『レイチェル 黒人と名乗った女性』 (2018/アメリカ) NETFLIXオリジナル作品

はなまるこ

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In Full Color: Finding My Place in a Black and White World (English Edition)



●原題:The Rachel Divide
●監督:ローラ・ブラウンソン
●製作総指揮:ロジャー・ロス・ウィリアムズ
●出演:レイチェル・ドレサル、ラトヤ・ブラッケット、フランクリン・ムーア、キターラ・ジョンソン、ショーン・ヴェスタル 他
●白人でありながら黒人だと偽った人種詐称。米国中で物議を醸した事件のその後を、レイチェル・ドレイザル本人と彼女の家族、評論家たちがそれぞれの視点で振り返るドキュメンタリー映画。NETFLIXにて公開中。



 全米黒人地位向上協会(NAACP)の地域支部長の白人女性が長年、黒人と偽って活動していたことが分かり、女性は15日、フェイスブックで支部長を辞任すると発表した。米メディアが大々的に報じ、話題となっている。
 辞任したのは、NAACPワシントン州スポーケン支部長だったレイチェル・ドレザル氏(37)。イースタン・ワシントン大学のアフリカ研究の非常勤講師や、地元警察のオンブズマン委員長も務めている。全米で多発している黒人に対する白人警察官らの過剰な暴力行為を批判する活動では最前線に立ち、米北西部のアフリカ系社会の中心的な存在だった

 ドレザル氏の両親らが米メディアの取材に応じ、十代のドレザル氏の写真を公開しながら、「娘はヨーロッパ系の白人」と告白した。両親は白人系で、実子であるドレザル氏と兄のほか、4人の黒人の養子がいる。養子を迎えた2006年か、07年ごろからドレザル氏はアフリカ系を名乗り「変装」しだしたという。養子の弟は米CNNテレビに「姉は自分の正体をいわないでほしいと3年前に頼んできた」と話した。ドレザル氏はフェイスブックで辞任の理由には触れず、謝罪もしていない。NAACPの別の支部長の一人は、AP通信の取材に「アフリカ系米国人と偽って何が得られるのか」と批判。黒人社会からも反発の声が上がり始めている

【黒人装い続けた白人女性が団体支部長を辞任「何のため?」 白人警官追及の急先鋒】 産経ニュース/ 2015年6月16日


全米黒人地位向上協会の女性支部長、実は白人だった 2006年頃から黒人を騙る
Post Japan / 2015年06月14日

「自分は黒人だと思う」 米活動家、人種詐称疑惑に反論
AFPBB News / 2015年6月17日





【白人】として生まれたのに、【アフリカ系】として人権活動をしていた・・・・
当時のこのニュースはうっすらと私の記憶にも残っていて、いくつかネット記事を拾い読みしていた覚えがあります。ただ、その時は「人種を"偽る"ということがアメリカではトップニュースになり、全米を騒然とさせる大問題になるのか」という驚きの方が大きくて、アメリカ社会にある人種問題の根本にまで目を向けるところまでは至りませんでした。

たとえば、ビヨンセは肌のトーンが明るいから成功したとか、キム・カーダシアンの黒人風メイクの仕方、最近では大坂なおみ選手の肌の色を薄くしたアニメーションの問題など、アフリカ系や有色の市民らが「間違えて」通報される、逮捕される、サービスを拒否される、侮辱される、etc・・・・肌の色や人種に関するニュースはアメリカのメディアと通して本当によく目にするものです。そして、それらによって毎回議論が巻き起こっているのも"知って"はいるのです。

でも、「アフリカ系だと言っていた人が実は白人だった」というニュースが、実際黒人社会から強い反発や反感を買い、大問題にまで発展する理由が私には分からなかったのです。「人種を偽る、とはどういうことなのだろう?」と。






