『追憶の森』 (2015/アメリカ)

はなまるこ

はなまるこ









追憶の森 スペシャル・プライス


●原題:THE SEA OF TREES
●監督:ガス・ヴァン・サント
●撮影:キャスパー・トゥクセン
●出演:マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツ 他
●富士山の麓に広がる青木ヶ原樹海。ここに死に場所を求めてアメリカからやって来たアーサー・ブレナン。森の奥深くに分け入り、睡眠薬で自殺を図ろうとしていた彼の前に、傷つき憔悴した日本人男性が現われる。助けを求める彼を放っておけず、一緒に出口を探すアーサー。しかし一向に出口を見つけられず、森の中を彷徨い歩く2人に次々と試練が襲いかかる。互いに助け合う中で、次第に心を開いていく2人。やがてナカムラ・タクミと名乗るこの男性に、自分がここへやって来た理由を語り始めるアーサーだったが・・・。




日本公開時は

"全ての謎が解けた時、あたたかな涙があふれる 感動のミステリー"

なんていう、お得意の「涙と感動の押し付けキャッチコピー」で宣伝されていましたが、実は第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映された際には大ブーイングだったというこの作品。
Gus Van Sant’s ‘Sea of Trees’ Booed at Cannes Premiere


恐らく、そのブーイングなるものは"死生観"や"宗教観"の違いによって生じたものだったんじゃないかなぁと鑑賞前に私は勝手に想像していたのですが、意外や意外、カトリックの【煉獄】という言葉を出しての説明がなされたりするなど"解りやすさ"はあったのです。

ただ、スピリチュアル一辺倒なのかと思いきやいきなり大自然サバイバル映画にもなってみたり、主人公の過去が明らかになっていくカットバックの手法が「いかにも!」な安易さを感じるなど、実はカンヌの会場でブーイングを浴びた原因というのは、単に脚本や構成の"手ぬるさ"に対するガス・ヴァン・サント監督に対する不満や落胆の表れだったのかなぁという気もしました。






木々の間からやわらかな木漏れ日が差し込む、神秘的で壮大な自然の中。死へと向かう自分を拒絶せずに受け入れてくれる"理想の場所= a perfect place to die"、青木ヶ原の樹海。そこをあらゆる物から解放してくれる最期の場所として、遠い外国から飛行機に乗って海を越え、新幹線やタクシーを乗り継いで遥々やってきた主人公アーサー。

しかしその森で待っていたものは、命を絶った者たちの無残な遺体の数々と、思いがけず肉体が傷ついた時に感じた壮絶な痛みと苦しみ。そして、罪悪感。イケメンの面影もなく、生気もなく、ただの冴えないおじさんにしか見えないマコノヒーの存在感がこの映画の要でした。死へと向かうしかなかった人間の孤独と寂寥感を漂わせながら、その心の小さな揺れを丁寧に描いていこうとしたのだろうなぁ・・・・。そんな意図は汲み取ることができました。


が、マコノヒーの熱演の一方で、どうしてもこの物語に対してフラットな印象しか持てなかったのも事実なのでした。

暗闇の中、男二人でゼーゼーハァハァのた打ち回りながら話すシーンが続くなど、視覚的にあまりに地味な画面が続くこと。そして、"死"を求めてきたはずの主人公の物語が有無を言わさず「生きて帰してやるからな!」という【サバイバル映画】となってしまった"意味"が、あまりにも乱暴に置き去りにされているようで、映画の前半から既にモヤモヤとした中途半端な気持ちを抱えながらの鑑賞となってしまったのでした。






人が本気で自分の命を断とうとする理由など、本当のところは他人になど完全には伝わらないものなのだろうと思います。

その一方で、疲れて眠っている誰かや怪我を負って寒さに震えている誰かに「上着を掛けてあげたい」と思える優しさは、そこに横たわる小さな違いや溝などを迷わず越えていくものなのでしょう。そして、自分以外の誰かを失うかもしれないと気付いた時、初めて人は「生きたい」「生きていてほしい」と命あることを本気で願うのでしょう。それは、自分にも守るべきものがあったのだと気付く瞬間。

そういった人間の尊さや、背負うことも出来ないほど大きな罪悪感から魂を解放するまでの細やかな心の移ろいはマコノヒーの熱演で十分伝えられるはずだったのに。それを、映画としての表現手段(過去の出来事や亡き妻の言葉など)に過剰に頼り、説明過多になってしまった分、まるで観る者は「ヘンゼルとグレーテル」の落としていったパンくずをただ拾って歩くのみとなり、結果そこでかなりのものを喪失したように思います。

映画というのは「あぁなるんだろうな」「こういうことなんだろうなー」なんて思う隙もなく、一気に物語へと惹き込んでくれる意外性や共感性といった心に引っ掛かってくる"何か"が大切なのだなー、とヘンなところで勉強になった作品でもありました。




ちょっとココだけご注意を!物語の核心に触れています
この映画、これだけはどうしても言わずにはいられませんでした→人名で"キイロ"と"フユ"っていうの、絶対おかしいでしょう(笑)!色で人名ならせめて「ミドリ」とか。季節なら「ハル」とか「アキ」にするとか。浮気&病の妻という内容が内容だけに観ているコチラの方が居た堪れない気持ちになって集中力もますます欠けたってものですが、謙さん、この「キイロ」と「フユ」だけは止めてほしかった―!


関連記事

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply