画は安易に彼をドラマチックなストーリーの主役として置くことはしませんでした。・・・【感動と実話のドラマ化!!】なんて出来たのかもしれませんが。

『スポットライト 世紀のスクープ』という映画は、ジャーナリストたちを決してヒーロー扱いすることなく、彼らのプライベートや人間関係をフラットに、必要最低限のエピソードとしました。映画の中では、彼らに自分たちの意見を声高に主張させるとは真逆の方向・・・・つまり、被害者らの話に耳を傾けてメモをとり、"聴く"という立場を重視させ、派手に盛り上げることを避け、感情的になりそうなエピソードは敢えて淡々と描いたことで、埋もれてきた事件を伝える側の使命、姿勢、調査報道の重要さという主題を観る者に突き付ける形としたのでしょう。



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スポットライト

この映画は、物語が終わった後にも現実の厳しさを強い余韻の中に残します。

エンドロールとして映し出される、虐待が確認されたという都市のリスト。そのあまりの数の多さに絶句し、胸が詰まりました。

救いの手となり導きの道となるはずだった最も純粋な信仰心を、幼い頃から利用され、支配され、傷つけられ、誰にも言えず助けてもらえることもなく、教会組織と法と保身の陰で見て見ぬふりをされてきた子どもたち。それはボストンだけでなく、全米、そして世界中で起きていたということ。 更に、このリストの陰では"サヴァイヴ"することが出来ずに命を絶っていった人々がもっともっといたのかもしれない、ということも。

そして同時に、聴こえてくるハワード・ショアの哀しげなピアノの旋律が、オープニングの1976年の隠蔽事件とこのエンドロールとで変わっていないことに気づくのです。どれほど酷い真実を暴き続けたとしても、惨たらしい事件、目を背けたくなるような事件などは果てしなく出てくるのかもしれない。今も昔もそれほど変わってなどいないのかもしれない。それでも、だからこそ、この映画は存在しなければならない。そう訴えかけてくるかのように、心に重く響いてくるのでした。




思い返せば、映画の冒頭でケーキを前にして電話に出ていたマイクが「うちが扱うには弱すぎる」と言ってネタを切ろうとするシーンがありました。しかし、それと対比するように、映画のラストでは第一報が世間に出た反響によって被害者たちからの電話の音が鳴り続けるシーンが挟まれます。その一つ一つに光を当てることこそが、メディアの仕事なのだというように。

メディアの在り方や存在意義、彼らの報道姿勢に深く感銘を受けてタイトルバックを見つめていた私は、エンドロールに映った"SPOTLIGHT"というタイトル文字が冒頭のそれとは違い、左から右へ右から左へと揺らいだ後に、すっと消えゆくことに気が付きました。時間と資金と労力のかかる調査報道の、今置かれている現状なのでしょうか。


話が進むうち、構図がそれほど単純ではないことが分かってきます。なぜなら、カトリック教会の恥部を暴くということは、それを支持している地元住民、つまり新聞社にとっては経営の基盤である「読者」の信仰心を傷つけかねないことに、記者たちが気づいていくからです。同時にこれは、事件が長年、表沙汰にならなかった理由でもあります。被害者やその家族にとっても、カトリック教会と対立すれば、地元の共同体を敵に回すことになりかねないからです。

松林薫 新聞の正しい読み方 第3回 小説・映画にみる調査報道(2)


"This is Spotlight."

それでも。
電話をとったマイケル・キートンの声が、微かに残されている希望のように聞こえました。

刻一刻と状況も価値観も変わる時代の波の中、今や最新のニュースが手軽に手に入り、誰もが情報発信できるような便利な時代となりました。しかし、その発信元の信憑性を確認する間もないまま、断片化され使い捨てされてしまうような情報ばかりに目が奪われやすいこのネット社会では、聞こえの良い言葉や主張の方へと情報は偏りやすくなり、物事の本質を多角的に(そして自発的に)捉えることが難しくなっているようにも思うのです。

このような時代だからこそ、悪いことは悪いのだと言うことのできる忖度なしのジャーナリズムの力や質の高い情報発信力が必要とされているのではないか?そして、それを受け取る側はそれらを読み取る力を育む覚悟も必要なのではないか?この映画はそう訴えているように感じるのです。大変重い内容であり、宗教や信仰心といった生活とは縁のない社会で生きている私でも、宗教の在り方だけでなく物事の捉え方、情報社会の在り様にも考えさせられた作品でした。観ることが出来てよかった!





※『スポットライト 世紀のスクープ』参考資料



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Comments 2

There are no comments yet.
そよこ  
初めまして。

映画の感想を読みながらあちこち飛び回っておりましたら、辿り着きました。
そよこと申します。よろしくお願い致します。
私も偶然昨年遅くにこの作品を観ました。
俳優たちの演技にも目を見張りましたが、
何と言ってもエンドロールのリストアップされた被害報告の数に圧倒されました。
対岸の火事とばかり驚いていられないかも知れないとも考えました。
また、はなまるこさんの充実した読み応えのある感想に思わず引き込まれ
感動しました。
報道の在り方、受け取り方、それぞれ本当にいろいろ考えさせられた作品でしたね。

2018/05/14 (Mon) 00:37 | EDIT | REPLY |   
はなまるこ  
★そよこさんへ

そよこさん、はじめまして!

>何と言ってもエンドロールのリストアップされた被害報告の数に圧倒されました。
対岸の火事とばかり驚いていられないかも知れないとも考えました。

本当に、おっしゃる通りでした。
私もエンドロールまでは"アメリカで起こった大変な話"くらいのイメージで「何とも辛い事件だったんだな」とは思っていましたが、あの世界各国の名が連なる膨大なリストを目にして凍りつきました。映画の中だけの話ではない、と強く印象付けられました。

>報道の在り方、受け取り方、それぞれ本当にいろいろ考えさせられた作品でしたね。
本当にそうでした。こうやって良い映画に出会えると、様々な考え方にも触れられますし、世の中をまた違った目で見られるようにもなりますよね。つらい内容でしたが、観ることができて良かったと思いました。

>また、はなまるこさんの充実した読み応えのある感想に思わず引き込まれ感動しました。
いえいえいえいえ^^;そんな有難い言葉を頂けるなんて、本当に恐縮です。。。。
もっと簡潔に文章を書けたら良いのになーと毎回毎回思っていてもなかなか上手にまとめられず、この映画に関しても「ああでもない、こうでもない」と結局まとまりのない長々とした感想になってしまって、実はupした後に内心ちょっと後悔していたのです(笑)。でもそよこさんのように、お一人でも読んで下さった方がいらしたことが分かってとても嬉しかったです。

コメントを残していただき、本当にありがとうございました^^

2018/05/15 (Tue) 23:08 | EDIT | REPLY |   

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