このドキュメンタリー映画で語られるのは・・・
これまで全米黒人地位向上協会(NAACP)の地域支部長を務めてきたレイチェル・ドレザル(Rachel Dolezal)という人物が、警察のオンブズマンの一員として警察による過剰で不条理な権力行使が行われないよう警察への監視活動を行い、「BLACK LIVES MATTER」という抗議活動によって黒人社会の声を世間に向けて発信し、彼らを力強く熱心に率いてきたリーダー的存在だったという一面。

一方で、【NAACP】に届けられた自分へのヘイトクライムの脅迫文が"自作自演だったかもしれない"という疑惑が起こったことを皮切りに、レイチェルが出生や肌の色を"偽っていた"事実が明るみになり、「彼女は人種を利用した」というアフリカ系米国人社会からの強い怒りを買ってしまうという問題。

そして、この騒動から失職、追放、社会から孤立する形となったレイチェルが、それでもなお頑ななまでに「自分は黒人である」という主張を曲げず、一体彼女のアイデンティティは如何にして構築されていったのかという話と、それに並行して彼女が利用するSNSによって家族までもが深く傷つき、行き場を失ってしまうという悲しみも描かれています。



レイチェルのアイデンティティを紐解いていくと・・・・・
厳しい両親によって抑圧され虐げられてきた自分自身の境遇と、アフリカから養子として迎えられ同じように不条理な暴力を受けた弟妹らと共に暮らしたこと。それこそが、彼女が黒人になった起因であるように感じました。共感し、同化を強く望んだ結果だとも言えるのかもしれません。

自分の苦しみとアフリカ系アメリカ人たちが受けてきた苦難の歴史とを重ね合わせ、弟妹らと同じ「黒人として生きる」ことで抗議の声をあげ、コントロール不可能だった自分の人生そのものをで再構築し新たなアイデンティティを獲得したのかもしれません。あるいは、彼らに対する白人としての罪悪感もあったのかもしれません。いずれにしろ、被害者として声をあげられる立場となり「私は黒人でありたい」という強い思いによってレイチェルは初めて自分の人生を肯定できたのではないでしょうか。そこに"偽り"の感情などはなかったと思うのです。

ただ、そこで問題となったのは、おそらく「何が事実で何が作り話なのか」レイチェル自身の中でも境界が曖昧になるほどの思い込みもあったがために、負の産物として"偽りの物語"が同時に生まれてしまったことなのかもしれません。彼女が黒人として語ってきた過去のエピソード、そしてNAACPの私書箱に残されていた脅迫状についても、このドキュメンタリー映画の中では深く追求されることはありません。彼女自身も語ることはありません。"真実"に対して曖昧な印象を受けるため、彼女に対する信頼も揺らいでしまう・・・というのが正直な気持ちです。

さらに「白人である」ことをなかなか認めようとせず「黒人である」と主張してきた事実(レイチェルは自分の心に正直であっただけなのでしょう)は、彼女に対する"不信感"となり
「真実を語っていない」
「嘘つきだ」
「黒人社会を利用した」
「被害者ぶっている」
「侮辱的だ」

といった言葉が投げつけられるなど、人種的な問題と同時にSNS上に起こる問題(読んで傷つくくらいならレイチェルもSNSに投稿しなければいいのにとも思うのですが、それはまた別の問題ですね)とがより事態を過激化させ、収拾のつかない方向へと進んでしまったのだと思うのです。






映画の中盤、ある人物が登場します。シンシナティ・ステート・テクニカル・アンド・コミュニティ・カレッジのロニー・グラッデン(Ronnie Gladden)教授というその人は「黒人男性」という外見の中に「白人女性」としての心を持っており、幼い頃から心と体がマッチしていなかったと発言します。

