『フレンチアルプスで起きたこと』 (2014/スウェーデン、デンマーク、フランス、ノルウェー) ※ラストに触れている部分があります。ご注意を!

はなまるこ

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フレンチアルプスで起きたこと [DVD]


●原題:FORCE MAJEURE/英題:TURIST/仏題:Snow Therapy
●脚本、監督:リューベン・オストルンド
●出演:ヨハネス・バー・クンケ、リーサ・ローヴェン・コングスリ、クリストファー・ヒヴュ、クララ・ヴェッテルグレン、ヴィンセント・ヴェッテルグレン、ファンニ・メテーリウス 他
●フレンチアルプスの高級リゾートにスキー・バカンスにやって来たスウェーデンの一家4人。いつも仕事で忙しい父親のトマスは、ここぞとばかりに家族サービスに精を出す。ところが2日目、テラスレストランで昼食をとっていた一家を不測の事態が襲う。スキー場が起こした人工雪崩が、予想を超えた規模に成長しながらテラスへ向かってきたのだ。幸い大事には至らなかったが、その時トマスは、妻と2人の子どもを置き去りにして自分だけ逃げ出してしまう。何事もなかったかのように、その場を取り繕うトマスだったが、妻のエバはおろか子どもたちの目もごまかすことはできず、以来、家族の中には不穏な空気が漂い、楽しいはずのバカンスが一転して息詰まる修羅場の様相を見せ始めるのだったが・・・・。





映画の冒頭、バカンスに来た家族がフォトサービスの人に写真を撮ってもらうシーンがだいぶ長いこと描かれます。この映画はこういった・・・つまり、普通の映画であればテンポを優先して短く切り上げたくなるようなシーンが妙に長~く映されるんですね。


この家族写真のシーンもカメラマンの人がずーっと
「ハイみんな笑って」
「すごくいいですよー」
「はい、ご主人、奥さんの肩に手をまわして」
「お姉ちゃんは弟の方に手をまわして~」

なんて一人で言い続け、一家は言われるがままにポーズをとり続けるのですが、
「いいですよー」
「とってもいいですよー」
「はいじゃあ奥さん、ご主人の方に頭を傾けて」
「ご主人も奥さんの頭に・・・」

頭ゴツン!!
「ハイ、最高です」

これが脚本通りだったのか、たまたま起こった撮影時のハプニングだったのかはわかりません。でもこの『フレンチアルプスで起きたこと』という映画は、こんな風にして日常の中に潜んでいるちょっとした行き違いとか、思い違いかもしれないけれど何だかモヤモヤっとする部分を、すごく微妙で絶妙でイヤ~な空気満載で圧しに圧してきます。

人から見た"素敵な家族の形"を、頭ゴッチンしても笑顔でうまく取り繕えるこの一家の素直さと、悪意はないのに家族全員が絶望のドン底まで突き落とされていくというこの物語の行く末を予感させる面白いオープニングだなぁと思いました。



それに、冬のスキーバカンスの物語なのに、映画全体に流れる曲はヴィヴァルディの有名な「四季」から「夏」をチョイスしているところ。これも煽ってきます。不安感倍増の第三楽章のバイオリンの音が、ミスマッチなのに(いや、だからこそ、かな?)奇妙な怖さを感じさせるんです。

一家が滞在する高級リゾートの施設の充実っぷりったら半端ないのですが、この大自然の中に人工的に作られた数々の"音"も本当に怖い!

リフトの滑車はカラカラと大きな音をたてて回り、トンネルを通る動く歩道はキーキーと嫌な音で軋み、歯ブラシは耳をつんざくようににガーガー響き渡る。毎晩スキー場では整備車がガラガラと音を立てて走る音と、人工雪崩を引き起こす大爆音が。ハッピーバースデーの歌や、風がリフトをヒューヒューと鳴らす音、研ぎ澄まされた包丁を奥さんが手にする時のシャキーンという金属音。・・・どれもこれもが胸をざわつかせる不快な音に聞こえて、私は2時間近くの間「こ、これはきっと、今に何かが起こるに違いないっ」とあちこち勝手にフラグを立てまくりで本当に本当に疲れてしまいました・・・。煽るのが巧いんだ、この映画は。

でもこれって【本能】として感知する"恐怖"が呼び覚まされる感覚に近いような気がして、こうやって"恐怖を感じる状況"や"イヤな予感"を勝手に思い込んで右往左往している自分の軟弱さや臆病さを思い知らされていたのではないかなぁ、そんな感じもしました。ある種の【体感映画】ですよね。