※グラッデン教授は、自身の論文の中で自らが抱える「Transgender(自認する性が周囲のそれと合わないこと)」と「Transracial(自認する人種が周囲のそれと合わないこと)」を合わせて「Transgracial」と呼び、"In the Zone"というLGBT等の多様性を尊重できる社会を目指す学生クラブの顧問を務めるなど、様々な活動も行っている方です。 出典:TRANSgressive Talk: An Introduction to the Meaning of Transgracial Identity / 2015/Author(s): Gladden, RonnieGreenberg, Ed., Rachael


レイチェルを招いて行った公開ディスカッションで、グラッデン教授は「自分らしく生きること」を学生らに伝え理解し合おうとしますが、結局レイチェルの「黒人でありたい」と思う気持ちや生き方はアフリカ系の人々から徹底的に非難され、否定されてしまいます。

「彼女は我々の苦しみの半分もわかっていない」
She didn't go through the struggle that we went through.

「あなたが黒人女性としての苦労を味わってきたとは思えない」
I have struggled as a black female, and I don't feel that you share the struggle of being a black female.

「黒人が耐えてきた抑圧も分かるってこと?」
So to say you feel black, that means that you can feel our oppression.


確かに性や人種という分類は、生物学的なものよりも社会の中で当てはめられる役割や意味合いの方が大きく、残念ながらそれらを流動的に選択するという自由が認められ難いというのが現状です。しかし、グラッデン教授が示すような「自分らしい生き方を選択しよう」という声も日に日に大きくはなってきており、教授はレイチェルの選択も同じように受け入れるべきだと考えているのでしょう。

しかし彼女の選択だけは、そう簡単には許されないのです。
それは、レイチェルに対して投げかえられる「あなたは」という非難の言葉を「白人たちは」に置き換えてみれば、彼らがなぜそれほどまでに彼女の存在を拒否し、怒りに近い感情を向けているのか分かる気がするのです。

200年近く続いた奴隷制度、奴隷解放宣言後も続いた人種差別、社会的な隔離、苦難の末に得た公民権。就業における格差や経済的・教育・貧困問題等々、アフリカ系アメリカ人が受けてきた、そして今も受けている不条理な人種差別問題の数々・・・・特権のあることに気づこうともしない【白人社会】【アメリカ社会】に対する怒りの矛先は、黒人としての不当な扱いを受けたことがあるわけでもないのに被害者として黒人の"ふり"をした、"真実"を語ろうとしなかったレイチェルに向けられたのでしょう。そして、白人たち(=レイチェル)とは決して解り合えるはずがない、ということを表明する格好の標的となったのかもしれません。



レイチェルにとって最も重要で、彼女自身の根本にあったのは【アイデンティティ】の問題だったのかもしれません。しかしそこには、この国に深く根を下ろしている【人種問題】という壁が彼女の選択を拒絶するのです。


血の繋がりなどなくても互いを「ブラザー」「シスター」と呼び合う彼らがレイチェルを「アフリカ系」として決して認めようとはしないその理由とは・・・・

人種差別が蔓延ったまま分裂し続け、さらにそれを認めようとせず改善する向きも見えない【アメリカ社会】の中でレイチェルがまるで白人たちがするそれのように"真実"を語ろうとしなかったから。アフリカ系アメリカ人から見て「また白人たちに"欺かれている"」と感じられたから。そして、支配され搾取されてきたアフリカ系の人々が誇りを持ってきた黒人文化を今度は「模倣され、盗用されている」と受け止められたから。人種的優越性や人種差別がまかり通ってしまうアメリカ社会への批判・不満が、レイチェル個人への攻撃として表面化した・・・・私にはそのように感じられました。


※この後、NETFLIXで『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリー映画を観ました。
現代アメリカ社会が抱える"大量投獄"と"刑務所産業"という側面から、アフリカ系アメリカ人の置かれた問題を問うたものなのですが、これもまた色々と考えさせられるもので・・・。『レイチェル 黒人と名乗った女性』を観て興味を持たれた方はコチラもぜひどうぞ!
感想:『13th 憲法修正第13条』 (2016/アメリカ) NETFLIXオリジナルドキュメンタリー

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