この映画は、公開当時から「バカンスに来た一家が雪崩に巻き込まれた時にお父さんが家族を置いて一目散に逃げたことから起きる家族の危機」を描いたブラックユーモア溢れる作品と聞いていたので、実は予告編を目にした時から「あー、そういえば、私もそんな経験したことがあったあった!」と、昔のある出来事を思い出していました。


・・・そう。あれは忘れもしない、私がまだ小学校1年生だったある日曜日の夕方。
家族みんなで楽しく外出した後、父が家のガレージに車を止めてみんなで降りた時のことでした。突然、見知らぬ大きな犬がぬっと現れて、なぜか私の方へと跳びかかってきたのです。一瞬のことで訳もわからず「噛まれるっ!」そう思った瞬間。私は今でもよーく覚えていて、ワッと跳びかかられる!そう思った時、被さるようにして母が私を抱きかかえ「こらっ!あっちにいけー!」と犬を追い払ってくれたのです。一方、父の行動はというと・・・・忘れもしない一人だけ門扉を開けて自分だけ中に入り、なんとゲートをガシャン!と閉めてしまっていたのでした。えーーーー???

あの「ガシャン!」っていう音は、今でも忘れませんねぇ。
「お父さんだけズルイ!」
「卑怯者!」
「自分だけ助かろうとした!」

その後、非難轟轟になったことは想像に難くありません。あれから30年以上経っていますが、未だにこの話は家族の間で出ることがあり、そのたびに父は「えへへへ・・・・」と苦笑いするばかりです。

まぁだいたい父親とはそんなもんだろう。幼心にそう感じた事件でもありました。




ですので、人を押し退けて脱兎のごとく一目散に逃げていったこの映画の中の父親の行動は、私にとっては「さもありなん」という感じではありましたが、一方でこの後に噴出してくる夫婦間、家族観の争点や問題点というのは「パパが独りで逃げて行ったこと」ではないんだろうなぁとも感じたのです。

確かに、幼い息子が恐怖の景色を目の当たりにして必死で「パパー!パパー!」って助けを求めて叫んでいるのに、それが全く耳に入らないかのように携帯だけを引っ掴んで、おまけに人を押しのけてまで必死の形相で逃げ去っていくパパの姿は、誰がどう見たって完全にアウトですよ。どれだけ非難されたとしても、親として、パートナーとして、これ以上ない幻滅モノの事案ですから。

でも人間ですから、やっぱりどうしようもないことってあると思うんです。これまで経験したこともないような恐怖に人間が直面した時、理性などぶっ飛んで「自分だけでも助かりたい!」と普段求められている社会的な役割や行動とは別のアクションが出てしまうのは、どうしても責められないように思うんです。恐怖に対する人間の反応というのは、その脅威を認知した時点で「生存」へと駆り立てられ、己の命を守りたいがために結果、集団パニックを起こしてしまう・・・・そんなものなのかもしれません。或いは「自分だけ騒いで逃げるのは恥ずかしい」「これは危険な状態ではない」とする心理がこのテラスに居る全員に働いて、幼い子どもを連れての避難が遅れたがためママは子どもと取り残された・・・・そう言うこともできるかもしれません。
参考:防災システム研究所「防災・危機管理心理学」



そう、だからこそ、なんです。
この映画での雪崩の後に
「あなた!自分だけ逃げたでしょ!」
「いやぁ、焦っちゃってさー」
「パパはひどいよ」
「自分だけ助かろうとするなんてさ」
「そんな人だと思わなかったわ!」

・・・・とかなんとか、家族みんなで責めまくったり突き合ったり、そうやってお互いの行動を語り合って共有すればいいものを、なんと恐ろしいことにこの一家の面々は、この出来事について言わず語らず。「家族を置き去りにしやがった」という家庭内全方向からの容赦ない無言の非難をパパに浴びせまくります。

そしてさらに恐ろしいことが・・・・
これに対し、パパは「認めない」「謝らない」「嘘泣きをする」の最悪三点盛り

そう、これがこの案件最大の問題点なんですよね!






ココから少し映画の内容&ラストに触れていますのでご注意ください



夫に対して怒りはないの?信じたいの?何事もなかったことにしたいの?というくらい、いつまでも本音を口にしない妻の姿も異様でしたが、奥さんは自分の信念や生き方に理想とするものがキッチリとある方のようで、きっと今回のご主人の思いもよらない行動が本当にショックだったんでしょうね。夫の行動を【本能】ではなく、【本性】として捉えて我慢ならなかったのでしょう。

無言の子どもの荒れっぷりも半端ないですからね。母親としてもこれは辛いところ。



しかも「なんで今言うの?」というタイミングでいきなり雪崩の話題を出す奥さんと、「一人で逃げ出した」事実を何が何でも認めようとしない傍目にもイタイタしいご主人。そして、この家庭内裁判に巻き込まれて"証拠"を皆で見て全員でドン引きすることになるシーンはもう、本当に遣り切れなさ満載で・・・・ただただ居た堪れない


結果、≪パパついに大号泣≫は大切な家族の絆シーンなんでしょうが、もう本当に可笑しくて。こうやって家族の間でも本音を言う、弱い部分も見せる、共有するということの大切さを子どもたちが親に示してくれているようで切なくもあり、でもやっぱり可笑しくて可笑しくて。ごめんね可愛いこどもたち。とてもいい姉弟だなぁと思いました。

それにママも賢いんですね!
【家庭と子ども】を守るため、父ちゃんにドヤ顔で面目躍如させるシーンは・・・これも大笑いでした。「損して得取れ」じゃないですが、子どもの成長や家族の絆を長期的視野で考えた場合、賢く丸く収めるというベストな方法をママはとったんじゃないでしょうか。「ママ、グッジョブ!」だなぁとちょっとだけ泣けました。





とーこーろーがー!
この映画、ただでは終わらないんですね。
なんと、最後にこの家族はあるアクシデントに見舞われて、パニクったママは子どもを置いて真っ先に1人で出ていってしまう!という事態が発生するんですねぇ。えーっそれってパパがやったのと同じこと!しかもママ、変に言い訳しているし(笑)。


最後の場面で、一家が空港にバスで向かう途中、乗客たちがバスを降りて道路に立つシーンがあります。それは向う見ずな運転手の荒い運転のせいばかりではなく、恐怖心が彼らにとらせた行動でもありました。彼らは山を歩いて下りることになるのですが、バスが何事もなく走っていくのを見て、全員が恥かしさを感じるのです。そして、歩き続けるうちに、それが徐々に孤独感へと変わっていく。社会的に被っていた仮面がはがれることで、彼らは強い連帯感を共有することとなるのです。

プロダクトノート 映画『フレンチアルプスで起きたこと』 リューベン・オストルンド[監督・脚本]


・・・そう、このラストシーンを観て、私は個人的にちょっと思うところがあったのです。

この映画を観ている間中、私はずーっとトマスパパのことを「なんて不誠実で無責任な父親なんだ!」って怒って見てました。どちらかと言えばママの味方で「私も絶対に子どもを置き去りにして一人で走り去ったりしない。こいつは親失格だ!」とかなんとか思いながら。でも、私、思い出してしまったんです。

ちょうど昨年末に子どもとハイキングへ行った帰り道のこと・・・・
私たちはロープウェーで下山することになりました。風の強い日の臨時便だったのですが、それがもう凄く揺れまして。強風のためゴンドラはゆっくりしか進めませんというアナウスンとともに、風に煽られぐらーんぐらーんと前後上下に揺れまくりで生きた心地はせず、風が窓の隙間からピュー!!ピュー!!と鳴って入ってくる音は恐怖映画の効果音そのものだし、支柱を通り過ぎる時の衝撃なんてもう死を予感するような恐ろしさで。もともと、足元に何もないという感覚が恐ろしくてエレベーターにも極力乗らないくらいなのに、断崖絶壁の横で揺れまくる高所のゴンドラにブラブラと揺らされている今「すぐ降りたい!すぐにでも降りたい!早く到着してくれー!」と半ばパニック状態になり、娘に「怖くない?大丈夫?」とか言いつつ自分は両手でバーをぎゅーっと握りしめていました。・・・バーを握っていても結局落ちたら死ぬのでこれ自体には何の意味もないのですが、でも私は子どもの手を取ったりするんじゃなく自分が助かりたい一心で必死にバーを両手で握りしめていたんじゃないだろうか?と。この映画を観て、情けない自分の行動をふと思い出してしまったのです。



・・・・思い出すと本当に恥ずかしいのですが、でも「人間こうあるべきだ」とか「こうしなければならない!」とか言ってしまうのではなく、「なんか人ってちょっと恥ずかしいところがあるよね」程度に収めている加減が、この映画の良いところなんだろうなぁと気が付いたのです。

そして、そこが好きなところでもありました。同時にドキリとさせられてしまった点でもありますね。急に自分に降りかかってくるんですもん。私っていやだなぁ、自分も恥ずかしいなぁ。って。



↑舞台は、こんな崖っぷちスレスレにあるリゾートホテルでした。舞台からしてギリギリすぎる・・・・



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Posted byはなまるこ

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